サクラ






「たまには息抜きも必要だ」

ドきっぱり、と祐が言い切った。

「タスクの場合、息抜きばっかでしょ」

私は苦笑しながら、祐にノートを渡す。

「違いない」

隣でくすくす、と響が笑う。

「でもまあ、花見というのもたまにはいいか」


「透、日本の心がわかるのはお前だけだっ。二人で見に行こう」

「男二人で花見なんて嫌だ」

「切ない・・・」


泣きまねをして、祐がごろんと転がった。


ぽかぽかと暖かい午後の日のこと。




私たち四人は、この大学に入って勧誘されたサークルで出会った。

結局、出会いの場となったサークルには入らなかったけれど、慣れない

この地で寂しさを感じていた地方出身者の私たちは、仲間意識もあってか、

すぐに仲良くなった。


運がよかったと思う。


この広い構内で、一緒にいると安らぐ仲間たちに出会えたこと。





「仕方ない・・・一緒に行ってやるか」


私は、響と顔を見合わせ、首をすくめて言った。

本当は、最初から楽しそうだと思っていたけど。


「今週の土曜日な。弁当作ってきてくれよ」

にこにこと祐が言う。

「何ソレ、なんで私たちが作らなきゃなんないのよ。女だからって言うんだったら、

刺すわよ。お前たちが作ってこい」


「ひー、響がコワイ」

「今に限ったことじゃないけどな」

「あんですって?透?」

「まあまあ」私たちはいつもこんな感じだなぁ、と思いながら、私は響をなだめる。

響は物事をはっきり言う子だ。・・・はっきり言い過ぎることもあるけど。

私はどちらかと言えば、言葉を飲み込んでしまうタイプで、そんな響を羨ましく

思うこともある。

素直にはなかなかなれないけど、といつか彼女がもらしたことがあった。

それはさておき(そこは敢えて触れないでおこう)、私は彼女が好きだ。

響がいかり、祐が怯え、透がそんな二人を見て微笑んでいる。

この四人の関係を大切にしたい、と思う。

「晴れるといいね」


「だな」


透が私を見て、微笑んだ。


―――本当は、その笑顔を私だけのものにしたい。


この関係を壊したくない、と思いながら私は、いつの間にか透に特別な感情を

抱いていた。





土曜日はあいにくの雨だった。

下宿先のマンションを出た頃は小降りで、なんとかもつかな、と思っていたが、

目的地に着く頃には、本格的に降りだしていた。

折りたたみの傘を開いて、駅へと向かう。

この雨では花見どころではない。

それでも、「雨に濡れる桜も、日本の心」などと祐は言って、私たちをまきこむの

だろう。


馬鹿、となじる響と、それに応えずにこにこ笑う祐を想像して、ちょっと笑ってしまう。

いけない、こんな歩きながら一人で笑っていたら、周りの人に変な子だと思われて

しまう。
私は口元をひきしめた。

駅の改札口で集合の予定だったが、3人の姿が見えない。


土曜だからか、駅は割りと混雑していて、そのせいで見つけられないのかもしれない。

響に電話してみると、ちょっと早めに着いたから、近くのお店に入ってたの、

今向かってるからと返事があった。

電話を切って、ぼんやりと彼女が来るであろう方向を見つめていた。

「お待たせ。あれ、祐は?」

響が首を傾げる。


「まだみたい」

ああ、私は今、いつもどおりの顔をしているだろうか。

「アイツ、言い出しっぺのくせに、一番遅いなんて〜」

「まあまあ」


「透は甘い!」

響の手には、小さな傘が、開かれずにあった。

それでも濡れていないのは、透の傘に入っているから。


透は肩を半分濡らして、それでも今まで見たことのない微笑を浮かべている。


これが私の欲しかったもの。
響に向けられている、それが。

「ごめんごめん、ちょっと遅刻〜」


祐が駆けてきた。


そして二人を見て「あれ、どういうこと?そういうこと?」と屈託なく笑った。

「そういうことかも」

「そういうことって、何よ!」

ひょうひょうとしている透に、響がこころなしか赤く頬を染めつつ、声をあげた。

本当はどこかで気づいていたかもしれないこの現実。

だけど、もしかしてという一筋の希望は、今、この瞬間に打ち砕かれた。

「どうするの?花見」

なるたけ、平静を装いながら、私は祐に視線を向ける。

「もちろん、行くぜー。雨に濡れる桜を見るのも、またおつなもんさ」


「そう言うと思ったわよ」
響が肩をすくめた。




音も無く静かに降り続ける雨に、桜は散ってしまった。

小さなハート型の花びらが、地面に敷き詰められている。

その風景は、なんだか切なくて、そして哀しい。

水溜りに足をズブリと入れたら、花びらたちがはかなく揺れ、ゆがんで形を変えた。

それは悲鳴をあげたようだった。

「大丈夫か?」

「えっ・・・」


ふいに声をかけられ、振り向くと、いつもと違って真面目な顔の祐。


「何が?」


「・・・・」


「もしかして、気づいてた?」


祐が目をふせた。


「ちゃんと笑えてる?私」


「うん、多分あの二人は気づいてないよ」

「そっか・・・」

涙が瞳から溢れ出した。

こんなところで泣きたくなんてないのに。


「俺がそばにいるよ」


ぼそ、と祐がつぶやいた。初めて見る、真剣なまなざしで。

それを向けられているのは、私だ。


「役不足かもしれないけどさ。そばに、いる」


祐の傘から雨の雫がぽたぽたと落ちる。

雫が私の顔に落ちて、私の顔はしょっぱい水と、雨とでぐちゃぐちゃになった。

「すぐに笑うから。だって私、二人とも好きだから」

「俺もだよ。3人とも好きさ。特にお前がな」

そう言って、祐はいつもの顔でにこっと笑った。




桜はもう散ってしまった。
来年は、きっと晴れた日に、来よう。








END





あとがき→

肩を半分濡らして、それでも今まで見たことのない微笑を浮かべているあなたを見た時 この恋が完全に終わったことを知った―――