ダムを問う

1.ダムは時代と共に

 ダムは大きな黒四ダムから小さなものは井堰に近いものまであ る。これらのダムは戦後、電力を生むものとして脚光を集めていたが、今や落日の感がある。
○ 発電用ダムの世界
 昭和40年 代まではダムといえば発電用であったように記憶している。しかし、それ以後は多目的ダムが全盛となった。発電用ダムは主に山岳地帯に設けられている。北ア ルプス一帯、四国山地など、ダム銀座である。このようなダムは、急流地の水を集めるから堆積物に泣かされる。ダムが埋まってしまうので、放流実験をした。 ところが濁流が海を覆い、汚すといわれて、ままならない。ダムの寿命は幾ばくもないといわれるが、完全に埋まったという話もまだ聞かない。発電用ダムは次 第に火力発電、さらには原子力発電に王座を受け渡すようになった。水力発電そのものは揚水発電が主流になってきた。揚水発電は原子力発電が発電量コント ロールが出来ないので夜間揚水し、これを昼間発電に使うものである。
○ 多目的ダムの世界
・美味しい水利権
 多目的ダムとは洪水、用水、発電などを兼ね備えたダムであ る。そこには洪水対策が盛り込まていて、大半を国税で建設し、その新設された水利権を貰う、という美味しい話だ。都市はこのようにしてダムに参画 しわずかの建設費で、大きな水利権を獲得してきた。 多目的ダムは上流の他県に作られることもある。何れにしても過疎地に作られ、そこの水を奪い取ってし まうものでもある。
・ダム管理は水利権者のために
 しかし、水道水や工業用水は春先や夏の終わりの渇水期に水が 欲しい。従って何時も満水にしたがる。例えば梅雨以降を考えてみよう。最近空梅雨が少なくないからダムは目一杯貯水する。そこで台風が来ると簡単に満水に なり、ダムを保護するためあわてて放流する。ダムが出来たために堤防決壊が増えたとの訴えがあるが事実そのように運転される。梅雨開け間近や台風の前に2週間ほどかけてダム水の大半を放流してしまうえばよいが、8910月 が渇水になるかもしれないから、放流など出来ない。実際、台風が雨を伴うとは限らない。降雨量が限界を超え、ダムが危険になって初めて多量 に放流する。結局ダムが無いときよりも危険になる。神奈川県でこの放流によって河川敷にキャンプした人達が押し流されたのは記憶に新しい。
 多目的ダムは洪水を防ぐようには働かない。国税を使いながら、実際は水道などの都市の水利権者のためにダムはある。これではますます都市が有利になる。
 多目的ダムは農業用水としても使われる。農業用水の場合、水が必要なのは主に58月である。最近はコシヒカリやヒトメボレなど早場米が主に作付けられているため、9月になると水は必要ない。したがって8月一杯を目途 にダム管理が行えるので、水道水とは状況が異なる。8月末にはダムを空に出来る。それだけ洪水対策 が容易である。過疎地ではこのとおりになる。平成16年の10個の台風はいつも週末にやってきた。被害の大きかったのは遅れてやってきた台風23号であ る。京都北部の由良川ではバスが立ち往生した。このときに上流の大野ダムが満水まで頑張った。それがバスの上の乗客を助けたとされるが、過疎地のダム故に 役だった例である。
 しかし、ほとんどのダムは、水道や工業用水を考えて維持管理することは間違いない。結果として洪水対策とは言い難いのが現状である。

○ ダムは効用を失なった
 多目的ダムも、水道用ダムも1990年 バブル崩壊なるものを越えると急に色あせてしまった。水道水や工業用水の需要が減少してきたのである。あわてて見直しをはかって中止出来るものは中止した が、走ってしまって借金が膨らんでいるダムは進むも地獄、退くも地獄である。多くのダムが仕方なしに完成への道を急いだ。
○ 完成を待っていたのは急落する日本であった
 ダムが完成したとき、日本は完全に変わっていた。ダムにとっ てはとんでもないときに登場したものである。今や日本の製造業は一部の自動車産業や電子産業などを別にすると、衰退の一途をたどり、水需要は完全に消し飛 んでいたのである。ダムを造らなければよかった。借金をそのまま借財として取り込めばよかった。反省しても後の祭りであった。せめて1990年時点で未来が 読めていたら、ダムのこのような悲惨な状態はうんと軽いものであっただろう。担当者は何をしていたのであろうか。
 製造業の衰退は、工場排水の分析を生業とする分析センターの悲惨な状態を見ればよく分かる。分析屋は景気不景気に関係なく安定しているというのが大方の 見方であった。ところが、最近分析屋が日本中に余りかえってしまった。そうなると分析単価は
12以下である。かといって分析屋が他の職業に就いても、とてもやっていける状況に はない。日本の産業が潰れていくのを見ることが出来るとは、さみしいものである。こうした分析依頼の減少は、すなわち水需要の低下と同根である。

2.日はまた昇るか
○ 失敗の押しつけ

 これから先20年 後はどうなっているであろうか。私は、水の需要が回復することは無いと考える。日本政府の日本国運営を見て、バラ色の水大量消費社会が復活すると考える人 は皆無と云わざるを得ないのは情けないが、仕方ない。今は如何に被害を最小限にくい止めるかである。例えば、兵庫県は水を高い卸値で買い取らしている。多 分他県の広域水道とて同じことであろう。
 このようなやり方は損害を一般市民や会社に押しつけて解消し ようとするものであるが、卸すために水道管敷設工事など、さらに借金を重ねるから自転車操業になる。なぜなら官僚が考える計算は、従来の社会構造 の上に立ったものであり、新しい、厳しい時代に対応しているわけではない。たとえば何時までも地方自治体がいうことを聞くわけがない。なぜなら、地方自治 体は倒産の危機に瀕し、県営水道を助けるどころでないのだ。

○ ダム反対運動は社会資本を救う
 ダムは自然と、そこに生活する人達の生活を破壊する。生活を守り、 自然を守るために戦った人達に敬意を表する。その人達の力によって、多くの自然 が、生活が救われた。すでにダム建設の効用は失われている時代であっても、組織はなお進もうとするのである。それを代議士や賢い官僚が反省し、ストップを かけることはなさそうだ。彼等の反対運動は暴走したブレーキの壊れた車をやっと止めようとしている。

3.ダムが破壊するもの
3.1 水が無くなる、汚くなる

○水がない
 ダムが出来ると、水が流れなくなる。大規模ダムでは発電も行うのである。清流は枯れ細った川になるが、それは田舎の人達が愛してきた自然ではない。ダム が水系を断って生態系を破壊するのは当然のことであるが、その下流まで破壊する。昼間だけ発電し流れるのも普通だ。変な川である。
○増水が危ない
 水がたくさん流れるのは台風の時など満水になったときであり、急に増水する。後で議論するようにその増水は台風の最中に行われるからダムができて堤防決 壊が増えたところもある。
○清流が消えた
 ダムから流れる水は、はるか下流の利用者のためにコントロー ルされる。そのため渇水期でもチョロチョロの水があることになる。ところがこの水、至って汚い。ダムは長期間貯水されるから極限まで藻類が繁殖する。ダム がなければ渇水期といえども上流では水に困ることはなく、その水質は非常によかった。ダムができると汚濁水になってしまう。川の浄化能力は後述のように失 われるから悪化がさらに進行する。

3.2  河川の美は何処へー洪水こそ命ー
○フラッシュ
 河川の清掃システムが無くなることが極めて大きな意味を持つ
。河川フラシュシステムは河川の美を保つだけでなく、そこの日本本来の生態系を 維持するという意味を持っている。ヤマメや 鮎が育ち、カジカやアユカケが棲んでいる豊かな自然こそが日本の自然である。河川フラッシュは間違えれば堤防決壊を招くものである。しかし、それ故に、河 川の河原は美しく保たれ、多くの生物が生息するのである。
 このような例はたくさんある。たとえば第4回環境技術協会の年会(2004.9.17)予稿集p.161で、福嶋らは失敗例として淀川水系木津川が取り 上げている。ダムができたため砂が流れなくなって、泥に河床が埋まり、流れが固定され、陸生挫創に占領されてしまった。
 フラシュが無くなれば、河川にはツルヨシやススキが背丈を超えて繁殖する。このような単純な植生には河川特有の植物は生えることが出来ず、単なる荒れ野 となる。荒れ野であれば、今や日本の山を見ればよい。何も河川敷まで荒れさせる必要はない。
 河川の荒廃は日本人の心の荒廃を招くかも知れない。自然に親しむ心は、何も子供達を総合学習で、川に連れていくことで生まれるのではあるまい。父兄は川 の汚さを日常生活で云っているのであるから、どうにもなるまい。
○ブルドーザー
 そこで、河川にブルドーザーを入れて整地することになる。ブ ルは川底を、建物を建てるかのごとく平らに整地する。私は流量測定のため川に流速計を抱えて入ることがあった。この整地は測定には極めてありがたかった。 しかし、これは川でない。川は瀬や淵があるものだ。それでこそ生態系が保護される。なぜこのようなことをするのであろうか。平らな川、フラシュのない川。
 河川敷は株式会社が社員を使って刈り取りをする。平らな河川敷では芝刈り機が走っている。こうして人々は給料を得るのだが、何か変ではないか。こうした 仕事ばかり残って日本はどうなるのか。

3.3 地下水が減っていく
 もう一つ重要なことがある。それは地下 水涵養が出来なくなることだ。地下水は農業用水や水道水には無くてはならないものである。特に水道水では安価で良質な原水としてこれに勝ものはない。とこ ろがダムが出来ると地下水が少なくなる。これは現実の問題である。
 その原因について研究しているところであるが、川底に泥が堆 積しこれが地下浸透を止めているようである。土砂を伴った洪水は、前の河川の土砂を押し流し、新しい河床を形成する。単に水だけが流れたのでは新しい河床 は形成されない。土砂を伴う激しい濁流こそが河川を賦活化すると考えられる。土砂のない大水は我々に少ししか利益をもたらさないであろう。
 地下水はいわば地下ダムである。多量の水を蓄え、必要な時に 取り出すことが出来る。さらに浄水されているのである。この地下ダムは水田で多量に水を供給されるのは事実であるが、河川敷のそれも極めて重要である。水 道用井戸水が少なくなったとき、ブルで河川敷を掃除すると水量は復帰する。石ころなどを伴う濁水が上流から供給されるシステムこそが、我が国河川の理想的 な姿では無かろうか。
 ダムはこのようなシステムを崩壊してしまう。ダム水の利水という利点もあるが、本当のところ利水そのものがどれだけ良くなっているか不明な所もある。  

3.4 生態系切断
 ダムが生態系を切断することは誰でも理解できる。しかしながらそれ はアユが遡上できなくなるというようなことではない。甲殻類が遡上、流下出来ない。生態系の切断には人は入らないのか?これはよく分からない。たとえ道路がダム に沿ってうねうねと繋いでくれたとしても、意識は遠いのではなかろうか。
 Sダムの下流に、広い階段状の川に降りる構造物が
100mほど隔てて2ヶ 所あった。総コンクリート張りの河川はあくまでも強く、平らであり、歩くのはいたって楽である。そのような構造物がダムの下流に作られている。しかしそこ には人影はない。若者はダムのさらに上流を目指して車を飛ばすであろう。ダムの水が流れるようなところでバーベキューはしない。
 
井堰の場合は魚道が設置される場合があ る、魚道は十分な機能を発揮するわけではないが、よく設計された魚道は、ないよりはましである。ただし、多くの魚道は作り方に問題があり、全く役に立たな い。
 ところがダムではどうだ。ダムに有効な魚道が作られた例はない。青野ダムでは実験用魚道が造られたが、まだ実験段階である。もし作ったとしても、膨大な 税金が投入され、役に立たないのではなかろうか。

3.5 ダム湖の汚濁
 ダムは汚濁に泣いている。山奥であるからきれいな池になってもよさ そうであるが、淡水赤潮などに苦しめられる。ダムの上流に少し人が生きるだけで十分富栄養化する。ダムの畔に公共のレストランが出来たり、宿が出来たりするのも普通である。ダム が出来ると汚濁が進むというのは間違いないことである。だからダムは要らないとの主張になる。

4.日 本領土が減ってゆく
  この件については森林環境の過保護を別のところで取り上げる。
海岸線の後退
 ダムが土砂を流さなくなると、海岸線が後退する。砂州が無く なっていく。これは当然の帰結である。北方四島もあるけれど、このような海岸線の後退にもっと目を向けて欲しい。山は海岸に土砂を流し込むが、地震などで 山は隆起し海は再び深くなる。このバランスの上に日本があるようだ。今、我が国は山奥の溝までコンクリートで固めている。ダムや堰も沢山作る。こうして濁 流が全くない河川を作ろうとしている。山崩れもない。
アカウミガメが産卵できない
 
 天竜川は暴れ川であった。そこでたくさ んの洪水防止用ダムが作られた。その結果洪水は減少したが、ダムは砂で埋まり、海へ流れる砂がほとんどなくなってしまった。そのため河口周辺の海岸の砂浜 が後退してきた。それは広い範囲に及ぶのである。
 アカ ウミガメは御前崎の東側の相良海岸で産卵するが、海岸の侵食が激しく上陸できなくなっている。原因は天竜川から砂の補給がなくなったことである。御前岬港 整備のための防波堤整備はそれを加速しているとされている。砂が補給されないと台風のたびに海岸線が後退するのは自然の理である。アカウミガメは波が来な い砂浜まで到達しようにも断崖になっているため登ることができない。

5.おわりに
 以上のような解析によれば、今、よほどのことがない限りダム を造る理由は何もない。万一の渇水のために作るというのであれば、その時に節水や断水に耐えることの方が余程合理的である。「一つも被害を出さない」とい うような議論は大人がするべきものではないと考える。ダムはそのようなことに答えを出すために作られるわけではない。
 「洪水になったらどう責任取るか」長野県でかしましかったが、田中知事の退場ということで、再びダムが遡上してきた。滋賀県もダムを作るという。まずは 洪水用ダム、すなわち常時空にするダムというのだが。川を広くする、堤防を 強化するなど幾らでも代替はある――だからスーパー堤防だとなる。人の世の悩みは尽きない。

20041011 改編、2007.3.23改)

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