9月1日(金) 日記は去年の8月分からあったりするのだが、一応9月1日が一周年記念ということになっている(というか、した)。 まぁ、みんなにお知らせをしたのは9月に入ってからだったし。 おめでとう、私。 で、以前から見ていただいているみなさんはおわかりだろうが、トップが一新。 実はこのリニューアルはもう2ヶ月も前から考えていたりした。 のだが、だるいとか本当に用事があったとか、常人の生活を送っていた、など色々な理由から、「やばいじゃん!」と気付いたのは8月30日。 間に合わん・・・。 というわけで、こんなにも遅くなってしまいました。すんません。 一周年記念ということで、やはり1周年にふさわしく、私のネットの歴史、そしてこのホームページの出生について語りたいと思う。(前にも語ったかもしれないけど・・・) うちの父親は、パソコンに興味のある人で、まあ趣味だったようだが、当時大学生になろうとしていた私に、「大学生になったらメールアドレスがもらえるはずだから、入学したらすぐもらいなさい」と言った。 従順な私は「はい、お父様」と答えた。(多少脚色あり) わけもわからず、でもなんかあるし使おうか、と使い始めたのが大学1年生の5月の始め頃。 最初はメールだったなぁ。しかも、学校だけで。 でも学校が別々になった高校時代の友達とか、大学生になってメールアドレスを取得した友達と久々の交流があったりして、 すごく楽しくて、魅力的なものだった。 それに周りの友達は(さすがに文系だし)、まだ始めていなかったので「おもしろいよー、始めなよ」などと一歩先を行ったような、得意げな気持ちでもいたように思う。 メールの次は、インターネットだった。 学校のパソコンルームで、ヤフー検索で初めて銀色夏生さんのファンページを見つけた。 それがこの今の私のネット生活のはじまりだった・・・ こんなにもファンがいるのか、ということに感動し、掲示板にカキコミをした。 そして、その下にある「チャット」という文字に、はっとするのであった。 実は少し前にチャットというものを知っていた。何かのマンガで出ていたのだ。(あと、よく考えたら映画で見たこともあった。「インターネット」ってやつ。) その時から非常に興味があったので、とにかくやってみるしかない、と思った。 今はよく「チャット」というコトバを耳にするが、その頃はほとんど聞いたことはなかった(少なくとも、文系の私の周りでは)。 大体の感じはイメージしていたので、とりあえず勇気をふりしぼって「入室」ボタンを押す。 文字で会話するわけだし、しかもそれをこーんなみんないるような部屋でやるのだから、結構恥ずかしいよな、と思う。 はりきって入った割に、入室者はいなかった。 肩透かしをくらった・・・ 残念なような、ほっとしたような。 まあ、とにかく私のチャット初体験は、成立せずに終わった。 それから何度となくやったのだが、一回生といったら授業はかつかつに入れてあるし、余裕もなく、昼休みだけ、とかそんな短い時間にしかできなかった。 それでも休み時間になるごとに「パソ行こ!」と言い、「こぉーの、バーチャル世界の住人め!」と友人にののしられる毎日だったのであるが。 私の生活を変えたのは、マイ・パソコンが家に届いた時からだった。 ノートパソコンのメビウス君。 その銀色のやつは、私を夜の世界へとイザナった・・・ 要するに、自分のパソコンを手に入れたのだから当然、ネットにも繋ぐ。 家にいるときだから、夜の時間に繋ぐ。(それでも結構忙しかったから、繋ぐのは夜になっていたのだ) テレホーダイに入ってからは、11時以降にしか繋がなくなる。 ああ、不健康・・・ 家でネットに繋いだ時、一番にしたのはもちろん銀色さんのページの、そのチャットだった。 ハンドルネームは普通の名前。確か・・・アスカとか忘れたけどそんなかんじ。 それまで何回かのチャットで、私はそのチャットごとに名前を変えていた。その日の気分で。 固定HNとか知らなかったものだから・・・ で、その日に初めて深夜組にお会いしたのです。 深夜組はさすがに家でやっている者に限られるため、かなり常連さんだらけだったのですね。 あんなに楽しい夜は初めてだった。というくらい楽しかった。 そこで「そのHNの人がもういるから変えたほうがいいよ」と言われ、「じゃ、変えよ。何にしようかな・・・」と考えたところで、生まれたのが「びわごん」という今のHN。 なぜ急にそんな名前になったのかというと、実は「びわごん」はびわこ銀行のイメージキャラクターらしい。 HNどうしよっかなーと思ったところに、この「びわごん」の書いてあるティッシュが目についたのです。 「これでいいや〜」 ええ、そんなもんです、私のHNなんて。 まあ、それはともかく、一度「びわごん」で夜出没してからは、別の日に知っているHNの人がいる!というので、やっとHNの意味がわかってきた。 向うがそうくるなら、こっちも同じ名前でいかなければならない、そういうわけで「びわごん」になってしまったのでした・・・もっと考えればよかった。 と言っても、今ではもう慣れてしまって一番しっくりくるんですけどね(笑)。 すごくすごく温かい人たちばかりで、その日から毎日に近いくらい、そこに行っていた。 そう、この出会いが、今の私のパソコン生活を不動のものとした。 しっかり廃人になっていた。 そこまでハマったのはあれが初めてで、最後だろうな、と思う。 今の生活は、あれがあったからこそあるものである。 よかったかどうかはわからないけど・・・(笑) あの時同じ時間を共有できた、魅力いっぱいの、思いやりのある人たちとの出会いに、私は本当に感謝している。 ネットの中だけでなく、実際に友達になれたしね。 今はそのチャット、私が行っていた頃のメンバーとは入れ替えしちゃって、ほとんど行ってないのだけど、それでも「お気に入り」から消せないでいるのは、そういう思い出の場所を消したくないからかもしれない・・・ なんて、少しせんちめんたるになってしまった(笑) ほとんど行っていない理由に、メンバーのいれかえがあがるが、そのことについて少し触れておく。 触れないでもいい点だが、これは私のネット歴史の一部だからとりあえず、書く。 メンバーの入れ替えの前に、なぜか私のパソコンからはそのページにアクセスできないという事態が起こった。 まだまだみんなとは楽しくすごしていた時期だったから、かなり痛いことだった。 しかし、どうすることもできない。 そんな時、チャットでも事件が起きたようだった。 荒らしの出現である。 人づてにしか聞いていないので(あと、数回の学校での昼間チャットと)はっきりは知らないのだが、どうやらかなり荒れたらしい。 マイ・パソをついに修理に出して1ヶ月も帰ってこない間に、そんなことが起き、チャットのメンバーたちはそこを去っていってしまっていた。 それでも戦い、残った人もいたが、メンバーの入れ替えがもう起こっていた。 しかも、かなり低年齢化。 その低年齢化に伴い、ネチケットとか、常識、思いやりといったものがなくなっていった。 話題も、うんざりするようなものばかり。 はっきり言って、あの温かさは完全に失われてしまった。失望。 あんなに楽しくて居心地のいいところだったのに。 だからあの頃のあのチャットのメンバーに会うことが出来たのは奇跡かもしれないし、運命かもしれないと思ったりもする。 でもあの頃のあのメンバーでなくては、今の私は絶対になかった。断言できる。 少しでも入る時期がずれていたら、会えなかった。会えなかったらきっと今の自分はない。 さて、チャット熱も冷め、それでも気付けばネットに繋げるという生活になって、そろそろなにかやらかしたいな〜と思うようになったのが、2回生になった夏。 歳の近い、ネット友達がホームページを作る!と言い出したのに刺激され、こりゃいっちょやったるか!と思い付いた。 のはいいが、なかなか実際行動には移せなかった。 そこまで深くは考えてなかったし。 しかし、その子のホームページが出来上がったのを見ると、いよーに作りたくなってきた!! 私はうちにあった「ホームページビルダー」を用い、自分が納得いくも何もなく、とにかく骨格だけ作ってしまって(その所要時間30分^^;)、旅行に出かけた。 そう、旅行の前日にやっちゃったのだ。 ほんとにやる気になったらすぐにやらないと気がすまないたちなので。 まあ、そんなかんじで深い理由もなく、このホームページの運営が始まった。 作ったときは急にで、しかも時間もかけず、だったので、ここはこうしたいとかこういう雰囲気でとかそういう自分の希望が、反映されていなかった。 とにかく作っちゃえ!ってかんじで。 今回、時間をかけて自分なりにわりとイメージ通りのものができて満足している。 また研究やその他、色々なもの(にや)も内容の濃いものにしたいという思いはまだまだ、実現されそうにないけど・・・ というわけで、これからもどうぞこのページをよろしゅう、ごひいきに。なむ。 9月3日(日) ところで、私は1日からパソコン教室に通い始めた。 電車に乗って10分、駅から徒歩2分というわりと近場なところである。 資格対策の講座。 その初めての授業が1日だったのだが・・・はっきり言って、かなり落ち込んだ。 そんな、自信を持っていたわけではないが、まさかあそこまでできないとわ・・・とわ・・・(滅) 出された課題をこなし、わからないところを聞くというものなのだが、とにかくわからないことだらけで全くすすまない。 できる人はどんどん進めていく、というものなので、私はかなり出遅れたと思う・・・ しかも試験まで日がないのに・・・ 3日は2回目の授業。 午後からバイトもあるということで、かなり気が重かった。 しかし行くしかない。 行って、また落ち込んで、でもどうしようもなく、といったかんじでかなり凹み気味な私・・・ ふぅ〜 いやはや。どうしようもありませんなぁ。はっは。(乾いた笑い) 9月4日(月) ワープロにバイトと、かなり精神的苦痛を強いられた私は、もうぐったりである。 久しぶりの休み。 明日はサークルの試合があり、朝も早い。 そして次の日は、またバイト。 そして次の日は・・・かなり朝早くから(というか、始発だし)東京へ行く。 なんだか予定がつまっていて、そんな状態が嫌いなわけではないのだが(むしろ嬉しく思ったりもするのだが)、体力がそれに追いついていかない^^; というわけで、今日は一日休息をとりましょう・・・とばかりに寝る。 とにかく寝る。休息には睡眠だ。 朝、それも昼に近い時間の朝に起きる。朝ご飯食べる。 寝る。 昼過ぎ起きる。ご飯食べる。 テレビを見ながら寝る。 夕方起きる。夕飯食べる。 ネットの時間まで寝る。 ・・・こんなイチニチ。 9月6日(水) サークル、団体戦の2回戦(ほんとは、3回戦らしいけど。実質戦ったのは1回だけだし)である。 乗ろうと思っていた電車に乗れず、焦る。 焦っても仕方がないのだが、かなり焦る。 まぁ、結果的には全然問題なしの時間につくことが出来たのだが。 人生、捨てたものじゃありません。 というか、体調がすこぶる悪い。こんなに悪いのは初めてだ・・・ 暑いし。ふらふら。 しかしみなさんにはご迷惑をおかけしてしまって・・・すまない気持ちでいっぱいっす。 試合の方は・・・完敗。 実力の差がはっきりと感じられた。 どうにも手におえない相手だと、すぐにわかった。 わかったにもかかわらず、負けが決まった時の悔しさは、今までにないものだった。 同レベルの人に、せって負けたとか、負けない相手に負けたとかなら悔しいのはわかるが、これだけ差がはっきりしていたら、悔しいも何もあったもんじゃないと思うのだが、悔しくて悔しくて。 途中、泣きそうになった・・・(をい) なんか試合をする度に思うのだが、実力ないよなぁ・・・ 上には上がいるってね。 はぁ・・・落ち込むわ。 いいや、今回は運が悪かったってことで〜 下には下がいるよね!(違) 9月8日(金) (記録ノートより) 起きたら5時ちょっと前だった。 携帯のアラームをセットしていたのだが、鳴ったかどうか定かでない。 しかしその時間にちゃんと起きることが出来た、ということはおそらくなったのだろう。 なんやかんやと寝たのは3時半を過ぎていたから、1時間半ほどしか寝ていない計算になる。 さすがに眠たかった。 着替えて下に行ったら10分になっていた。 やはり朝は苦手だ。動けない。 それでもこうやって記録をつけているのだから、えらい。(自画自賛) しかし朝ご飯はあまり食べられなかった、さすがに。 それでもなんとか無理矢理にでも食べようとするのは必要性があるからなわけで、朝抜きだと低血圧な私はやたらフラフラしてしまう。 起きた時は暗かった空も、すっかり日は昇ったようで、京都に向かうこの電車からはうす明るく見える。 「うす明るい」のは天気が曇りであるからであろう。 今日はみょ―に目が覚めている気がする。(寝起きはやばかったけど) どうしたことだろう、なんか中途半端に寝たときより、ごく少ない睡眠時間のほうがはっきり起きている気がする。 体はまだまだ寝ている様なのだが。 横を見ると丁度関空特急「はるか」が走っている。そうして抜かしていった。 ここからも出るところがあったんだよなーと思う。 いや、それだけなのですが。 電車の中は冷房が効きすぎほど効いていて、冷え性&変温動物の私にとってはちと辛い。 サンダルをはいているので、もろ足が冷えて、足の色がわるーくなっている。 気持ちが悪いので、見なかったことにする。 もう京都につく。あと少しの辛抱である。 新幹線に乗るのは久しぶりである。 そんな、こんな高級な乗り物に乗るなんて・・・あわあわ。 「ひかり」は静かに走り出した。 わーい、あんまり揺れない。足元が広い。 速い、速い〜。(嬉) 新幹線で一通り、それまでのことを書き留めると寝てしまった。 やはり体は眠かったらしい。 それからずっと寝て、気付けば東京近く。 6:37の京都発で9:10東京到着予定だから2時間半ほどで着くのである。 すごいなぁ・・・ 以前来たときは鈍行。7・8時間は乗ってたよなぁ・・・(滋賀から) あの時の腰の痛みを思い出し、ちょっと顔をしかめた。 宿は「銀杏壮」というところ。 渋谷駅から歩いて15分くらい。坂の上にあってなかなかきつかった・・・ しかも名前の通り、和風でタオルもいいのがないし。 薄っぺらいのが1枚限り。辛い・・・ さて、まず行きたいと思っていた大学に地図を見ていこうと思ったのだが、方向音痴の私にはどうも無理そう。 仕方なく新宿まで行って、フラフラさまよって熊野神社にたどり着く。 まったりとしてまた戻り、待ち合わせしていた父と昼食をとる。 「これで昼飯代もういたな・・・ニヤリ」 などと思ってはいないのだが、まぁそれから電車で水道橋に行く。 (緊張感もなく、少し寝てしまって御茶ノ水まで行ってしまったが、それは省略。) またまちをフラフラ歩いて、大学見物。 いやぁ、都市の大学は違うねぇ。 「キャンパス」じゃないもん。まったくのビルですよ、あれは。 しかも入れないみたいだし。 受け付け通らないと入れないっぽい。コワイコワイ・・・ それから本屋などに行き、本を買って(何もココで買わなくても・・・)、ドームに向かう。 暑かった・・・・ んで、野球を見て(人多かった・・・)、帰る。疲れた・・・ 12時頃に寝る。 健康生活だ・・・ 9月9日(土) (記録ノートより) 昼からはお友達と約束していたので、それまでゆっくり寝る。 朝飯は、朝マック。 ホットケーキにしたのだが、甘すぎて最後まで食べられなかった・・・ シロップ半分しかつけてないのに。 まあ。朝だし。 待ち合わせは11時にハチ公口。だったのだが、私は余裕を持って行こうと思った。 迷う可能性大だし。経験上。 そして予想通り、ハチ公口がわからない。 地図をちゃんと見るのだが、ぐるぐる色んな道を行って(ええ、まさに一周しましたとも)、やっと発見。 駅に着いてから30分近く迷っていた・・・ ていうかね、ハチ公、小さすぎ!! あたしゃ、西郷隆盛くらい広々、でかいスポットだと思ってたのよ! まあ、それはともかくお友達と合流して、青山の英国紅茶博物館というところに行く。 るるぶを見て「行きたいなー」と思ってたところなのだ。 思っていたよりもずっと規模が小さかったのだが、そこでケーキセットを食べる。 ミルクティーを飲みながら、ずっとおしゃべり。 ずっとって3時間くらいだったかな・・・(遠い目) まったりな私たちだった。 いくらなんでも・・・と席を立ち、外に出ると暑い。 それでも歩いて、渋谷のほうまで行く。 途中、私の行きたかった某大学がたまたまオープンキャンパスしていたので、入っちゃった♪ チアリーダーと応援団が何かしそうだったので、「目の保養♪」と楽しみにするが、なんと運悪く終わったところだった。 がっかり・・・ あとはこどもの城に行って(行っただけ)本屋に行って、別れる。 彼女は同窓会だっていうし、私は父上様とお食事だったし。 御茶ノ水に行って、父は出身大学のあまりのかわりように呆然としながらも、懐かしさと嬉しさをかみしめているようだった。 夕飯にはお寿司を食べて、宿に帰る。 今日も早く寝る・・・健康生活。 だってパソコンないし(から?)、やることないし。(笑) 9月10日(日) 曖昧な記憶の断片 そういうわけで(どういうわけ)、この日はオフである。 しかし朝からむかつくことが・・・ 今日で父は家に帰り、私はこっちに残る。 私はお友達のところに泊めてもらうことになっていたので、宿の支払いを済ませる際・・・ 父に向かって。私を見て。「えっと・・・奥さん?娘さん?」 「・・・・・(怒)」 さっき「おはようございます」って顔をしっかり見て言いましたよね?(ギラ) なんで「奥さん」が先なんすか・・・(怒) あー、朝から気分悪い。 オフの集合は2時(?)くらいだったので、それまで東京観光を。 まずは近くにあるということで、NHKのスタジオパークというところに行く。 そこには中学生の時の修学旅行で行った事があったのだが、あまりよく覚えてなかったので、結構楽しい。 しょぼいといえばしょぼかったけど・・・(笑) そこで印象深いのは、体験アナウンサーというもので、数十名集まったところで、希望者一人がアナウンサーになれる、というものだった。 私は、普段そういうことをしない人なのだが、折角来たし、と思い切って「したい人?」の声に、手を上げてみる。 で、怖そうなおじさんが譲ってくれて、私がアナウンサーに(笑) 短い文章だったが、結構緊張するものだ。 「間違ったら恥じだよな〜。まさか間違ってないよな」と思いながら下読みする。 落ち着いて、と自分に言い聞かせながらまあまあうまくいったと思う。 読んでる途中に写真をとっていてくれたらしく、記念にくれた。はずい・・・ それから表参道など行って、ふらふら歩く。 時間が来て、池袋駅に向かう。 集合場所は「いけふくろう」の前だったのだが、お友達が「絶対行けないよ〜」と言っていたので、アドバイス通り、某W氏に迎えに来てもらう。 (行動がどうだったか、確認しようと思ってオフメンバーの日記を見たところ・・・オフ会に名前がついていたらしく、その名も「幸せかい?」だったらしい。まさか・・・幸せ「会」?) 集合場所に着くと・・・誰も来てないらしい。おい(笑) みんな、遅刻だぞ〜と思いながら待っていると(その時点ではまだ遅刻ではない)、S氏、続いて初めて会うKが来た。 Kには最初から圧倒させられた。 彼女にはネット上でもほとんど会った事がなく、もちろん、面識などあるはずもない。 なんでこのオフに彼女が来ているのかも知らずに、とりあえずは挨拶。 そのテンションの高さに、テンション低めの私はボーゼンと立ちつくす・・・ しばらくしてKっちとAが来て、Kのテンションはますますすごいことに。 それにしても時間がきてるのに、幹事(?)のKちゃんとK氏はいつくるのだろう・・・ 「遅刻か〜?」やんややんや。 遅れてやっと二人が来る。迷ってたらしい。 私でも迷わなかったのに♪(←迎えに来てもらってて、自慢か?) しばらくその場でそれぞれ何事か話す。 そこで私はショックを受け、このオフはどうなることかと不安に、ブルーになったものだが、なんとかオフは進んだのであった。 それからKっちがお昼ご飯を食べてないというので、ファミレスに行った。 なんか混んでましたなぁ〜日曜日だし。 で、Kっちはサラダしか食べないで、他の皆は大体ジュースとか飲み物を。 Kちゃんのもとにははやたらでかいウーロン茶が。 「で、でかい・・・」と言ってたら、あとで小さく「ビッグサイズ」とあったらしい。 うーむ、おそるべし!(謎) それからどうする?ということになり、とりあえずは、とカラオケに行く。 約一名、猛反対していましたけどね(笑) そこでは宝捜しというのがあるらしくて、みんなが探す前に、ヒントの書かれたものを一番に見た私は、瞬殺で見つけてしまう。 みんな、ごめん〜。楽しむ前に^^; それにしても私は歌う気などなかったのだが、みんながうるさいので(笑)、ちょこっと。 最新の歌は歌えない!という私に、KっちとKがわかるよ〜と言ってくれるので、一昔前の歌を歌う。 ああ、こんな歌堂々と歌ったのは久しぶりよ〜。 バンザイ、「木綿のハンカチーフ」。 バンザイ、「あなた」。 そしてなかなかに楽しかったカラオケの後は、飲み屋に。 私はいつも通り、カクテルを2杯ほどであとはウーロン茶。 男性陣も、いまいち体調がすぐれなかったり、意外に弱かったりで、あんまり飲んでいないようでしたねぇ。 まあ、フラフラになられても困るんで、よかったんじゃないでしょうか。 約一名、未成年のようでしたが、あまり気にせず。はっは。 時間が来て、下宿のA氏は残った食べ物をお持ち帰り。 いやいや、えらいね。 どうせ残していっても捨てるだけだしね。 地球にやさしく、さらに経済的! いやいや、よいことをした(笑)。 Kっちは門限があるのでここでお別れ。 W氏がおうちまで送っていくので、私たちは駅まで見送りに。 途中、記念写真を撮っておこう!と、全員で変な(失礼)おばちゃんにとってもらう。 Kっちには前回ちょっとしか一緒にいられなかったし、今回いれてよかったなぁと思う。 彼女はほんとに元気でまぶしいほどに明るい素敵なおねーさんなので、また会いたいなぁ。 で、W氏が戻ってくるまで、マクドナルドに行く。 そこで方言の話とか色々しながらWを待つ。 そこでめちゃビックリしたのだが、Kにあることを指摘される。 さっきまで飲んでたから、もう何もいらないと思って、何も買わずに席につく私だったが、そういうせこい、というかずうずうしさは関西人独特だ、と。 普通は、特別飲みたくなくても悪いとか思って買うよね、と。 そうやって気付いて見ると、何も買わずにいるのは私とS氏の関西人だけだった。 私は当たり前のように思ってて、そんなことに気付かずにいたので、これにはかなりびっくりした。 合理的(?)でもあり、ケチでもあるんよね、関西人は。 ふむふむ。 それからネットの話とか、方言の話で盛り上がる。 色んなところから集まってますしね。面白いわ。 Wが来たところで、ゲーセンに移動。 最初、プリクラを撮って(しかし・・・プリクラって、私にとってはあまりいらないものなんだよね。この歳になると、配るのもどうかと思うし、貼る所もないし。まぁ、今回のような場合のプリクラは、記念だからとっておきますが。)、次に思い思いに分かれる。 私は前からタイピングオブザデッド(TOD)をやりたかったので、W氏を強引に誘い、機械のある場所へと向かう。 そこでやってたら、S氏も来て、ゲームを続ける。 と、気付いたらみんなやってきてて、同じゲームをする。 ネット人のスピードを見てみたかったのだが、自分が夢中になっていたこともあり、見られなかった・・・残念。 で、お迎えに来てくれてるはずのお友達との約束の時間になってしまっていたので、急いで駅に向かう。 みんな走ってくれて・・・ごめんね。ありがとう。 感謝感激雨霰でございます。 今度はまたゆっくりできるといいけど・・・ でも、名残惜しいからついギリギリの時間になってしまうんだよね、多分。 お友達のほうは、下宿先の最寄駅まで行くよ、と言っていたのだが、私の事だから心配、と池袋まできてくれていたのだ。 とにかくお世話になりっぱなしです。ありがとうございます〜。 私には、愛しか返せませんが・・・(笑) 家に帰って、お風呂に入ってメール交換などしつつ、また出かけていったりとかして、寝たのは3時を過ぎていたでしょうか。 ここ2日、健康生活をしていた私は、またオフの疲れもあって、友達が何か話してくれてたのだが、答えられずただ「うん・・・」と言うだけで寝てしまった。 あわわ・・・すんません。 それにしてもある一つのことさえなければ、かなり楽しいオフであった。 また会いましょう、みなさん。 9月11日(月) アイマイスギルキオクノダンペン ちうわけで、お友達のところで寝て、起きたのは携帯電話が鳴ったからでありました。 この日はもう滋賀に帰るのだが、途中浜松で降りて、昼ご飯を一緒に食べよう、と約束をしていて、約束の時間ギリギリまで寝ていようと思っていたので、この電話はかなり迷惑なものであった。 相手は親で、どうやら大雨のせいで交通網に破綻をきたしているとのことで心配してかけてきてくれたのであった。(それでも迷惑は迷惑だったのだが・・・) インターネットなどで調べたところ、どうも早朝はダメだったみたいだが今は大丈夫らしい。 ってことで時間まで寝る。 それでも約束の時間に遅れたら悪いので少し早めに出るかな〜と思う。 さて、時間がたって、ようやく起きた。 頭がまだ働かない。 ぼーっとしてると友達がご飯をよそいで、お味噌汁を作ってくれた。 んまい・・・ありがとう・・・ 雨は結構ひどく、ちょっと心配になったが、東京駅に行く前に駅員に聞くと大丈夫とのこと。 東京駅まで友達がついてきてくれて、そこで別れる。 今回は本当におせわになりっぱなしでした。ありがとう。 また会おうね。 そんなことを思いながら 浜松に向かうのであった。 しかしやはり雨の威力はすごいらしく、数分遅れての発車。 スピードが速い分、危ないっぽい。 でも無事に着けて、某D氏に会う。 雨でうっとうしいが、とにかくうなぎを食う、というのが今回の目的であったから、とりあえず店を探す。 二人とも、ここらへんのことはよく知らないので大丈夫なのだろうか?と思っていたのだが、おき楽なので、まあなんとかなるやろ♪と。 駅周辺にいくつか店があったので、適当なところを選んで入る。 しかし・・・それがあんなことになろうとは・・・ と、大げさなことでもないのだが、店員の態度がめちゃ悪かった! 私たちは久しぶりに会ったのもあるし、ゆっくり話しつつ食べていたのだが、もうめちゃめちゃ「早く帰れ」モード。 どういうこっちゃねん! まだ食べ終わってないのに、「もうさげていいですか」とか言ってくるし。 せっかく楽しく話してたのに、 二人とも気分悪くなって、その場を去る。 時間が遅かった(昼食時間というには少し遅かった)のは悪かったけど、あの態度はないと思うのよ。 ちょっと印象悪くなったわ。 それからしばし無言で歩きながら、二人でやろうといっていたゲームを探す。 小ぶりだったし、雨の中傘もなく(おい)歩いていたのだが、見つからない・・・ 「ないですねぇ」「ないねぇ・・・」 何度「ない」と言ってもないものはないのである。 今回は諦めて帰ることにする(はやっ・笑) あまりいい思い出ができなかったな・・・折角降りたのに、と思ったが、不幸中の幸いで、早く帰ったのがよかったのだ。 この日、実は新幹線はとんでもないことになるのである。 東海地方を襲った大雨のせいで、新幹線は動けなくなり、駅や車内で24時間くらい(はっきりは覚えてないけど)いるはめになった人が多数。 もう少し遅かったら、これに巻き込まれているところであった・・・ えがった。 私といえば、時間あるし鈍行で帰ろう〜と、ケチって鈍行に乗っていたのだ。 雨はかなり強かったが、そんなことになってるとはつゆ知らず・・・ でもあと2時間ほどのことだったから、めちゃ危機一髪だったんだなぁ。 疲れて帰って、そのことを知ったのは次の日の朝である。 はなまるまーけっとの「はなまるかふぇ」のお客様も来れなかったみたいだし。 ふー、おそるべし天災。 9月17日(日) やっとバイト三日連続最終日である。 いつもはぎりぎりに起きるのだが、今日は朝にシャワーをしようと思って、余裕をもって起きる。 朝食は寝ながらだったが、だんだんに目が覚めてくる。 シャワーをして、髪の毛が何か調子悪いな、とは思ったが気にせず、家を出る。 余裕をもちすぎて、家を出たのはいつも通りぎりぎりの時間だった・・・ まあ、間に合えばよい。 そして車を運転しながら、いい天気だなぁ〜と、思う。 久しぶりに曇り空も晴れ、すがすがしい朝。 いつもは寝ながら運転してるけど、今日は目が覚めている! よぉ〜し、がんばって働くぞぉ〜! などと、私らしくないことを思うのであった。 しかし運転していて、何か違和感を感じる。 なんだろう? そして、ふと。 「リンス、したか?」 そう、思い返せばシャンプーをしたあとにリンスをするのを忘れていた! どーりでぱさぱさしていたわけだわ! でもまあ、ムースをつけたから大丈夫だろう(どういう根拠)。 今日も婚礼。 新婦さんは妊娠三ヶ月目らしい。そんな時期に大丈夫だろうか? 確か、安定期は5ヶ月目くらいだったと思うのだが・・・ 案の定、最後のほうに気分が悪くなったらしく。大丈夫だったかな? それはともかくも、私は新郎側の主賓席の担当だったのだが、一人、うっさいおっさんがいた。 まぁ、おっさんの中にはいつも一人くらいこういう人がいる。 ふふふーと笑っていればいいのだ。 そのおっさんは酔う前から「この席は大変やでぇ、問題児ばっかりやからな〜」と嬉しそうに言う。 いつも通り、ふふふーと笑いながら、心の中で「慣れてますから。でもお手柔らかにね」と言う。 しかし、そんなに問題ではなかった。 というか、いつもよりむしろ楽だった。 料理もよく食べてくれるし、食べ残していてもいらないものはちゃんと言ってくれるし。 酔って、ますますわけわからんくなった、そのおっさんだけが、同じことを何回も繰り返す。 「問題児ばかりやからな〜へへへ」 「はいはい、もう何回も聞いたって!」 と言えるわけもなく、またもふふふーと笑う。 最後にまた「問題児ばっかりで大変やったやろー。」と言われ、「いえいえ、そんなこと・・・本日はありがとうございました」と、にっこり微笑む。 微笑みながら、「問題児はてめーだけだよ、このおやじ!」などとは決して思わないのだった・・・ 新婦側最初のあいさつで、親族にもかかわらず、やたら新婦を誉めていたのが気になったりもしたが、今日も無事終わった。 よかったよかった。 明日からサークルの試合である。 早起きが一番辛い所・・・はぁう・・・ 9月18日(月) あーあ、ついに試合が始まってしまう。朝から気分が沈んでいた。 というか、ねぼけていた。 半分寝ながらメシを食らう。 私は今日は試合はない。なのになぜこんな早起きをしているのだろう・・・ 「役員なんてなるもんじゃないよな〜」と思いつつ、家を出た。 定期も買わないといけなかったり。ああ面倒。 やはりいつもの立ち寝をして、乗り替えしてからもずっと寝ていた。 あまりする仕事もなく(というか、他の子がやってくれていたのだが)、手持ち無沙汰でぼーっと椅子に座っていた。 途中、めちゃくちゃ眠たくなって、地面に座りながら寝てしまう・・・ やばいかも、私。 ここで寝たらさすがにやばいやろ!と思って動くのだが、たちながらでも寝そうな勢い。 それでもなんとかふらふら動いて、一日は終了。 お疲れ様です。 役員の子と一緒に夕飯を食べて(二人しばし無言でとにかく食べた。)、別れてからは奈良方面へ向かう。 明日は自分も出る試合があるので、少しでも長く寝たいと、奈良に下宿する友達のところに泊めて貰う約束をしていたのである。 試合が予想以上に長引き、終わるのが遅かったので、友達の家に着いたのも遅かった。 本当は秋らしく、なしでも購入してお土産として持っていこうと思っていたのだが、時間も遅くなってしまったのでそれはあきらめる。 しかし駅前の店で、シューアイスを売っていたので、3種類2つずつ買って(2つずつというのは・・・もちろん・・・あれね)、お邪魔する。 すぐにでも寝たかったのだが、それはあんまりなので我慢して、話をしつつテレビを見る。 途中、風呂に入って、シューアイスを食べ、しばらくしてから就寝。 そっこー寝たような気がする・・・ それでも12時ちょっと過ぎかな。6時間寝れる・・・よしよし。 9月19日(火) と、いうわけで。ついに私も出る試合になったりして。 朝は7時に起きる。 朝ご飯は食べずに出たのだが、用意をするのになんとも寝ぼけているため時間がかかり、予定の電車に乗れなかった・・・ がーん。でもそこはまだ電車があり、少し遅れたけど「遅刻!」というほどの時間になるまえに集合場所に着くことが出来た。 それからコンビニへ行って朝ご飯と昼食のぶんのパンを購入。 合計で2つ。 どうにも食欲がなくなっていて・・・ さて、そのころには目が覚めていた。 仕事もそこそこにエントリーをすませる。 午前中にはダブルスの試合、午後にはシングルの試合があった。 ダブルスの試合相手は昨日見たから知っていた。 負ける・・・ 予想通りというかなんというか。負けたのだが、思ったほど強くなかった。 向うも調子が悪かったのかな。 でも敗因はかなり私にあることは間違いない。 調子悪すぎ・・・ 私はサーブが武器だったりするのだが、そのサーブが一向に入らない。 ファーストサーブはともかくも、セカンドサーブも入らず、ほとんどないダブルフォルトの連続。 ああ、ごめんよ〜。(ペアに対して) ボレーもあんまり決まらなかったし、レシーブもこわくて思い切り打てない。 かなりブルーな気分で午前を終了する。 ここまで調子悪いのははじめてかもしれない・・・ 午後からはシングルの試合。 相手が結構うまいと聞いて、ショックを受ける・・・ 負けるかもしれない。 めちゃくちゃ暗い気分になり、緊張と(こんなときから緊張しても仕方がないのに)、ブルーな気分とで昼食も食べられず、吐き気を催す。 それにしても今までの経験上、ここまで緊張&ナーバスになるのは初めてである。 調子が悪いということもあるだろうが、なぜこんなにも。 それは・・・もともとあまり試合などに出なかった私であるが、今回は「自分のための試合」だったからではないかと考える。 今まで団体戦のみで、勝っても負けてもどうでもいいという気持ちが正直強かったし。 しかも対戦相手はめちゃくちゃ強いかめちゃくちゃ弱いかのどちらかで、がんばる気にもなれなかったし。 しばらく吐き気を催しつつ、我慢していたが、やっと試合になった。 8ゲーム先取で行われるこの試合、始めとられ、1−0。次とって、とられて、2−1で負けていた。 このときまでかなり絶望感でしたな。 3つのゲーム、どれもポイントとられて、とって・・・とかなりいい勝負ってかんじだったのだが、とにかくサーブは入らないし、思い切り打てないし、で。 ところが4ゲーム目、私のサービス。 最初にファーストサーブが決まる。しかも調子のいいときのスピードで。 アレ? 次も決まる。 どうしたんだ? 何かがかわったように、ファーストが入る。入らなくても、手ごたえを感じる。 セカンドサービスがはずれる気がしない。いつものように。 そのポイント4−0で1ゲームとって、それからは波がこっちにきたようだった。 何か思い切り打ってもアウトする気にならない。向うのボールも、コースも読める。 わぁい、わぁい。 ということで、続けざまに7ゲームとり、8−2で終了。 途中までの私はどこに行ったのだ(笑)。 よかったよかった・・・ 次の試合は明後日。この調子が続くといいのだが・・・ 帰り、電車の中で嬉しくて数人にメールを送る。 調子のりだから・・・(笑) 次の日、なぜか起きたら筋肉痛だったのだが、気にしないでおこう。 次の日にきたっていうことは、まだまだ衰えていない証拠!よかったよかった。(違) 9月20日(水) 今日も試合はあるのだが、いいかげんパソコンの方に行かなければやばいので、今日はもう一人の役員に頼み、ちょっと寝坊である。 ゆっくり寝られるのっていいねぇ・・・(うっとり) 11時近くまで寝ていて、起こされる。 そういえば昨日の夜は疲れて寝ているところに電話がかかってきたし、今日の朝も8時前に電話がかかってきたな・・・よく睡眠を妨げられるわ。ほんと、狙ったように・・・ 普段はこんなにかかってこないのに、試合のせいだ! 起きて、朝食をとると、母に買い物に連れて行くように命じられる。 近くのスーパーに行き、食料品などを買い込んでいると、店内に尾崎豊の「15の夜」が流れてきた。 「なんかなつかしいなぁ」と思い、耳を傾ける。 「落書きの教科書と 外ばかり見てる俺」 そういえば、この曲を知ったのは中学1年生の時だった。 産休の先生の代わりにきた先生が、自己紹介で書いた紙の内容を思い出す。 そこにはあたかも自分の詩のように、(あるいはただ好きだったからか?)その一節が書かれていたのである。 「これ・・・尾崎豊の歌詞やん・・・」 友達は知らなかったが、「おいおい」と思った・・・ まあ、それはともかく、「誰にも縛られたくないと 逃げ込んだこの夜に 自由になれた気がした 15の夜」 の部分を聞いて、そうかー・・・と考えていた。 自由になれた「気がした」んだよね。 ふむ・・・ あの頃は若かった・・・ 9月21日(木) ついにシングルの試合。 出場者が少ないため(だからレベルもダブルスに比べ、かなり高いのだけど)、これに勝てばベスト8である! 相手は、第二シードの子。 「負けるだろう」と思いつつも、心のどこかで「でも勝てるかも・・・」という気持ちがあったり。 SCのレベルを考えるとね・・・ 相手はかなりかわいい。好み♪ デュースにつぐデュースの末、1ゲーム目を落とし、2ゲームをとる。1−1。 3ゲームとられる。4ゲーム目とる。2−2。 常に先行されつつもなんとか3−3までいったのだが、4−3、5−3となってしまう。 この試合、準決勝まで8ゲーム先取で行われる。 残り3ゲームとられたら負ける!・・・のだが、なぜか焦りがなかった。 お互いすごく疲れてて(めちゃ暑いし)、結構ばててた。 6−3となったところで「がんばれ、あと5ゲーム!」と励まされる。 7−4、「あと4ゲーム!」「正確には違うけどな」と励まされ(?)、「さっきから減ってへんやん・・・ていうかあと1ゲームで負けと言ったほうが早いな・・・」と答える。 あと1ゲーム、そうなのだがちっとも焦りが感じられない。 審判をするのは嫌だったけど(負け審なので)、負けることはあまり嫌じゃなかった。 とにかく続けたいなぁ!と思ったのと、相手の疲労具合、その応援者を見てると「ひひ、もっと苦しめたれ!」という気持ちの方がでかかった・・・(鬼) そこから2ゲーム連取。というかその前からだから3ゲーム連取。 相手、あと1ゲームだというのにとれなくて、精神的に参っている。 常に私よりリードしてるくせに、精神的にはかなりやられ、打つボールにも力が入っていない。 こっちはなんか楽しい♪ しかし、次のゲームをとられ、負け・・・ しかし、こんなに楽しい試合も初めてだった〜♪疲れたけど。 最後の握手にも力が入る。 審判をしてくれた人にもお礼を。ちょっと憧れの人なので、「長い間、ありがとうございました。お疲れさまです〜」と笑顔を向けてみる。 1ゲームがデュース、デュースばかりだったので、試合時間はかなり長く、審判もかなり疲れたに違いないのである。(というか、かなり疲れておられた) 「いやいや、ほんとに疲れたよ〜。惜しかったね〜」 Tサマはそう笑顔で言ってくれた!はっぴー♪ 「審判さいあくですね〜。は!審判せなあかんやん!だから負けたくなかったのに〜。こんな長い試合やったら死ぬ!」 「審判しないためにがんばったんかい!」 「あー、大丈夫だと思うよ、次の試合は。」 最後に、Tサマに「ほんとにすごい精神力してるね〜」と誉められ(技術に関しては何も言われなかったのが気になったが・笑)、かなり楽しい一日でありました☆ 負けたことは・・・これでワープロ勉強の方に集中できるわ、よかった!フン!(笑) 9月23日(土) 今日、明日は試合から解放!なのだが、二日ともバイトが入っている。 今一番欲しいのは休息のみである・・・ ところで今日の午前にあった披露宴、二人はネットで出会ったらしい。 なにやら、近所限定(?)の出会い系掲示板かチャットかどっちかで出会い、メール交換、オフ、そして付き合いに発展し、ついに今日の日を迎えたというのである。 いやいや、本当にそんなこともあるのねぇ・・・ 二人とも、普通の人だった。(偏見有り) というか、近いところでもそういう現実があるんですけどね。 私の高校時代の同級生。 チャットで出会った人と付き合うことになり、相手が遠くの人だったんだけど、こっちで両親に紹介し、反対されたら家を出るとのことを、嬉しそうに話す彼女。 学校が一緒だったので、たまたまあったときに聞いたのだが、「多分反対されるだろうし。もう荷物まとめてる」 と、意気揚揚と・・・ 「まじで?おいおい・・・」と思ったけど、彼女のことは別にどうでもよかったので「ふーん」と答えておいた。 と、結局結婚したらしいと風の便りで知った。 大学もやめたようである。 あほやなぁ・・・と私なんかは思うのだが。 このご時世、そんな親とも縁を切られ(?)、大学中退して、見も知らぬ土地に金なしで行き、これから生きていこうというのかねぇ。 それに、出合って1年もしてないのに。 付き合いの長さじゃない、とか言うけど、私はそう思わない。そうじゃない場合はごくまれで、たまたま、ラッキーだっただけだよ。と思う。 ネット恋愛については語りたいところだけど、それはまたの機会に熱く(笑)語りたいと思う。 とりあえず、基本的にはネット恋愛は信じない。 ネットは一つの出会いではあると思う。 だけど、ネットの中だけでは「勘違い」というのが大いにあるんじゃなかろうか? そのままの人もいるけど、ネットの中では多少作られるからね、キャラというかなんというか。 そして、自分もイメージする。相手の人がどんな人か、ということを。 それはあくまでもイメージであるということを忘れて、その人が本当に自分の思い通りの人間だと思い込んでしまう。 その人はどんどん本人とは関係ないところ(自分の中だけ)で作られていく。 妄想にはしってしまったらダメですね。 きっかけの一つ、でもそれまで。あとは違うところで冷静になって考える。 バーチャルの世界と現実を区別することが必要だと思うわけですよ。混同してたら、ねぇ。 バーチャルはしょせんバーチャルですよ。現実のそれとは違う。 ネットがきっかけで付き合ったりということを否定するわけじゃない。 それはあくまで「きっかけ」だったということに過ぎないんだから。 ネットで出会った友達とか、ほんとの友達だと思っている人も多くいるし。 なんか拙い文章ですみません^^; ネットにおける注意点というかなんというか。そんなことを語ってみたかったので。(笑) 9月26日(火) 昨日、今日と朝から夕方まで試合、そしてワープロ。 限界過ぎてます・・・ それにしても今日が全ての決勝戦。 私は役員だから、自分が負けても毎日来て、色んな試合を見てきたのだが、後半はさすがに人数もしぼられ、かなりレベルの高い試合を見ることができた。 そして決意。 来年のこの個人戦、シングルベスト4入りじゃぁ〜!! 私の相手、3位だったから夢でもないだろう。 実力でうばいとるべし!! ・・・とこんなふうに思うのは今だけなのだろうが。(笑) 色んな人のプレイを見てきて、やる気になったり、「こんなん世界が違うわ!無理ムリじゃ!」と落ち込んだりの10日間だった。 やっと6時半家出発の日々が終わる・・・うれしひ・・・ガク 9月27日 妹のこと ネット友達のことを親に話していて、昔の、妹のことを思い出した。 妹は2歳になった次の日に、入院をした。私が5歳になろうとする、1ヶ月前のことだった。 血液の病気。難病に指定されている、血小板が減少する病気である。 血小板は血を固める働きがあるのだが、それが入院した時3万ほどしかなく(通常30万くらいあるらしい)、それがないということは、いったん出血するととまりにくいというわけである。 それはもちろん目に見える部分だけのことではなく、体内でも出血すればとまらない。 だから頭でも打って、脳内出血したらということもありうる、その時は覚悟してくださいとかなんとか、親は言われたらしい。 もちろん、その当時のことは私は覚えていない。 というか、そんな話してもわからなかっただろうし、しないだろう。 わかったことは、妹はすごい病気で、入院しなくちゃいけなくて、母は付き添ってて、私は一人でいなくちゃいけない、ということだけだった。 長い間入院している子どもたちは免疫力がかなり低下しているので、病室にも入れてもらえなかった。らしい。 覚えてないけど。 かわいそうだな〜と思っただけだった。 だが、私も結構苦しい思いをした。 母親は付き添わなくてはならないので、家には私一人。 父は仕事があるので、遅くにしか帰ってこられない。 最初色々なところに預けられ、最終的にはいとこのうちに預けられた。 わりと気を使う人間だったので、そうやって色々なうちに預けられるのは疲れることだったし、かなりのストレスだった。 甘えっ子だったし、親に会えないのも辛かった。(父親は週に1日しか来れなかった。いとこの家は、そこまで近くないので) いとこと遊んだりもしたが、いとこにはいとこの生活、友達がある。 いつも寂しかった。それだけははっきりと覚えている。 妹も毎日大きな注射をさされ、泣き暴れていたらしいが、そんなこと知ったこっちゃない(笑)。 私は私で大変で、預かってもらっている間、みずぼうそうになったり中耳炎になったりとかなり迷惑をかけた。 動き回ってたんこぶ作ったこともあったし。(かなりはっきりあの痛みは覚えている・・・) そんなある日、私は壊れたらしい。 ちょっと記憶があるのだけど。 いやぁ、幼心にもかなりの負担だったのでしょうね〜。かわいそうな私。 そして、運よく妹は薬だけで治った。 1ヶ月が経っていた。 一度、暴れて頭をぶつけた彼女に、母はひやりとしたとか。 血液の病気でもあるし、1年経って「もう大丈夫」と言われても、女の子でもあるし、「年頃になって、もし・・・」といつでも頭の片隅で考えてしまっていた、と母は言った。 今ではそんなことがなかったように、憎たらしくも育ち、えらそーにしているのだが。 時に、まじで「こいつ殺したろか」とか、「いつでもきょうだいの縁切れる」と思うのだが、あの時、妹が死んでいたら、「明日どの服着ていったらいいと思う?」と相談して、結局言われたのと別のを着ていったり、「お前のものは私のもの、私のものは私のものじゃぁ〜!」と言って服を奪い取ったり、「こんなんもわからんのか!」と家庭教師をしつつ、わからないことがあれば「お姉ちゃんは英語が苦手なんじゃ!自分で考えろ!」と逆切れしたり、部屋に乱入して襲いかかり、セクハラしたりできなかったんだなぁ、と思うと妹が生きててよかったなぁ、と思ったりもするのである。 むちゃくちゃなことをして、「こんな生き方できたら幸せやろうな〜。せこい!」というような生き方をしてる妹だけど、彼女は彼女なりに考えてることも多少はあるらしく、またシスコンで、私のことが大好きだから仕方がないか、と思ったり。 色んな思い出をくれたのも、マンガを借りてきてくれるのも、おしりをさわらせてくれるのも、(最近やたら反抗する。生意気なやつめ!)感謝しなければなりませんな。 私はもっと大きいものを与えてやってるけどね!はははー! オワリ 9月28日(木) ホテルでランチである・・・ バイトの友達と三人で夏のボーナスの寸志を使って豪華なお昼。 一人の友達は20分遅れて到着した・・・彼女はいつも遅れてくる。 にしても20分はひどいよなぁ〜。 「予想通りやな」「今度から彼女だけ、集合の時間10分早く言おっか」 「ごめぇ〜ん!寸志忘れてさぁ〜」「いいでー。もうしゃーないなー」 それから近江牛とマグロのステーキを食べ、しばらくロビーで話して、ラウンジでまたケーキセットを食べる。 久しぶりの休息・・・ と思ったら、三時前には出て、またもワープロなのであった・・・ ぐうたらしたいぜー。 9月29日(金) ワープロ。「とうとう明後日やねぇ。はやいねぇ」と先生が言う。 本当に早い。あっという間の1ヶ月だった。 何も遊ばず、ひたすらパソコンとテニスとバイトの日々だった。 いいのか、青春。 学校の授業が始まったら遊ぼう〜っと(違)。 出来具合のほうは… まず、タイピング。これはかなり余裕がある。これで落ちたらよっぽどだろう。 筆記。3級の時に、すこーししたのだが、ほとんど忘れてしまっている。 まあ、二択だしなんとかなるだろう( 常識問題の方)。。あと一日あるし。(この余裕が・・・・不幸を招く) 一番問題なのは実技。 でもこれはどうにもなりませんな〜。今更。 家で練習しようとしたけど、1日しかしなかったし、しかもノートだしうまくいかなかったりでやめたしなぁ〜。 まあ、運がよければうからないこともないってかんじかな。 運がいいことを祈るのみですな。 9月30日(土) 朝、自然に目が覚め(トイレに起きた、とも言えるが)、時計を見たら7時過ぎだった。 昨日もネットに繋ぐ前に、スイマーにやられたからな・・・ うーん、健康生活。(その前は朝の4時過ぎまでやってたけど・・・) 二度寝して、朝ご飯を食べてから車を出す。 幼馴染の誕生日プレゼントを買う。明日が誕生日なのである。 ギリギリだったが・・・なんとか間に合った。 彼女のほうは、毎年日を忘れやがって、覚えてたとしても「今度買うわ〜」とか言って、まともにその日にお祝いされた覚えがここ数年ないのだが。 もう一人の友達の誕生日の時は「もうすぐ誕生日やで、覚えてるか?」と注意してやらなければならない。 「今年は覚えてたって!ただね・・・」と毎年言い訳する彼女・・・ 20年近くの付き合いにもかかわらず、「誕生日覚えたで!」と威張る彼女。そういいつつ、間違う彼女。 いや、もう諦めてるからいいのですけどね。 ミントンのティーカップを買うつもりで行ったのだが、家庭用品売り場で、小さい土鍋を買う。 目的地に行く通り道、可愛いので一目ぼれ。 それと、おそろいのとんすいを買った。(ほんとはレンゲもあったけど、予算的に・・・やめた・笑) 誕生日プレゼントには?ってかんじだけど、いいか。 実用性を、ね!一人暮らし(?)だし。一応。 ☆今日気付いたこと☆ ボールペンって、BALL POINT PEN・・・ボールポイントペンだったんだね・・・そういえば。 ファミコンのマリオブラザーズに出てくるルイージって、マリオにそっくりなこと・・・ルイジ(類似)してることからついた名前だったんだね・・・ラジオで初めて知ったなり。 |