川の汚れ指標に窒素・リンは不要か

 河川の環境基準はBOD(生 化学的酸素要求量)、SS(懸濁物質)、pH、溶存酸素(DO)、 大腸菌群数である。肥料成分の窒素・リンは入っていない。これが正しいかどうか考えてみよう。

1.河川汚濁の従来の見方

BODDO

 河川が汚濁するのは家庭排水、工場排水、畜産排水 などが流入し、その中の有機物成分があると水が腐敗すると考えてきたのである。そのためまずはBODを重視した。BODは 検水に雑菌を入れてを20℃で5日間培養し、そのとき菌が有機物を食い、それを分解するときに酸素を 消費するが、この酸素消費量を示したものである。有機物が多ければ、それだけバクテリア(菌)が有機物を沢山分解し、沢山酸素を使うであろうとの考えであ る。
 一方、水には約
9mg/lの酸素を溶解させる能力がある。従って、酸素が飽和した水の場合、BOD5mg/lならば95=4mg/lの酸素が余る計算になる。分解の間、空気中から酸素を貰わなくても、 バクテリアは全ての有機物を分解できる。すなわちこの水は腐らない。このような関係にあるから、BOD10mg/l以下であると余り腐らない水といえる。但し川の底は嫌気性になっていて、混ぜると臭気が立ち上る。DO5mg/l以上あるようならば、通常、水は腐っていない。これがDO 1〜2mg/lであれば零の所もあるから悪臭を放つどぶ川といえる。川には水面から酸素が補給されるが、穏やかに流れている場合は余 り多くを期待してはならない。

SSは重要ではない

これは濁り成分である。河川の場合、その多くは粘土 質であるから、これを考える必要はない。どぶ川の水のSSは最もきれいな類型のAA25mg/lを越えないことも多い。

大腸菌群数

 屎尿が流れ込む場合、当然ながら高い値になる。

pHは基準を満たせない

 類型AAEま で、pH6.5~8.5 としている。これは工場排水を考えた値であると思うが、それはある意味では、大きな間違いであ る。河川水はpH8.5 を越えるのはよくあることだ。PH10まであるのは事実。これを以下議論する。

2.河川の高pH、池の高pH

 私は学生と4年間、河川調 査をしたことがある。河川は夢前川、林田川、揖保川の本流及び支流である。揖保川は一級河川で流域面積も大きい。測定項目は水生生物、pH、水温、井堰構 造であった。そこでは集落排水施設と水質階級の関係、生態系無視の井堰などが明らかになったが、さらにpHが10近くまで上昇することもあった。

集落排水処理施設と水質階級

 夢前川は本流と同じような 形状・人口の谷筋の菅生川がある。菅生川は既に排水処理施設が全て稼働しており、本流は建設途中であった。その結果菅生川は階級II、本流はI〜(II) であった。明らかに菅生川の方が汚い。ところが3年後、本流の施設のほとんどが供用開始して1年後、どちらも水質階級はIIであった。
 この結果は、集落排水処理施設が出来ると水質階級をやや落とすことを示している。しかし、極端に低下することが無いのも事実である。夢前川は瀬戸 内海に流れる小河川であるから、当然水量は少なく、生活排水の影響が大きい。渇水期には水量の多くは処理施設の排水と考えたくなる場合もある。

川のpHが10になる

 さて、問題はpHである。 pHは天候に左右されるが、通常7.5〜9.5である。10という測定値もでた。環境基準の上限8.5を越えるのは普通である。水質階級Aだ Bだといっていても、それらの基準をpHが満たしていないとはどういうことだ。最悪のE(嫌気性のどぶでない)さえも満たしていない。しかし、これは当た り前のことだ。これが分からないようでは河川水質を議論する資格は無いと考える。

湖沼の場合―分からない関係者も

 この現象は、湖沼ではあたりまえである。鑑賞池の浄化で実験するとpH10.5というのもでてくる。藻類が繁殖して炭酸を吸収したためpHが高く なるのである。大体pH9を越えると藻類が大繁殖しているということになる。湖沼の汚濁はpH9だけを目安にすればよい。ところが、このことを知らない水 環境の研究者が少なくない。自分で手を汚して研究しておれば直ぐ分かりそうなものであるが、不思議な人達がいる。
 さて、ゴルフ場では水質検査をして官庁に報告しなければならない。ところがpH9を越えるのは普通であるから、排出基準を満たさないことになる。12年 ほど前のことであるが、これが問題になった。そうなると排出停止?まさか急に堰止めるわけにはいかない。私に分析会社が泣きついてきた。「朝5時に採 水しなさい」と指導した。その結果無事パスしたと喜んでいると、7月末になって「早朝でも基準を満たさなくなった」と報告があった。もう知らない「官庁を 教育せよ、何としてでも納得させよ」とふてくされる私であった。その後、これで何とかなったようである。かくのごとくpHは藻類が繁殖すると直ぐ高くなる ものだ。

3.高pHは窒素・リンが元凶

 理屈はこうだ

  窒素・リン→藻類繁殖→水中の炭酸減少→pH上昇→基準を満たさない

藻類が光合成すると水はアルカリ性になるのは炭酸が無くなるからである。たとえば地下水には炭酸が沢山含まれていることが少なくないが、この時は曝 気して地上の雰囲気に慣らしてやるとpH5台が中性になる。藻類が活動するとさらに炭酸(ガスは炭酸ガス、ビールの泡は炭酸、同じものである)が取られ て、pHはどんどん上昇する。実験室で研究するとpH11にもなった(これは藻類から幾らかアルカリ成分もでているかも知れないが、その確認はしていな い)これが自然現象である。

水はpH7で、炭酸ガスが入るとpH5.6?

 これは純水に限ったことで ある。通常の水は本来アルカリ性である。それは色々なアルカリ成分を溶かしているのが常だからである。ところが、純水の炭酸ガス平衡のpH5.6を取り上 げて、これ以下は酸性雨等と議論するのであるから、ふしぎな世界である。本来自然水はアルカリ性であることを考えるとpHは6〜6.5程度を基準にすべき ところである。

川水はpH9以上になるのも普通だ

 川には付着性藻類(コケと いう)が石の表面を覆っている。藻類は何も湖沼だけではない。藻類のうち特に珪藻が良質であり、これを食べてアユは成長する。アユのあ の風味は珪藻から来ている。日本の河川は、5月頃から河川水量が少なくなる。特に田植え時期は沢山の水が必要であり、河川水量は1,2週間で極端に少なく なる。揖保川のような大きな一級河川でも、その時は哀れなものだ。僅かの水量が淀みながら流れているから、歩いて渡ることが出来る。この時はpH9. 5〜10となる。池のことを考えると当然の結果である。何も驚くことはない。この時期、集落排水などの窒素・リンは濃縮され、代かき時期の落とし水にも肥 料が入っている。そして藻類が繁殖する。この時は藍藻など不味い藻類も多く、鮎には困りものだ。鮎放流はそれより上流が適している。

4.pHが高くなると水質は悪化

 pH10でも鯉は泳いでいて、特に問題はない。しかし、水質は確実に悪化する。

  藻類光合成→pH上昇

       →有機物放出

       →藻類死滅

藻類の繁殖はpHの上昇だけではない。先ず藻類からじゃじゃ漏れで色々な有機物がでてくる。これらはバクテリアが食べるが、食べにくいものもある。 沢山藻類が繁殖すると結果として、その分は何れ死滅することになる。川の中で有機物が生産される。このことについては余り議論されていないようで あるが、窒素リンの排出が恒常化した今、重要な視点である。河川水質のために環境基準にも窒素・リンを入れるべきである。
 現在、総量規制といって、リン・窒素が規制されるが、これは瀬戸内海など特定水域の汚濁を問題としているのである。私が主張するのは河川水質の規制であ る。

補遺

事例「鳥取市の浄水施設見直し検討委員会答申」を読む

答申のレベルを問う

 科学者が間違った解析をす る事例を記す。2002年11月9日、関西では水道の行方を注目していた鳥取市の浄水施設見直し検討委員会(早川哲夫委員長)は報告書をまとめた。千代川 の伏流水を直送方式にしているが浄水場を作るかどうか、作るならどの方法かよいか、3年前から全市の議論になっている。その答申中で膜ろ過を打ち出した。 河川水質の現状についての項がある。P.4の1.において次のように述べている。
「―――。表流水の水質は、平成7年頃からpHが上昇傾向にあり、一時的には水道水質基準のpH8.6値付近に到達するときがある。これは上流の農 業集落排水処理施設・公共下水道施設の供用開始による排水の流入や山林の荒廃などにより雨水がいっきに流れるなどにより自然の浄化作用等が無いこと等が原 因と考えられる」
 先ず、平成6年(1996)にpH8.5があるようだ。これは平成の大渇水が日本を苦しめた年であった。水量が極端に減少したのである。そのため 全国の河川の環境基準達成率が悪くなった。それが原因ではなかろうか(1点だけであるから測定ミスということもあるかも知れないが)「雨水がいっきに流れ る等により」pHが上昇したのではない。一気に流れるならば逆にpHは低下するのが順当である。解析は真反対である。余りにも物事を知らなさすぎる。pH が高い排水が流され、自然浄化でpHを戻す間もなく流されたとは、とんでもない解析といわざるを得ない。
 山が荒廃していると断定しているのも気がかりである。本当に荒廃して、増水が激しくなっているのであろうか?それが観測年からは見えない。実際、 終戦の時期は山が丸坊主であったからハッキリしていたが、現在はそう簡単にものがいえない筈だ。確かに手入れが出来ていない植林地はあるが、木材という意 味では荒廃したにしても、それが全て裸地になってしまったというのは短絡である。植林初期の裸地は少なくなっていることも考えなければならない。
 pHは上昇傾向にあるというが、高いのは平成9,10年度であり、12年度には平均に戻っている。そもそも高くても平均7.5にも達しておらず、問題に するようなことは何も起きていない。

ついでに将来予測についても

 同じページの3.におい て、水質の将来予測がなされている。現在上流に排水処理施設利用者29,800人、牛2,500頭で、将来これに15,600人分の処理施設が供用開始に なるという。このデータから判断すれば、既に悪化の峠を越えている。もし単独浄化槽などが現在ある程度あれば、かえってクリプトの危険は減少することも考 えられる。畜産の動向も重要である。単にまだ建設中の集落排水処理施設があるから、これからクリプトの危険性が高くなるという結論は報告書データを見る限 り無理である。

研究者の責任

 研究者が委員会に参加する とき、科学的事項については、全面的に任される。その科学的解析結果を踏まえて答申がまとめられる。科学的根拠が判断できないで、場合によっては逆方向の 解析をしてしまったとき、その責任は余りにも重大である。たとえば鳥取の場合200億円の工事の可否に大きく関与したのである。私も研究者の端くれである が、心してかからねばならないと肝に銘じている。

(2003.1.29、2007.3.22改)

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