地域水道センター第1回セミナー 2007より抜粋
小規模水道と細砂ろ過
村上光正
1.地方水道を取り巻く情勢
現在の地方を取り巻く環境は厳しいものがある。それは新自由主義の嵐が我が国を席巻し
ていることが大きな要因である。大国主義,コスト至上主義は我国をカヤの外に置くことを許さない。結局,小泉政権の時之に従った。その施策は米国にならっ
ている。
これらの危機的状態の到来について、著者は兵庫県立大学環境人間学部に移って以来(1997〜2007)、常々授業で警鐘を鳴らしてきたが、現実の問題
になってしまった。
○法人と資本家の税金大幅削減
○税収不足から小さな政府
○公共投資(ケインズ主義の象徴)の大幅ダウン
○地方交付金の削減
を招くことになった。地方と中央の格差は止まることがない。
毎日新聞2007.2.5のトップ記事によると,地方の人々の収入は東京の4.5分の1でしかない。すなわ ち従来の全国一律行政は崩壊して行かざるを得ない。地方の普通に働く人たちに「ワーキングプア」が広がっていることは,2度にわたるショッキングなNHKクローズアップ現代で知ら れることになった。支出が東京都と同じ仕組みであるならば,地方の普通に働く人たちは破産する。
地方が生きるためには,収入に見合ったコストダウンを行うしかない。特に社会資本にお いてそれは欠くべからざることである。ここのところを間違えると住民を追い込むことになる。水道は,まさにこれが問われている。
2.低コスト水道と緩速ろ過
地方の水道は,低コストが全てに優先して最大の目標にならざるを得ない。そのためには 従来のシステムをリニューアルする,新設事業は特別のこと以外行わない,小規模水道の大規模化はコスト面から厳しく査定するなどが不可欠となる。たとえば100人以下の山村では簡易水道 であったとして,あえて飲料水供給施設に変更し,大幅なコストダウンを図ることも考えられる。
○緩速ろ過のリニュウアル
緩速ろ過は,地方の小規模水道において最も一般的なシステムである。しかし耐用年数が 来たとして膜ろ過などに切り替える例もないわけではない。しかし,その新設は確実にコストをアップさせる。それよりも,費用の安いリニューアルを考えられ てしかるべきだ。
○コストダウン
・藻類対策
維持管理で困るのは藻類対策と濁水対策である。都市の緩速ろ過では藻類を浮上させて排 出する方法が中本らによって提唱されているが,小規模施設では難しい場合が多く,遮蔽対策を取るのが一般的である。緩速ろ過池が小規模の場合は寒冷紗を張 る,発泡スチロールを浮かべるなど,コストのかからない工夫がなされている2)。本格的に建家で覆ってしまう場合もある。このような方法は,緩速ろ過の維持管理を容易 としコストダウンを図るものといえよう。
・濁水対策
濁水対策は小規模水道では難しい。上流に行くほど増水と濁水の問題が大きくなる。ある 町では,濁水時には1池だけにし,これを犠牲にする。手間はかかるがこうやって緩速ろ過を守る。住民は,洪水 時に関係なく,いや,むしろその時に井戸が濁ったとして沢山水を使うだけに問題は大きい。
3.細砂ろ過
細砂ろ過は研究を開始してすでに8年である。ろ過法にかかる諸問題を詳しく実験で解明し,新しい項目に検討を加え,その結 果を逐次日本水道協会などで発表してきた。今ようやく主要な条件が確立出来たところである。この方法は次のようなものである。
○緩速ろ過のろ過砂を細砂,微細砂,あるいはさらに小さい0.05〜0.1mmの超細砂を使用
○ろ過速度は高速とする。研究・実用化で確認した範囲は,重力式で最大80m/日,高圧力式で200m/日である。
○逆洗を行う。
○急速ろ過と同じようなろ過速度でありながら,PACを使用しない。凝集沈殿 池,汚泥処理施設,汚泥乾燥施設,埋立地など全てが不要である。
○処理水濁度はろ過砂によって異なるが,河川表流水を超細砂でろ過すると,0.1度以下になる。
要するに緩速ろ過と急速ろ過の特徴を色濃くしており,そこから発展して新しいコストの 安い方法になったといえよう。
4.重力式細砂ろ過
○概略
細砂をろ過砂とし,目詰まりを逆洗で解決する。細砂は0.1〜0.2mmが標準である。この場合, 利用範囲は河川表流水,伏流水などと広い。しかしながら河川表流水では,まだ1段ろ過での認可は得られていない。
○飲料水供給施設
認可の問題がないので,コストを考えると最適な方法ではないか。
○2段ろ過
認可されることが間違いないのは,水道としては2段ろ過である。後段を細砂緩速 ろ過とし,ろ過速度を速める方法がよいと考えている。緩速ろ過の前段に置くこともよい。
5.高圧力式細砂ろ過
研究を続けていくと,いくら圧力をかけても濁質が流出しないことが判明した。これが急 速ろ過と大きく異なる点である。凝集剤を使う場合,ろ過砂間の濁質は圧力で破壊され漏出する。しかし細砂で,凝集剤を使わない場合,高圧にしても濁質は流 出しない。
そのため,400kPaまで圧力をかけてもろ過できた。長時間ろ過では200kPaとする運転が実機で 行われている。ほぼ開発が一段落したところである。
○伏流水のろ過
伏流水が河川水に近くよく濁る場合,高圧力式が力を発揮する。後段を細砂緩速ろ過とす る簡易水道を建設中である。また,緩速ろ過の前段が稼動中である。
○河川表流水
現在のところ,前段処理が現実的である。濁水が長時間あるいはしばしば発生する場合 に,ろ過水量が確保できる。たとえば上流にダムがあると洪水後コロイド状濁質が10日ほど続くが,高圧力式はそれに最適といえよう。
6.クリプトスポリジウム問題
○細砂ろ過の場合
細砂ろ過では,濁質の粒度分布と除去率から次のことが分かっている。
・ろ過砂0.15〜0.24mmの場合 99%以上の除去率
・ろ過砂0.05〜0.1mm 100%
実質上,細砂ろ過でクリプトスポリジウム問題は解決する。最も緩速ろ過でも100%除去できることは良く知 られたことである。これはろ過がある厚みを持っていること,ろ過膜が存在することに関係する。
○膜ろ過の場合
中空糸系膜ろ過は完全にクリプトスポリジウムを除去できるとされてきたが,実際はそう ならない。すなわち,中空糸は使用していると劣化し,破損が起こる。破損があるところまで起きた後に膜を交換するのが一般的である。すなわちクリプトスポ リジウムが流出する。
大内ら3)の研究によると,沢水を原水とする3カ所の小型浄水場の濁度は1度前後であったが,原水が高濁度(10度程度で停止か?)時にろ過 水濁度の上昇や,平流時に平均0.003度になるものもあった。4,5年目から損傷が目立つようになり2つの浄水場では5,6年で交換したという。図では0.005度以上(図は切れている)の場合が,しばしば発生している。
現実問題として膜の損傷があったとしても,なおろ過を行っていることが分かる。決して99.9%というようなクリプトスポリ ジウム除去率にはならない。すなわち,損傷したことによる濁質の流出は,明らかに原水が直接ろ過水に流出していることを示し,緩速ろ過などの濁度とは同列 に論ぜられない。原水濁度が1度でろ過水が0.01度であった場合,クリプトスポリジウムの除去率は99%でしかない。
一方,緩速ろ過や細砂ろ過では,まずクリプトスポリジウムのような粒径の大きな粒子は 確実に補足される。流出するのは大腸菌の1μmあるいはそれ以下の粒子である。さらにろ過膜の余剰が流出している。結果として上記例で ろ過水濁度が0.5度であっても,クリプトスポリジウム除去率は限りなく100%に近いのである。
ろ過水濁度だけを見てはならない。
7.おわりに
現在,地方の社会資本は未曾有の危機的状況に置かれている。水道事業はこの危機に果敢 に対処することが求められている。従来の発想を捨て,コストを徹底的に見直す勇気が求められていると考える。
細砂ろ過は,まだ認知されているとは言えないけれども,今後,大いに利用され,小規模 水道のコストダウンに寄与するものと確信する。
参考文献
1)村上光正;河川のクリプトスポリジウム濃度の試算、水、Vol.45,No.11,20(2003)
2)村上光正;緩速ろ過池の藻類繁殖・ろ過速度に関する一考察、水、Vol.47,No.1,34(2005)
3)大内ら;膜ろ過施設の運転実績に基づく膜モジュールに維持管理方法の考察,水道協会 雑誌,Vol.73,No.11,2(2006)
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