中国旅行感想
不安と期待の混じった、複雑な思いをのせて、関空行きの電車が走り出した。
不安であることの原因は二つ。一つは、飛行機。毎回酔うから、乗ると思うだけで気が重くなってしまう。
もう一つは一緒に行く人が誰かわからないこと。同期が何人いるかすら知らない。さらに他の新入社員は、少なくとも1回は会っているはずだから、私を見て「誰?」となることだろう。
しかも、集合場所に行っても、誰が誰やらわからないのだから、ちゃんと合流できるのかと心配だった。
目の前にいたとしても、それが仲間なのかどうかわからないのだから。
親睦の場を与えてもらえたことは感謝するが、いきなり海外。辛い。
しかし逆に仲間ができるかもしれないという期待もあった。
空港に向かう電車の中で、気持ちが落ち着いてきた。
不安でもなんでも、今私は空港に向かっていて、中国に行ってしまうのだ。
そして集合場所に着いてしばらくして、不安など一気に吹き飛ぶ。
女の子が二人もいたし、みんな少しの不安を抱いていたのは同じだったから、心配などする必要は全くなかった。
中国というと、田舎を想像してしまうが、上海(と北京)は別。
梅田並・・・いや、それ以上かもしれない賑わいである。
上海は今、中国最大の発展都市としてめざましい発展を続けている。
ここ10年でかなりかわったそうである。
古い洋館と近代建築、民家が混在する、また近代化の一途をたどる一方、考え方は社会主義のままという、まさに未来と過去が混在する街である。
今、中共政府が一番目の敵にしている思想は「独立」と「民主化」。どちらも共産体制の存続を危うくする「危険思想」だからである。
だから、そうした思想の持ち主の存在を頭から否定する。
手の届くところにいれば捕らえて牢屋にいれるし、牢屋に入れるとトラブルのもとになる連中は国外に追放するというのだから、徹底的だ。
そんなことを聞くと、ああ、中国もまだまだかと思ったりもする。
しかしまだまだ体制は整わないものの、中国の高度成長の勢いはすごく、国際金融の上からも大きな影響力を持つといわれる。
日本も、あぐらかいてのんびりはできません。
ホテルにバスが着き、外に出ると、マスクをしたいくらい空気が悪い。排気ガス臭い。
これにはかなり驚いてしまった。
道路は何車線もあって広いが、車と自転車と人が絶え間なく交差して、怖い。
自転車が道路の真ん中を走ってたりするのを何度か見かけた。
恐ろしい世界。絶対に中国では運転できないと思った。
面白いことに、信号は赤から青に変わる前、黄色になる。
日本では青から赤になる場合は、青・黄・赤の順で色が変化するが、赤から青になる場合はそのまま赤・青の順で変化する。
ここでは赤・黄・青と変化したので、細かいことだが違うのだなと思った。
アメリカでもそうらしいのだが、信号が赤でも、邪魔をしない限り右折できるというのも日本との違いである。
また、車のナンバープレートが個人で買うもの、というのも違いである。
さらに白のプレートは偉いから赤信号を無視してもいいというのは、むちゃくちゃだが中国らしい気もした。
自由行動の時間にデパートに行ってみたが、「8折」というような表示が見られる。
これは80%オフではなくて、80%になるということ、つまり20%オフのことを示す。
香港もたしか同じような表示がしてあった。日本とは逆の書き方なので、気をつけなければならない。
一日目の夜、夕食後に出かけた先で、先輩が中国人女性をナンパしにいかれた。
言葉もなかなか通じないだろうに、英語とボディーランゲージで、なんと1時間近く話しておられる。
ああ、こういうことができてこそ営業マンなのね、と感心したのでありました。
度胸とやる気と伝えようという思いが大切だ。
街を見て思うのは、ずいぶんユニークな建物が多いということ。
日本のビルは、形が決まりきっている感じ。
ところがここで見られる建物は実に様々な形をしていて、面白い。
ぱっと見て、ひときわ目立つのは、ピンクの球体とメタリックシルバーのボディーをもつ、テレビ塔。
遠くから見たら、「京都タワー?」なんて思うのだが、近づくと全然違うことがわかる。とにかく、近未来的なのだ。
上海で一番気に入ったのは、昔の上海の町並みを再現した商店街「上海老街」。
下町の雰囲気。そしてとにかく、すごい人!!これだけ人が多いと、何がなにやらわからなくなってしまう。
だけどすごく興奮した。
右に左に、店がたちならぶ。人をかきわけて、進んでいくと「回転寿司」なんて文字を見つけることもできる。
アンティークの店や、チャイナドレスを売る店、中国茶の店。
屋台には饅頭や包子が並ぶ。「ロレクスヨ〜」とどう見てもロレックスではない時計を売りつけようとする人。
りんごあめ状態のいちご(6つくらい串にささっている)を持つ人。
楽しい場所だった。
足つぼマッサージに行った際には、若い男の子がしてくれたので、ちょっと緊張してしまった。
そして前夜のことを思い出し、先輩にならって男の子をナンパしてみようと試みた。
彼女いるの?と(中国語で!)聞いてみたら、いないという答え。
友達になってくれる?というので、しめしめうまくいったと思ったら、どうも営業らしく、明日も店に来いとのこと。
やはりそううまくいくものではない。
その後、現地の人が普段行くという市場に行く。
野菜や鳥(がつるされている)や魚がならべられる。かえるなどもあった。
普段は見られないものなので、少々グロテスクだったが興味深く拝見させてもらう。
鶏が外でこっここっこと鳴いていた。
そのまま(生きてるまま)持って帰ってもいいし、頼めばその場で殺して渡してくれるという。
副社長が「新鮮やな〜」と言っておられた。
確かに新鮮だ。
お客さんがいて、話しているようだったから、「もしかして、この場で・・・!?(どきどき・わくわく)」と思ったのだが、その光景は見られなかった。
改めて、命をいただいていると自覚できるチャンスだと思ったのだが。
3日目は上海から一足のばして、水の都、蘇州を観光。(ところで蘇州って「ソシュウ」かと思ったら中国語では「スージョウ」なんですね。足つぼのところで通じませんでした。)
「東洋のベニス」とも言われるのどかな水郷風景が見られる・・・はずだったのだが、バスの中ではほとんど寝ていたので、あまり見られず。残念だった。
上海を離れたので、かなり田舎ののどかなかんじの所。
最初に「中国」で想像したような所であった。
観光は庭・庭・庭・・・。庭好きだな〜と思うくらい、庭だらけ。
でも考えて見たら、日本に観光に来る外国人は「寺・寺・寺・・・日本人は寺好きだな〜」と思ってるかもしれないと思う。
庭園は、いかにも中国の庭園、といった風でとても好ましく思えた。
柳と梅と水仙がとくに中国らしさを醸し出しているような気がした。
また、蘇州で心に残るのは、やはりトイレだろう。
話には聞いていたが、本物を見たぞといった感じである。
夜に訪れた上海雑技団は、とにかくすごいの一言。さすが中国を代表する伝統芸能だ。
もともと中国語は好きな教科だったし、一時は(本当に一時だったが)中国の翻訳をやりたいと思ったほど、中国は興味のある国だったので、行けてよかった。
また中国語の勉強がしたくなってきてしまった。気持ちだけだが。
日中の経済関係は深まりを見せている。
両国にとって、互いに大きな比重を持つ経済関係を、相互の優位を生かして展開していければと今回中国に行って感じた。
日本は今、経済不況であるし、中国の高成長に乗り遅れているとも言われる。
しかし、副社長が言っておられたように、中国が伸びると同時に、日本ものびなければならない。
上の人に囲まれてすごした夜、そしてこの中国旅行では色々なことを考えさせられた。
何より、自分たちは期待されているのだということを強く感じた。
その期待にこたえることができるかどうか、正直プレッシャーでもある。
しかし、何も期待されないよりは、期待され、その期待にこたえようとするほうが頑張れる。
プレッシャーをやる気に変えたい。
また、先輩方が本当に優しく接してくれたのは、ありがたいと思ったし、あたたかい会社だと、選び、選ばれたことに喜びを感じた。
時には裏話もお聞きした。
みんな、不安は抱えてはいるが、先輩の励ましやアドバイスを聞けて、やる気になったのではないかと思う。
今は残りの学生生活を悔いのないようすごそうと必死である。
その一方、新しい世界に出て、働くことに意欲も燃やしている。
実際働き出したら、思ったようにはいかず、苦しむことも多いと思うが、今の気持ちを忘れず、焦らずいきたいと思う。