水田は浄化装置付き巨大ダム
1.面源負荷が汚濁の原因?
琵琶湖の汚濁では点源負荷と面源負荷が議論される。点源負荷とは下水処理場処理水、浄 化槽排水、工場排水などをいい、面源負荷とは山林、畑、水田などを指す。原単位はいろいろの値があるが、太田らは下記のようにまとめている。
表 森林・畑・水田の面源負荷の原単位
その結果、北海道のほとんどの河川はTN,TP何れにおいても大半が面源負荷であるとした。窒素で1/4〜1/3が点源負荷、リンで1/10程度が点源負荷のよ
うである。
また、琵琶湖の汚濁の原因でもこのような研究があり、面負荷、特に田畑が問題というような研究結果も出されている。
排水処理の窒素・リン除去は不要か
そうであるながら、人は汚濁防止に苦労する必要が無いのかも知れない。特に窒
素、リンの除去については高度処理等するだけ無駄となる? 少なくとも北海道はそういうことになる。本州においては人口密度が高いから、即、排水処理は不
要とはならない。
2.農業が元凶か
現在の研究によると農業の汚濁は非常に大きいとされている。
しかしながら農業で肥料を半減しなさいとは言い難いというのが研究者の一般的姿勢である。これは農業に対して注文を付けることのおそれであろうか、あるい
は研究結果自体の信頼度の問題であろうか。
もう一つの見方がある。それは森林の窒素、リンの負荷がバカにならないことである。もしも、農業をすべて捨てたとすると、確かに面源負荷は大幅に低下す
る。しかし零にはならない。また、リンでは大きな変化がない。
何れにしても、日本農業の水環境に対する影響は大きい。従って、農業が衰退し、輸入農産物ばかりになるのは、歓迎すべきこととなる。ここで必要な
ことは農業を外国に任すことの損失と、国内生産することによる水環境の外部経済としての影響を如何に天秤にかけるかということになるらしい。
3.水田は浄化装置付ダム
畑作地帯の地下水は飲めない
さて、ここで実際の田畑を例にとって、河川水との関係を議論しよう。畑で問題になるのは窒素である。畑の土壌は水が切れた状態であるから空気が充満してい
る。酸素があるから好気性である。畑の肥料は全て硝酸にかえられる。硝酸はそのまま土壌に吸着されることなく地下水に移行する。こうして、畑作地帯の地下
水は硝酸イオンが高濃度で、20〜30mg/lとなる。茶畑、果樹園なども同じ傾向がある。特に茶畑が問題を抱えている。
工場を建てる場合、水の問題は大きな要件である。この場合、単に地下水があるか、表流水の水利権が委譲してもらえるかなどで判断してはならない。水質が
問題なのだ。畑が広がっているところで工場を建てたところ、地下水に硝酸イオンが10mg/l以上含まれていてどうにもならないと困っている話がある。付近が茶畑の池では硝酸イオンが20mg/l以上で、リンがない変な水で、藻類も繁殖していないという。茶畑が広がる川ではマンガンが石について黒
くなっているという。
水田地帯の水はきれい
一方、水田地帯では硝酸イオンほとんど問題にならない。水田は土壌の皮層部分は好気性で、下部は嫌気性、さらにその下は好気性であるのが普通である。土壌
は水が充満しており、前年の稲の根が有機物として残っているため、嫌気性になる。アンモニア肥料は先ず上の皮層土壌で硝酸になり、次に嫌気性部分で窒素ガ
スされてしまう。さらに、水田は肥料が少ないことも特徴である。畑作のように施肥すると稲は倒伏してしまう。最近は、一時のように
多収穫を追求するのではなく、美味しい米を生産するようになったことも留意したい。
リンは好気性の土壌に吸着される。現在では三価の鉄イオンがリン酸鉄を作って不溶化すると考えられている。鉄は好気性で三価となり水酸化鉄の錆びとして
沈殿し、嫌気性では二価の鉄となって溶出する。これとリンが絡んでいるのである。
湖沼で底が嫌気性になると鉄が2価になり、結果としてリン酸が放出されるの
で、恐れられている。琵琶湖や宍道湖が今厳しい状態にあるとされるのは、このリン酸と鉄の関係である。
なおBODについても検討しておく必要がある。BOD成分は水田の土壌をゆっくりと通過する間に分解されてしまう。流入水のBODはほとんど除去されると考えてよい。
汚濁水を水田に入れると
下水処理水などを水田に入れると、窒素、リンが除去できる。これは事実である。水稲
に吸収される量は、一時的にはそれ程大きくないとしても、泥の吸着貯留量は大きい。これを見て、「下水処理水を休耕田に流入させるならば、肥料が取れ、水
が浄化されて地下水となるので、好都合である」と著名学者がいっていた。なるほど理屈である。但し、都会の人が、そこで収穫した米や、野菜を有機栽培下と
して、喜んで購入してくれるであろうか。それを説明すると逃げ出してしまうであろう。都会人の勝手のような議論になるようだ。
実際、都市郊外に流れている農業用水は家庭排水で汚濁している。しかし、これで稲は簡単には倒伏しない、そこには上記除去システムが働いているのであ
る。
上記表の窒素の原単位については、畑作との比較において、このような解析が十分なされていないのではないか。
河川水は出たり入ったり
河川水は潅漑期、大半を農業用水として水路に導かれる。水田
に入れられた水はゆっくりと地下水に移行する。この時に浄化される。地下に移行した水は下流で再び河川に湧き水として復水する。これが水田の浄化作用
である。河川の水が保たれているのは、地下水とのバランスによる。地下水位が低下すると、河川水は地下水となり、これを回復しようとする。それでも地下水
位が低下した場合、河川水はやせ細り、ついには断流する。勿論都市近郊では河川水は汚濁しており、川底は汚泥で目詰まりしているから、簡単には地下に移行
しない。時
々ブルで表面を掻き取って、水を地下に浸透させ、井戸の水量を確保しているというのは、実際行われていることである。
自然の洗浄は洪水がこれを行う。洪水が河川環境を守り、地下水を確保する。これは別に議論したい。
浄化付きダム
水田の効用は浄化ばかりでない。水田に流された水は地下水となるとはいえ、極めて穏
やかに地下水になる。河川水を放置しておけばその日の間に海に流れ出してしまうが、水田に入れると月を越えてゆっくりと流れ出すのである。水田は巨大なダ
ムである。
勿論、完全に肥料成分を除去することは出来ない。水田地帯を流れる程度の水質になるということである。汚濁した水は水田がそこまできれいにするのであ
る。近くの河川水を見ると、窒素0.8〜1.5mg/l、リン0.03〜0.06mg/l程度に収斂しているようであるが、正確な値は不明である。
注意しなければならないのは、水田における地下浸透量である。水田の地下浸透は農家にとって起こらない方がよいものであり、代掻きを行って泥で固めて、
水漏れを防ごうとする。週に一回15cm程度の浸透があると考えて欲しい。単
位面積あたりの処理能力とするときわめて低いものである。従って、一部の水田を使って浄化システムを作るということま無理である。
4.米自由化を考える
日本中が米作を行い、水を平地一面に張るシステムは巨大な浄化付きダムである。しか
し、米自由化を外国からせまられていて、政府の腰ははなはだ不安定である。農業は、水環境にとって重大問題なのである。現在減反が40%である。将来この数字は高くなるばかりである。
米自由化を全面的に呑んだとき、どうなるかを考えておく必要がある。コシヒカリは世
界で最適地が沢山ある。商社は虎視坦々とねらっている。その時は一気に日本市場を中国など世界の米で制覇するというものである。ある意味では富を世界に分
け与えるのであるから、地球規模で見るならば好ましいことである。しかし、そのため、河川がやせ細り、汚濁するのは避けようがなかろう。第一そこまでお人
好しがよいとは考えられない。我が国はこの利益を守らなければならない。無為に大雨の水を直に海に放流してはならない。
将来中国が覇者となり、日本が沈下していくと、さらに水使用量も低下するかも知れない。地方の市町村は寂れ、特に公共財としての
水道が現在の方向から抜本的改革を目指すことが出来ず、コストアップしていくのであるならば、サラリーが減り、税金や人金の負担が増える近い将来、水需要
はますます低下するかも知れないが、その悲劇に期待するわけにはいかないし、何ともさみしい話ではある。
私は、水源確保、水源涵養のため、
米の自由化は行うべきでない、そのために外交交渉は戦うべきであると考える。
(2003.2.6、2007.3.22改)