びわ草子


 

 4月1・2日

エイプリルフール。
ああ、嘘であってくれ・・・と思ったが、現実は来る・・・わけで。
朝。
入社式。そして研修。
朝はかなり早くから起きて(大阪に滞在してるのに・・・)、午前中は死にそうに眠くなる。
大学1年生の時は、朝7時前に出ることもあったのに、今ではとても考えられない。
よくあんな生活していたよ・・・
(今は夜、ちゃんと寝ているけど、一時は朝までずっと起きてて、睡眠時間2時間、3時間ということが多くあったもんなぁ〜)
入社式では(あれが入社式?って感じの入社式だったが)、いきなりあてられて、自己紹介をさせられ、その後会社概要、経理について・・・など眠くなりそうな話。(しかも2時間近くずっとその話)
人は多いし(滋賀営業所は10人に満たないので、気楽・・・)、厳しいし。
精神的にもいっぱいいっぱい。
かなり疲れていて、研修終了後夕食をとったらホテルに直行して8時くらいからずっと寝てましたよ。
テレビを見ていたのだが、途中で意識が失われる。
シャワーをして、その後テレビを見ようとしたがまたも意識が失われる。
これで2日目研修はばっちり起きてる!としたかったのだが、やはり眠い時間は眠いのであった・・・
何度リタイア宣言をしようと思ったかしれない・・・。
滋賀で働いていた時は朝から「あ〜・・・だるーい・・・」と思っていたが、その滋賀はどれだけいい場所かこの本社研修でよくわかったのであった。
滋賀の二人で「故郷に帰りたいよ〜。」「滋賀に帰りたいよ〜」と言ってました。
3日から、また滋賀。
がんばろっと。
多分、同じように苦しんでいる人が多いだろうね。
本社勤務の男の子でよく言えば明るい、悪く言えばうるさい男の子がいるのだが、その子がかなりブルーになってたし。
今は苦しい時期。乗り越えるしかないんだなぁ〜。
ま、なんとかなるなる!(・・・多分っ!)



 4月3日(火)

車を運転していると、ピンクの塊が目につく。
桜である。
やはり桜は日本人の心やね〜。
見るだけで「春や〜♪」とウキウキしてきてしまう。
残念なのは、今週末には散ってしまうだろうこと。
今年も写真撮影に行きたかったが・・・。叶わなさそうである。
夜桜もいいけど、写真は撮れないからね〜。
かなり惹かれて見てしまうので、運転は気をつけなきゃやばいかも^^;



 4月6日(土)


やっと来た休み。
やらなきゃならないことは色々とあったのですが、とりあえずゆっくり起きて(ああ、久しぶり・・・)、
昼から終わりかけの桜を撮りに出かけました。
終わりかけ・・・本当に終わりかけだったにもかかわらずたくさんの人が来ていて、それはすごい混雑ぶりでした。
苦労して(?)車をとめ、強風に「ピントがあわん〜!」と苛立ちながらなんとか撮って帰ったのです。
いや・・・
撮って帰った・・・つもりでした。
フィルムが入ってなかった・・・
気付けよ、自分・・・。



 4月7日(日)

久しぶりに「ちびまるこちゃん」を見た。
いや、わざわざ見たんじゃないですよ?テレビをつけたら、たまたまやっていたんです。
まる子と玉ちゃんがお店の前で、大阪から来た男の子「ノン」に出会う。
大阪流(これ偏見ちゃうか?)値切り方(ほめ殺しだってさ・・・)を教わったりして仲良くなる。
広場で遊んでいた数人の男の子(4人くらいだったかな?)にひきあわせて、みんな「ノン」と仲良くなる・・・。サッカーとか一緒にしちゃってさ。
子供って、あんなすぐ仲良くなれるもんやったろうか・・・?
次の日、ノンが本場のお好み焼きを作ってやるってんで、みんながまる子の家に集まる。
ノンは楽しそうだった・・・。
そして帰り道。二手に分かれてから、ノンはなぜ大阪から静岡県に来たのかを涙ながらに話す。
母が出産をするのだが、体がかなり弱いらしく、命が危ないかもしれない。父も付き添っているので、静岡の祖父母のところに預けられているのである。
「母ちゃん・・・死んでもーたら、どないしよ・・・」と泣くノン。
その場にいたまる子は思わず、「死ぬわけないやんかー!」と言う。同じくそこにいた杉野くん(?)も関西弁で励ます。
次の日。ノンが急に大阪に帰ったということで、まる子は心配でみんなにそのことを報告。
「まさか、お母さんが・・・」事情をしっている杉野くん(?)が言う。
「!!?」
で、事情を説明。
「あいつ・・・聞いてねぇぞ、そんなこと!!」とハマジ。
いやー、普通一日二日遊んだだけで、そんな事情話さへんやろ。と思ったのだが、とりあえずシリアスなシーンである。
黙って見ていた。(いや、嘘だ。思わず「いやー」と声に出してしまった)
月が空にのぼり、みんな月をお好み焼きに見立てて「お〜い」とノンに話しかける。
「がんばらなあかんで〜」「妹を大事にするんやで〜。」「妹でもいいけど、いじめたらあかんで〜」
ていうかなんでみんな関西弁?
しかもなぜそんなにうまい?
関西弁、確かにコトバだけなら簡単にまねることはできる。しかしそのアクセントは、別の地域の人からしたら難しいはずだ。
別の地域の人の「あかん」は、「あかん」ではないのだ。
しかしまる子たちは完璧なアクセントで関西弁を披露してくれた。感心しきりである。
その後。まる子の家にノンから手紙が届いた。
ノンとお母さんと赤ちゃんの写っている写真が同封されている。
無事に生まれて、お母さんも無事でよかったね。喜ぶまる子たち。

ところでノン、いつのまに住所を聞いてたん・・・?

つっこみどころ満載の「ちびまる子ちゃん」だった。



 4月12日(金)

やった、はな金だぁ〜!
てなわけで、今日も(?)はりきって仕事。
お昼過ぎにかなり暇になったので、今日こそは定時に帰れるぞ!と期待していたのだが、終盤になってやはり仕事がたてこむ・・・。
結局、30分以上すぎて帰る。
でも、明日が休みだと思えば、疲れもふっとぶ。
運転中、何回か寝かかったけど。
しかし・・・
案外、時間がたつのが速いように感じる。
この前休みだと思ったら、もう休みがきた♪
でもこんなカンジで歳をとっていくのかと思うと少し(というかだいぶ)怖くもある。
最近の私はというと、あるマンガにはまっている。
このマンガとの出会いは、本屋さんで。
テニスが題材のマンガということで、ふと目にしたのだが、「おっ、なかなか面白そうじゃん!」
最初の方だけ読めるようなの、あるでしょう、それで読んだわけですよ。
したら、東京の友達のところに、何冊かあって・・・
泊まりに行った時に、読ませてもらったのですね。
しかしちょっとしか読めなかった。
で、確か「持ってる」と言ってた友達がいたので(大学の)、聞いたらやはりあるとのこと。
さっそく借りて・・・
会って、その帰りの電車の中で読んでいたのだが、面白い。面白すぎる!!
笑いがとまらない。
マンガを読みながら笑ってるなんて、変態だ〜と思って、我慢しようとするのだが、耐えられない。もだえ苦しんでおりました。
かなり怪しい人物になってたと思う・・・。
我慢できないだーね!(くす)
家に帰ってから、次の日に出さなければならない副社長の宿題もせずに、まず続きを読んでいました。
そしてもう4回は読みました・・・。(まだ読むぞ。返すまで・・・)
思わず、テニス熱がヒートアップ!
寝る前はイメージトレーニング。(妄想とも言う)
あそこはこう処理して、これはこう対処する・・・
ダイビングボレー!スマッシュ!きゃー、なんてうまいんでしょ、私ったら。(壊)
今更にラケット買おうかなー、ラケットバック買おうかなーなんて考えている私。
そしてそのマンガのHPまで検索してしまった私。
当分熱は冷めません。
では。  残念無念 まった来週〜〜!!
(マニアねたでごめんなさい。)



 4月13日(土)

休みだ〜ってことで、髪を切りに行き、さらに買い物をしてきました。
さらに、車のタイヤをやっと変えました。
今までスタッドレスだったのだ、ずっと^^;
そして疲れてしまった・・・(おい)
髪の毛はかなり切った。
「こういうかんじにして下さい♪」と写真を持っていったのに、ザクリ、とかなり切られてしまった。
切られた瞬間「えっ・・・こんなに切っていいの?」と思ったのだが、やはり切りすぎだった。
後で写真を見てみたけど、やっぱり短いよ・・・
まあこれくらい短いのもいっかー、どうせ伸びるし。
で、買い物。
久々の買い物だったので、なぜかうきうきして、誰が着るんや?というようなふりふりのかわいらしい服を買ってしまった。
春やしぃ、黄色とかー、ピンクとかー、ふわふわでフリフリ。
   ・・・ほんとに、誰が着るんや・・・?



 4月14日(日)

テニス熱に侵されている私は、何を思ったか腕立てなどをしてしまった。
何を思ったかって、単純に「体力つけな〜♪」と思ったからなのだが。
そして夕食後、私の体に異変が・・・
頭がズキズキと痛んできた。
どうやら肩・首のこりによる頭痛らしい。
ていうか・・・10回ほどしかしてないのに・・・



 4月15日(月)  今日はのんびり回想

車を運転していると、ぴかぴかに光るものが目に付く。
光るもの・・・白いヘルメットである。
新中学生がブカブカの制服を着て、ぴかぴかのヘルメットをかぶって登校している。
あー、四月だなぁ、と思う瞬間。
私が中学生になった頃は、やっぱりブカブカの制服を着て、自転車に乗って学校に行ったなぁ。
卒業する頃にはブカブカの制服はきつくきつくなっていた。
入学した時から卒業するまでに20センチ近く伸びたもんな〜
1年生の時は先輩にいびられたりして〜
先生に呼び出されたりして〜
友達とケンカして〜
故意じゃない恋をして〜
泣いたりして〜
・・・よき思い出なり・・・
そう、楽しい思い出もツライ思い出も、過ぎてしまえば美しい思い出。



 4月16日(火)

本日の私。
朝、起きる。10〜15分かけて、着替える。
低血圧の私は、朝が弱い。急に動いたりすると(いや、動けないのだが)、クラクラしてしまうのでゆっくりと動く。(半分寝ているともいえる)故に、着替えるのにこれだけの時間がかかるのである。
着替えるのは私服ではない。会社の制服である。
車通勤なので、周りの目をきにしなくてもいいし。
会社に着いてから、また着替えるのも面倒くさいし。
そういうわけで着替えて、御飯をちょびっと食べる。
そうしているうちに、時間がやばくなってくるので急いで車に乗り込む。
運転時間は軽く40分はあるので、車の中で化粧を済ませる。(どうせたいした化粧せーへんし・・・)
8時くらいに会社に着き、仕事を始める。
8時半から仕事のはずなのに、みんなすでに始めてるし・・・もっとゆっくりしてほしいよなぁ、と思いつつ。
11時ごろになると、かなりおなかがすいてくる。
12時から(いつも絶対10分は過ぎるが)昼休憩なので、まだかまだかと時計ばかり気になる。
(たまに仕事に追われてそれどころでない時もあるが)
お昼休憩が終わったら、仕事が終わった気に(勝手に)なるのだが、実は私の担当の仕事は午後からが忙しかったりして、あわあわしているうちに仕事が終わる。
仕事から家に帰ってきたら7時前。おなかがすごくすいている。
とりあえず制服を脱いで、パジャマのズボンをはく。その後すぐに夕食。
夕食が終わって、ちょっと休憩、のつもりで床に寝転がり、そのまま寝る。
途中で起きてちゃんとベッドで寝る。
起こされるが、起きられない。諦めてそのまま寝る。
起きる。朝だ・・・

大体こんな感じの日々が毎日続いていく。
こんな生活でいいのだろうか・・・
自分の生活のやばさにやっと気付いた今日この頃。



 4月21日(日)      ひねくれもの

日にちとは全く関係ないけど。(大体、これ書いてるの22日じゃないし)
ふと思い出したのだが、少女文庫。
少女文庫・・・昔はこれをよく読んでおりました。
主人公は「ごく普通の女の子」で、かっちょいい男の子のことを意識しちゃったりして、
ライバルが出てきて焦ったりして。
まぁ、起承転結の転にあたる事件など(まぁライバル登場も転ですが)起こったりするんだよね。
で、結果は男の子も主人公のことが好きってことがわかってハッピーエンド!
少女文庫の王道パターンです。
私が上のようないわゆる少女文庫を読んでいたのは、せいぜい中学1年生まででした。
一番喜んで読んでいたのは、小学生の頃かな。
「こんなすてきな恋ができるのだわ」なーんて思っていたのかしら。(まったくもって謎)
今、少女文庫が面白くないのは第一に文です。
私がつまんないなーと思い出した頃の少女文庫の文は、一文がやたら短かった。
「だから。
 私。そう、
 思ったんだよね。
 きっと・・・
 これは夢だ、って・・・」
みたいなかんじで。
「だから。」で切られても。
こいつ、こうやってキレギレの文にしてページかせいでるんちゃうか?って思える。
普通の一文にしてくれよ〜と、イライラしてしまったのです。
それから第二に、話の内容。
いつもきまりきったパターン。いかにも小説な「偶然」やら「勇気」やら。
そして告白して(またはされて)ハッピーエンド!っていう終わり方。
私、昔からひねくれものでして、「こんなうまくいくわけがない・・・」と毎回思っていました。
感動して喜ぶ友達の横で「ありえへん」と言ってよくしかられたものだった。
小説だからね、リアリティを追求せんでもいいっちゃー、いいんだけど、私にはそれが「夢」ではなく、「うそ臭い」としか思えなかった。
ひねくれ者故、ハッピーエンドの話は書けなかった。
小学5年生くらいだったと思うのだけど、「冒険」というテーマで、自由に話を作りなさいという授業があったのだが。
話を書いて、みんなでまわし読みしたのですよ。
(書くのは結構時間とりましたよ、多分。)
で、みんなからの感想をいただけるんだけど(私も読んだ人のは感想を書いたはず)、私の文は概ね好評でした。
「本当の小説を読んでいるみたいだった」「とても面白かった」とか。
しかし、たいていの感想の後には「でも・・・」が続く。
私の書いた話は、病気のお母さんのために、一人娘が薬を探しに行くというものでした。(母子家庭らしい)
細かいところはよく覚えてないのだけど(原物、どこにいったんやろ・・・なくなったんかなぁ)、なにやらルビーの中に入り込んで(そこが冒険か?)、地図を手に入れて、どんな病気でも治るという幻の(?)薬を手に入れるというもの。
手に入れたらあとはもうお母さんにそれを飲ませるだけ。
女の子は走るわけですよ。その薬を持って。お母さんに飲ませたい一心で。
普通なら、この薬を母に飲ませて、病気が治ってハッピーエンド、ですよね。
ところが、「んなわきゃーない」ってことで、私の話は「薬を手に入れることが出来たが、家に着いたら母はもうすでに死んでいた」という悲惨な終わり方なのですね。
「少女の泣き声がいつまでもこだました。     エンド」みたいな。
「でも・・・最後、なぜ薬が間にあわなかったのか。母が助かってほしかった」と何人にも感想で書かれたのを覚えています。
ひねくれ者の私は、「そんなに冒険しててその間ほったらかしにしておいて、間にあうわけないやん」と言いましたね・・・
今でもひねくれものな私。
ドラマはハッピーエンドじゃないと気分悪いんだけど(勝手な・・・)、ハッピーエンドの話を書くのはどうも苦手です。



 4月22日(月)

ひどい胃痛に悩まされた一日。
どうしたんでしょう、私の体・・・
本当に不健康。あー、健康になりたい(最近こんなことばっかり言ってる)。
へんなもの食べたわけでもないし、これはあれですね。
私ってば、繊細でこわれやすーいガラスのような心を持っているものだから、なにかしら傷ついてはそれが胃にきてるんだわ。
あー、図太くなりたい。(つっこみ不可)



 4月23日(火)     更新滞りがちな理由

文を書く時。
文はなんでもいい、この「びわ草子」でも、大学のレポートでもそうなのだが、私の場合(他人はどうか知らないけど)、まず大体どんな感じで書くかということが頭の中でできる。
まずこのこと書いて、次にこのこと書いて・・・みたいなかんじで。(びわ草子の場合はそこまで考えてないかな)
で、次に具体的な文が頭の中でできる。
具体的にって、そりゃーほんとに具体的に。一字一句。
そんなかんじで、私の文は書く前に頭の中でできあがってしまっている。
考えながら書く・・・ということはほとんどない。
文を形にする、というのは、頭の中で書いた文章をそのまま書き写す、という作業なのである。
だから、今こうやって書いている文も、実は頭の中
でできた文章をそのまんま写しているだけであって・・・
今の文は二度目の文なのである。
私は非情にあきっぽい性格なので(堂々と言うなよ)、書き写す作業になると・・・
すでにその文に飽きているのですね。
だから、「びわ草子」に書くことも、考えることは考えるのだが、実際文字を打っていると、それは二度目の文だから、飽きてくるんですわ。
結果、書くのをやめる・・・と。
同じ文書くのねー、だるい。(!!)
すでに出来上がっているなら、すぐに書けるでしょうと思うのだが、そこはそれ、実際書いていると付け加えたくなったり、実際文にするとおかしかったり、忘れたり(おい)するものだから、そう速くはできないんですね。
困ったことに。
まぁ、そういうわけで(最近はすぐ寝ているというのも理由の一つだが)、「もういいや〜」って、更新が滞っちゃうんですね。
困ったことだ。



 4月24日(水)

高校生くらいから、歌といってもメロディラインを追うだけで、歌詞はあんまり聴いてなかったりした。
それで今になってあらためて聴いて、「こんな歌だったのかぁ!」と驚くことが度々ある。
通勤時の車中で久しぶりにラブソング(あ、なんかこの響き恥ずかしい・・・)を聴いた。
ふと、歌詞が耳に入ってくる。
「今でも君が好きだから♪」
ふーん、ふられた今でも好きんあにゃ、忘れられないんや〜、と思ったのだが。
この手の歌でよく出てくる、君が自分のもとから離れられないように連れ去ってしまいたいとか、部屋に鍵をかけてしまいたいとか。
これをどうとるかは聴いた人次第だよな。
「わかるわかる、切ないよね〜!」ととるか、「未練たらしい」ととるか。
私は・・・
簡単に忘れられないのはわかる(ような気がする)のだが、「よく考えればほんっとしつこいよな〜。さっさと諦めろって」と思ったりする。
そんなこと言ってたら歌にならないかもしれないが。
でも中学生くらいの時は多分(記憶が曖昧なのではっきり言えないが)、「くぅ〜、切ないぜ!」と思っていたような気がする。
この違いはなんなんですかね。
聴いた時の自分の状況かな?
自分が悲しみにどっぷりと浸っていた時は、切ない歌は全部自分の気持ちを代弁してくれてるんじゃないか、なんて考えていた。
今は色々と関係ないことを考えるから、素直に歌を聞けないのかな?うーん。
他の人はどうおもうのか聞いてみたい。



 4月28日(日)

山がまだらになる季節になった、と言って通じるのはおそらく田舎に住んだことがある人。
ふと、都会の山を身近に見ることが出来ない人は、この時期山がまだらになっていることを知らないのだろうなぁ、と思った。(聞いてみたらやっぱりピンとこないということだった)
まだらになる、というのは山の色のこと。
山にある木の色はほとんどが緑色なわけだけど、この時期になると、山々の木が芽吹く。その芽は目にも鮮やかな黄緑色。
古い緑色の葉と、新しい黄緑色の葉。
この二つが同時に存在するので、遠目にはまだらになって見える。
その鮮やかなみどりを見た時、自然を体で感じた時、キレイなものを見た時。
そんな時に、心がしんと静まりかえって、あふれ出てくるものを感じたりする。
精神的にも体力的にも、余裕のない日々を送っていたが、たまにはこうやって外に出て色んなものを見て、感じるのはいいなぁ〜、と思った一日。
心が豊かになってくるのが自分でもわかります。
ことばの泉が涸れてたのを感じていたけど、大分わきだしてきたような。
あとは実行にうつせるかどうか。うーん、いましばらくかかりそう。
体力的余裕がナイのだ。早く余裕をつくりたい。