電話がかかってきた。
時々、そう、ほとんど忘れそうになった頃、思い出したようにかかってくる相手からの電話だ。
前にかかってきたのは、ちょうど一年前くらいだった。
電話にはらりと桜のはなびらが舞い落ちてきたので、印象に残っている。
今度、また転勤することになったよ、と言うので
いつ、と聞いたら一週間後だと彼は答えた。
ふうん、大変だね
自分でも冷たいかな、と思ったけれど、それ以上私が彼に言えることがあるだろうか。
彼は古い友達で、それ以上でもそれ以下でもないし、これからもそれは変わらない。
その私の答えを彼は多分わかっていて、気にする様子もなくいつものようにどうでもいいような話をした。
いつも私はこの電話に違和感を覚えるのだけど、話をしているうちにそのことを忘れてしまって、あれ、なんの電話だったのだろうと切ってから思うのだ。
最近見たドラマの主人公について意見が食い違ったので、私たちはそれは違う、わかってないだの言い争う。
二人とも、素直に人の意見を聞くような人間ではないので、よく衝突したりもした。
まあ、ドラマの感想で衝突したも何もないけれど。
今日は一日静かに雨が降っている。
折角咲いたばかりの桜が散ってしまわないように祈りながら、電話を持ちかえる。
この季節はなんだか浮ついていて不安定で、それでいて眩しくて、期待と不安でいっぱいになる。
「これからどうなるのか、ちょっと不安・・・かもしれない。いや、どうにでもなるという気もするんだけど」
どうでもいい話の端にふっと彼が言った言葉にはっとした。
いつも抱いていた違和感は、これだったのかもしれない。
私にはつい最近まで、心の支えになっている人がいた。
それがなければ生きていけない、なんて軟弱な心ではないけれど、それがあるおかげで多分、私は強くいられた。
苦しくなって耐えられなくなりそうな時、会って、お茶を飲んで、つまらない話をして、次の日からまた頑張れた。
具体的な悩みや気持ちを話したわけじゃなかったから、その人は私のその苦しい気持ちを分かって、会っていてくれていたのかわからないけれど、私が救われていたのは確かで、
その人がいなくなった今、こうしてなんとか自分がやっていけるのはその時間があったからかな、と思う。
もしかしたら、彼のこの時々の電話は私のそれと同じものだったのだろうか。
のんきそうに笑うその中に。
「まあ、なんとかなるんじゃない?人生なんて、さ」
殊更のんびり言うと
「うんうん、そうだなー」と頷く様子が電話越しに伝わってくる。
「桜が散っちゃうね」
「でもまた来年咲く」
「毎年、これでもかっていうくらい観に行くのに、飽きずにまた行ってしまうんだよね」
「また来年な、て思う」
「おっと、ロマンチック」
「男はロマンだ」
「ちょっと意味が違う気がするけど・・・」
「細かいことは気にすんな」
うん、と笑いながら、窓の外を見た。
もしも、彼にとっての支えが私だったら。
そのことが、私にとっても支えになるだろう。
この季節はなんだか浮ついていて不安定で、
でも桜はまた咲く。
だから多分、私はこれからもこの桜の季節が好きなんだと思う。
END
06年はぴばSS(勝手に)
某友人に(無理矢理)ささげました☆

桜の時