ピンクの雨がふってるみたいだ――




さくら






いい時期に生まれた、と思う。
キャンパスを出た道路の脇に、桜並木が続いている。
普段はせわしなくここを通る人々も、この時期は少しばかり歩みが遅くなり、美しいその光景に目を奪われる。
天気は快晴。
一歩足を踏み出すごとに、私の肩にやさしいものが降りかかる。
例年より今年の桜の開花は少し早かったようで、もう散り始めているのを残念に思いながら、空を見上げる。
時折、風で花びらがいっせいに空へと舞い上がる。
それは小さな天使たちが、天へ駆け上っていくかのように。

「きれいだな」
聞きなれた声に振り返ったら、やっと待ち人来たりだ。
「透。のんきにきれいだな、なんて言ってる場合じゃないでしょ。人を待たせておいて。」
私は頭一つ分高い彼を見上げ、睨む。
「ごめん。授業が長引い・・・いや、向かい風が強かったから」
「・・・それ、どこかで聞いた」
「昨日、ドラマで言ってたから、ちょっと拝借」
「・・・・」
透はにこっと笑う。
「ふん、ばぁーか」
「ばぁーか、って子供か、お前は・・・」
透は呆れたような顔をする。
同い年のくせに、やたら大人ぶるのだ、こいつは。
むっとして、歩みを速める。先にどんどんと進み、透との距離が遠くなっていく。
ああ、自分でも大人気ないということはわかっているのだ。
もう少し素直になれたら、もう少しは周りの人に愛されるだろうし、生きやすいということも。
それでもそうなれない自分がここにいる。
ばかは私だ。折角、こんないい天気で、一緒に帰られる日だったのに。
なんで一人で歩いてるんだろう。
周りの景色も見ずに、後悔しながらそれでも歩く速度は戻らない。
ふ、と息遣いがすぐそばで聞こえて、振り返ると、透がすぐ側に来ていた。
「ごめん。」
「明日は何の日?」
「え・・・」
突如、そんな問いをしてみる。ほんとは離れたかったわけじゃないから。
「明日は何の日?」
「・・・」
きょとん、としている透に、再度同じ問いをする。
明日は私の誕生日だ。
これで「さて?」と言われたらどうしよう、なんて恐れながら。
ちゃんと覚えててくれるだろうと期待しながら。
彼の言葉を待つ。
「・・・君が生まれてくれたことに、感謝する日」
真面目な顔で言われてしまった。
「くさっ」
照れて笑ったら、「誕生日おめでとう」と笑顔をむけられた。
まぶしくて顔を直視できない。
「普通に返さないでよ、バカ。それに・・・今日はまだ誕生日じゃないよ!」
ちょっと怒った風に言ったのに、それでもこいつは微笑んでいる。
「全く・・・調子が狂う・・・」

まだブツブツ言ってる私の手をそっと握ったあなた。
手のぬくもりが、嬉しい。
何を言ったらいいかわからなかったから、私は下を向いて、握った手にぎゅっと力をこめた。
桜並木の下で。



ピンクの雨がふってるみたいだ。
私の隣にはあなたがいる。
こんな時間がずっと続けばいいと思った。
悔しいから、黙ってるけどね。




END






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