びわ草子


 

 6月5日(水) 

最近、いつでも眠い。
特に、パソコンを触っていると、30分もしないうちに眠くなってしまう。
それで、ちょっと寝ようと横になったのが運のつき。
ほとんどそのまま朝まで寝るハメになった。
最初はちょっと休憩のつもりで、床に寝転がった。
ちゃんと枕はして。
途中で少し寒くなったので、布団をひっぱったらその後入眠。
「何してんの!」と起こされた時には、体中が痛くなっていた。
やはり床で寝たらいけません。
よく言われることだけど、睡眠は量より質!
理想の睡眠時間として8時間という数字があげられるが、これは医学的根拠があるわけではないということ。
多くの人の睡眠時間が6〜9時間の間という統計から出された平均的な睡眠時間にすぎないんだってさ。
(ほんとに8時間以上寝ている人がそんなにいるのだろうか?)
平均時間はあくまでも一つの目安であって、かなりの個人差があるらしい。
3〜4時間の睡眠で十分な人もいれば、9時間以上の睡眠が必要な人もいる。
これってすごく重大なことだよね。
だって3時間の睡眠でいい人と9時間必要な人と、6時間も時間が違うんだよ。
6時間あったら何ができる!?
最近の私はたぶん、浅い眠りなんだろう。だからこんなに寝ても、ダルイのだ。
こんなに寝れてしまうのだ。
そもそも、睡眠というのは、身体と脳が休息するための時間。
身体の疲れは横になって身体を休めるだけで、ある程度回復できる。でも意識や知能、記憶など知的活動を行う大脳は、脳を深く眠らせないといけない。
・・・そんな知的活動してないし・・・。
熟睡したい。少しの睡眠で我慢してほしい。
苦手な夏がやってきた。
これでますます熟睡できなくなるんだろう。
無害の睡眠薬なんてものがあったら、多少高くても買ってしまいそうな気がする。
ドラえもん、いないかな〜。「快眠枕〜♪」とか「健康にな〜る♪」とか出してほしい。



 6月6日(木)

大分、遅くまで起きていられるようになった、と思っていたら、6月に入って、また4月に逆戻り。
11時前に寝た日が何日あったか、というくらい、毎日早く寝ている。
(たまに12時すぎることもあるが)
この日はなんと8時半くらいには寝た。
昨日の教訓を生かして、ちゃんと布団で寝ようと思ったのだ。
そして予定では、ちょっと寝て10時くらいには起きるはずだった。
一応、親が起こしにきてくれて、電気もつけてくれたのだが、その記憶もあやふやなまま、朝を迎える。
起きたら5時半。それでも9時間は寝たんだな。
よく起きられたな〜と思ったら、単純にトイレに行きたかったからだったりして。
それから久々に早朝ネット。
思えば、早朝ネットといっても、以前とは全く違う。
以前は、起きてネット、ではなくて、夜通しネットで朝を迎える、という状態だったもんな。
それが普通だった。(世間的に普通かどうかは置いておいて。)
窓の外を見ると朝日がきれい。
何年か前は朝の風景といって、空の変化を写真に撮った。
もちろん、ずっと起きていて朝になったらきれいだったので撮ったのだ。
あの生活も楽しかった。明らかに不健康だったけど。
死んだ魚の目とか言われたけど。
今の生活は楽しいとは言えない気がする。
でも、そう悪くもない。
これから楽しみを見つけていかなきゃなぁ。
・・・・どうやって? (ま、なんとかなる・・・か?)



 6月8日(日)

気付いたらもう6月だったり。(遅)
んでもって、6月に入ってまだ一回も更新していないことに気付いたのも最近で。
(カレンダーを6月にしたのも昨日だ)
暑さだけが唯一、季節感を与えてくれる。
あと、空と。
朝(?)起きたら、空がめちゃくちゃきれいだった。
昨晩、夏は空がきれいだという話をしたが、本当に夏の空はきれいだ。
青がまぶしい。
しかし外には出られない私。もやしっこだ。
と、今「もやしっこ」と書いて、果たして私の思っているもやしっこと辞書のもやしっこは同じ意味か?と考え、辞書を開いてみた。
「過保護下で育った、苦労知らずのひ弱な(都会の)子供」(『新明解国語辞典』より)
うわ、これは違う。私はもやしっこじゃない。
私の解釈していた「もやしっこ」は、日光に当たらずに育ったひょろひょろのもやしみたいな子、というような意味だった。
ちょっと違うらしい。
「ひ弱な」のところは同じだが、「過保護下で」は知らんかった。
しかもわざわざ「都会の」とあり、この時点で明らかに私とは違う。
さらに「子供」というにはいささか育ちすぎている感じだ。
話が脱線してしまった。
しかし、もともと何を書きたかったのか忘れてしまったので、今日はもうここで終わっておこう。