役不足かもしれないけど、と笑った時
本当はこぶしをぎゅっと握り締めていたことを、
君は知らない
優しい光
「頼むー、コピーさせてくれよー」情けない顔をして、祐が言った。
にっこり笑って、響が手を差し出す。
「1枚、100円」
「たけーよ!!」
「授業中、ノートを一切とれないくらい熟睡してる、あんたが悪い」
テスト前の学生食堂は、昼食をとる学生だけでなく、テキストやノートを広げる学生もいて、いつも以上に混雑している。
「授業中の睡眠は、大学生の特権だろー?あ、透」
「お、またカレーか?」
「おうよ!学食のカレーはちょっと甘いけど、そこそこ美味しいんだ。
野菜たっぷりカレーがお・す・す・め♪」「昨日も食ってなかったか?」
「昨日のは、シーフードだよー」
「カレーばっかりで、飽きない?」
「飽きない!!てか、話を逸らすなよ。あーあ、透、なんでこの授業とってないんだよ」
祐は恨みがましい目で透を見上げたが、透は苦笑しただけだった。
「ここにいたんだ?人が多くて、見つけられないかと思ったよ」
ふう、と溜め息をひとつついて、人ごみから奏が顔を出す。
「あ、救世主!!」
「・・・?」
「いいよ、はい」あっさりと鞄の中から、必要な分のルーズリーフを取り出して、奏は祐に渡す。
「そういえば、ここのところよく寝てたよね。疲れてる?授業後、バイトってすぐ飛び出していっちゃうし。忙しいの?」
奏の視線から逃れるようにして、祐は「いやー、そんなことないよ」と笑った。
「忙しいよな?」
面白がって、透が祐に視線を送る。
「全然!」
焦って首を振る祐に、響が「毎日毎日バイト、大変そうねー。結構、へばってるよね♪」
といたずらっぽく笑う。「大丈夫だって!俺、コピーしてくるから。ありがとな、奏!」
そそくさと食器を片して、コピー室に走る祐を、奏は心配そうな顔で、透と響は笑いをこらえつつ、
見送った。
「無理してるんじゃないかな?」図書館から帰る道すがら、奏が眉をひそめて言った。
「え?何が?」
「祐。笑顔で誤魔化してるけど、昨日もこっそり深い溜め息ついてたし」
沈んだ表情のやさしい親友の肩をそっと抱いて、響は笑う。
「心配することないって。あれは」
「でも・・・」
あまりに彼女が心を痛めている様子なので、響は祐との約束を破ることにした。
「っと、どこ行くの?」
進行方向が、いつもと違う。
「いいから。答えは、この先にある」
「・・・?」
「・・・ねえ、1ヶ月くらい前に、飲みに行ったこと、覚えてる?」
「レポート提出後の?」
「そうそう。あの時、奏は珍しくお酒を飲んだんだよね。」
「うー、思い出したくないよ。酔っちゃったんだよね・・・」
課題を出されたのが、提出期限の2週間前。
鬼教授だーと愚痴を言いつつ、なんとか提出したその日、4人は近くの居酒屋へ行った。
奏は朝方までパソコンに向かっていて、寝不足ではあったが、ほっとしたのもあり、開放感もあったのか、あまり得意ではないお酒を、一杯だけ飲んだ。
そして、しっかりと酔ってしまったのである。
「うん。その時、自分が何を言ったか覚えてる?」
「・・・1杯飲んで、その後の記憶がうっすらとしか・・・。変な事言った、私?」
「あんな奏、初めて見たもんね。いいもの拝ませて頂きました」
「ええっ?何をしたんだ、私・・・」
「奏はねー、とんでもないことを言い出したのよ」
笑って響は続けた。
「やっぱり、一度はお姫様抱っこされたいよね、乙女の夢よねーって」
「えっ、そ、そんなこと言った?私が?」
「言った」
「本当に?」
「間違いなく」
「えー・・・そんな願望があったのかな、私・・・」
恥ずかしいこと言ったものだ、と顔を赤くして下を向く奏を、響がひきずるようにして歩く。
息が乱れ始めた頃に、ようやく二人の歩が止まった。「答えは、ここにあるのです」
「ここ・・・スポーツジム?」
ガラス張りの向こうには、バイクやステップマシンといったフィットネスマシンが幾つも並んでいる。
「やろうとしたのよ、ヤツは。お姫様抱っこを。で、見事に失敗して、落ち込んじゃって。あれは祐も随分飲んだ後だったからだと思うけどね、」
くすくす、と笑いながらガラス越しの祐を見つけて、響は指を差した。
「単純よねー、筋力つけてるらしいよ」
ただ無心にマシンと格闘する祐から、汗がしたたり落ちる。
いつもの笑顔が消えている。
ただ、無心に。
なんだかそこにいられなくなって、奏はそっとその場を離れる。
「・・・ほんと、単純」
ぽそり、とつぶやいた奏の目に、涙がじんわりと溢れてきた。
胸の中にもそれは溢れて、苦しいほど。だけどそれは、心を満たすもの。
温かい、優しい光みたいだ。
響がちょっと眉をしかめて言った。
「テスト・・・大丈夫かね」
「・・・」