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2011年11月4日 AAC会員 正圓 光男氏 |
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2011年10月31日 AAC会員 本地 敏行氏 |
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2011年10月30日 AAC会員 池上 雅之氏 |
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2011年10月21日 AAC会員 鎌苅 滝生氏 |
初参加の大会の紹介(第3弾)です。10月9日、福岡県久留米市で開催された「
筑後川マラソン」のフルに参加しました。AACの会員の方の誰も参加されていない
と思いますが、大会の概要を紹介します。
*久留米市のこと
久留米市は福岡南部から佐賀東部に広がる筑紫平野に位置する都市で、福岡市、
北九州市に次いで福岡県第3位の人口を擁している。市の北東部から南西部にか
けて筑後川が流れている。阿蘇山に水源を発し、有明海に注ぐ川であるが、利根
川、吉野川とともに「日本三大暴れ川」と呼ばれているとのこと。「カッパ伝説」でも
有名な川である。この市の産業についてみると、ブリジストンの創業の地であるこ
とからゴム加工品メーカーの工場が多く存在するが、近年は、自動車機器工場の
進出で北九州の自動車産業の一翼も担っている。古くは、伏見、灘と並ぶ「日本三
大酒どころ」として栄えた地で、現在も清酒製造工場数は京都市、神戸市に次いで
全国3位である。また、焼き鳥店数が人口1万人当たり日本一多いとのこと、さらに
「とんこつラーメン」発祥の地でもある。
*マラソン大会のこと
今年第9回目の大会であるが、フルマラソンが開催されるようになって3回目である。
フル以外にハーフ、10km、5km、3km、1.5km(障害者)がある。フルマラソン
は、筑後川の河川敷のサイクリングコースを走るフラットな折返しコースで、キロ表
示は1kmごと、給水は3kmごと、定員は2,000人で、制限時間は7時間。
地元久留米市からの参加が最も多く、福岡の他地域、佐賀、熊本等九州各県から
の参加者が圧倒的であるのは当然であるが、北海道や沖縄から来ている人もいる。
本州のほぼ中央に位置する関西からの出場では、全国どこの大会でも遠来賞に該
当することはあり得ないが、なんだか割を食っているような気分である。
開催時期からして毎年かなり気温が高くなるようで、今年も天気が良く27℃位まで
上がったようであるが、河川敷で全く日陰がなく、体感温度はもっと高く、帽子とサ
ングラスは必須であろう。スタート前に首、肩、腕に日焼け止めをかなり塗ったつも
りであるが、汗や体温を下げるためエイドで掛けた水で流れたためか、真っ赤に日
焼けして、帰宅後入浴時は痛みを感じるほどであった。主催者が用意している水や
スポーツドリンクは良く冷えて気持ちが良かったが、エイドではボランティアが熱中
症を心配して身体に水を掛けるようにランナーに勧めている光景は他の大会ではあ
まり見かけない光景である。
コースは、今年公認申請をし、大会前に認めらたが(従って1歳刻みランキングの対
象大会)、コース幅が狭くスタート直後と折返しの前後は、非常に走りにくく、危険で
あり、問題があるのではと感じられた。特に、折返し前後は、片側2人並ぶと対向者
とぶつかる危険性がある。私のレース運びは概ね後半追い抜きモードであるが(後
半スピードアップすると云う訳ではないが、スピードがなく、どちらかと云えばスタミナ
型で前・後半のタイム差は比較的小さく、後半になって落ちてくるランナーを一人づ
つキャッチアップし、追い抜くというレース展開だ。追い越しをかけると対向者とぶつ
かりそうになることがしばしばあり、20kmから25km当たりまではなかなか追い越
しがスムーズに行かず、かなりの「いらいら」状態であった。このコース条件から判
断すると2,000人の定員は、若干多いように思われる。
この大会の主催者は「藹々(あいあい)」というNPOで、多くの大会が自治体、当該
地の陸上競技協会、あるいは新聞社や放送局による主催であり、本大会のような
NPOが運営するのは非常に珍しいのではなかろうか。前述のようにコースに問題
はあるものの、手作りの雰囲気を漂わせるほのぼのとした大会である。ボランティ
アの方々も親しみやすく優しい人たちであったし、エイドの数も多くて暑さへの対応
も窺える。また、この大会の特徴のひとつとして挙げられるものとして、医療協力体
制であろう。地元の7つの病院が協力しており、「救護」というゼッケンを胸につけ、
AEDをリュックに背負い、水や冷却スプレーを持って走る医師を多く見かけた。エイ
ドでは、この医師がランナーに声を掛けたり、スプレーを吹きかけたりと他の大会に
比べると「安全」・「ランナーケアー」への配慮は充実していると云える。緊急時に備
え、ヘリコプターも配備されていたとのことで、他の大会ではあまり聞いたことがない。
改善点を要望するとすれば、シャトルバスのサービスがないこと。車で参加する人
が多いが、私のように遠方から参加し前泊する者にとっては、ホテルが集中する西
鉄久留米駅から有料でも良いのでシャトルバスがあれば便利である。最大の改善
点は、コース幅の狭さへの対応である。現行の2,000人の定員を維持するのであ
れば、申告タイム別、或いは年齢別にスタート時刻をずらして、混雑を緩和させる工
夫が必要なのではなかろうか。
土地柄もあっると思うが、スタッフ・ボランティアの対応もさわやかで、ゴール後の豚
汁・おにぎりのサービスも充実しており(遅いランナーにも十分行きわたったとのこ
と)、全体としては、好感の持てる大会であった。
(大会開催日:2011・10・9)
第三〇五号
Ironman World
Championship レースレポート!
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2011年10月20日 JIC会員 小松 亮氏 |
こんにちは。スペシャライズドの小松です。以前から個人的・会社的にも宣伝(喧伝?)を
しておりましたが、10月8日にHawaii, Konaで開催された世界のトライアスリートの夢の祭典
Ironman World Championshipに出場してきました。レースレポートの前に、雑感を少々。
アマチュアの部のスタートは朝7時で、制限時間は深夜0時までの17時間となっています。
友人には「Hawaiiでは深夜0時の最後までレースを観戦すべき」といわれていたので、ゴー
ルした後シャワーを簡単に浴び、20時ごろからゴール付近で観戦しました。当然この時間
帯にゴールする選手の年齢層は高く、我々の年代と比較すれば絶対的なタイムは遅くなり
ます。でも、私が75歳、いや、65歳になった時にIronmanの距離のレースに参加しているこ
とは想像も出来ず、彼らがゴールする様子を見るのは言葉では言い表せない感動がありま
す。実際夜22時を過ぎると、ほとんどの選手はゴールしているので、頻繁に選手を見るこ
とは出来ません。でも、8ビートの音楽が大反響し、大観衆を飽きさせません。記憶が正し
ければ、23時40分頃に日本人の女性がゴールしました。23時59分を過ぎたときに、一人の
選手が帰ってきました。大観衆が彼を後押しします。残念ながら、0時00分02秒でゴールし
たため失格です。それでも、皆の心の中ではこの選手はIronmanです。スポーツがいかに感
動を与え勇気づけるか、選手として出場しないでもこの場にいるだけで肌に伝わります。
レースのMCは約1,800人の選手全員がゴールするたびに選手の名前、国名、出身地を呼び
あげ「You are an ironman!」と雄たけびを叫びます。トライアスロンというスポーツは年齢
にかかわらず、誰でも挑戦することが出来ます。そして、ゴールした人皆が勝者なのです。
年代別80歳以上の優勝者(80歳以上の出場者は3名だけですが)が優勝スピーチで「鍛錬
すれば、昨年の自分より強い自分を作ることが出来る、これがトライアスロンの魅力だ。」
と言っておられました。Ironman World
Championshipのイベント自体にアメリカ人特有の演出
が効果的にちりばめられているのは否定しませんが、努力することの高潔さがひしひしと
伝わってきます。だから、トライアスロンはこれだけ多くの人々を魅了するのでしょうね。
さて、本題に入ります。5日(水)に日本を出発、Hawaiiには同日の朝到着という旅程にし
ました。Ironman World Championshipに出場すると決定してから、なんとスペシャライズドの
本社より新型トライアスロンBikeであるShivをプレゼントされました。世界選手権に出場す
るなんてそうそうあることではないので、レースを楽しみたいという気持ちの半面、New
Shivの名に恥じない走りをしないといけないというプレッシャーもありました。今までやっ
てきた練習量を信じるだけです。新型Bikeに興味ある方は以下のリンクへ、掛け値なしに
このBikeはロケット並みの速さです。
http://www.specialized.com/ja/ja/bc/Shiv.jsp
http://www.specialized.com/ja/ja/bc/SBCWhatsNewDetail.jsp?article=10044
8日の朝は3時半に起床、おにぎりを5個食べてレース会場に向かいます。日の出は6時ごろ
なので、あたりはまだ真っ暗です。Body Marking(腕にレース番号をマークすること)をし
てもらい、Bikeに水を補給します。準備万端、十分ストレッチをした後Swimの会場に向か
います。今まで日本とアジアのレースしか経験していない私にとり、大型選手ばかりの世
界選手権。立ち泳ぎしてスタートを待っている間、大型の欧米の選手の脚や腕がガンガン
あたります。痛いのなんの。。。サッカーの長友選手等がヨーロッパでフィジカル面でも
負けないでプレーしているのと比較すると、私は非常に貧弱で情けなく思えます。。。
筋肉隆々で体重を増やす必要はありませんが、フィジカル面で負けない体を作ることが来
年以降の課題の一つであること、Swimのスタートが始まってすぐに分かりました。
予選とは異なり、他人の脚を引っ張ったりするマナーの悪い選手はさすがにいませんが、
これだけの大集団になるととても自由に泳がしてくれません。大型選手がガンガンあたっ
てくるたび、真っすぐ進めずににコース取りがやり直しとなります。20分ほどすぎると、
集団もばらけてようやく普通に泳げるようになります。さすが、世界選手権だなと驚くの
は、周りに多くの女性選手がいること(Swimming capが青が男性、ピンクが女性のためすぐ
わかる)です。こんなに女性に囲まれて泳いだレースは過去一度もありません。。。
泳いでいるときは調子は悪くないと感じていましたが、Swimの結果をみてみると「えっ!
こんなに遅いの??」というタイムでした。コース取りが全然うまくいっていなかったと
思われます。ハワイではウエットスーツ禁止です。今回のレースは本社からもらった、Trii
スーツを使用しました。(ただ、パッドの部分があまりにも薄いので、Bikeパートでは自
転車用のショーツをはきました。)世界選手権であることがまざまざとする光景がT1に待
っていました。私の周りにはBikeが半分くらいしか残ってないのです。「えーまじかよ、
半分以上の人が僕より速いのかよ!? 今まではトップクラスでT1に帰ってきたのに。。」
愕然とします。でも、今年になってから断然得意になったBikeで巻き返しを図ると決意し
ます。New Shiv発進です。
New Shivはその空力をいかんなく発揮します。たまに、とてつもなく速い欧米選手に抜か
れますが、それ以外は自分の方が明らかに速く多くの選手を抜いていきます。さすが、世
界選手権。ドラフティングをしている選手はほとんどありません。縦1列に等間隔に並んで
延
々とBikeの列が続きます。追い風参考ながら手元のサイクルコンピューターでは最初の60
KMを1時間37分台で入りました。 この時Bikeは5時間を切れるんじゃないかと本気で思い
ました。その後に迎える3つの悪夢があるとも知らず。。。。
一つ目の悪夢(というか、「やっちまったぜ」という私のちょんぼ)
70KM付近のだらだらとした登りで、前の選手をなかなか抜くことが出来ないため、ドラフ
ティングの状況がかなり長時間続きました。これは、まずいなと思いましたが、時既に遅
し。マーシャルがやってきてRed Card。(ドラフティング 次のペナルティBoxで4分間足
止めとなります。)4分のペナルティに精神的ダメージは結構大きかったですが、いつまで
もくよくよしてられません。このBikeコースではかなりの頻度でGel系を含むエイドステー
ション(AS)があることがわかったので、75KM付近から折り返し地点までの約15KM続く
きつい登りの前に用意したアミノ酸を全て補給しBikeを軽くするためボトルを捨てました。
また、どこにあるのかわからないけど、次のペナルティBoxでは4分間足止めされるので、
これはいい休憩になると前向きにとらえガンガンこいで行きました。
連続した二つ目、三つ目の悪夢
登っても登っても折り返し地点が見えない。補給食が足らなくなってきた。腹が減ってき
た。。。。やばい。。。。。ようやく見えた折り返し地点。すぐ近くにペナルティBoxもあ
ります。4分間の一時停止の間にとりあえず、小便をしてGel補給だけはします。ペナルテ
ィBoxを出てからは下りです。ゴリゴリこげるはずなのに力が入らない、ピーンと脚がつり
ました。軽いハンガーノックと脚つり。スピードが出ません。女性選手たちにも抜かれる
状況になりました。後はひたすらASでGelをもらって補給食を絶やさないようにしましたが、
結局Bikeパートの最後まで体が復活することはありませんでした。補給がうまくいった宮古
島とKoreaでは重くなることを犠牲にしてでもBikeに固形物の補給食を搭載しており、腹が
減りそうになった時補給食を食べて復活していました。
例年に比べ今年はまだ穏やかであったそうですが、Konaの風は噂通り。Bikeがひっくり返
るんじゃないかと思う横風がたまに吹き荒れます。レースの翌日車でBikeコースを走って
みましたが、Bikeに乗っているときにはあまり気づかなかったですが、かなりアップダウン
があり、こりゃきびいしいコースだと改めて感じました。今回のBikeのミスは前半のオーバ
ーペースとそれによるエネルギー切れと、補給ミス。全て自分の判断ミスです。
Bikeの時からGelばかり摂っていたので、Runのスタートから吐きそうでたまりませんでした。
また、Bikeの際攣った脚がビリビリします。42KM走り切れるのか? 正直不安で仕方ありま
せんでした。エネルギー補給はちゃんとする必要があるのでACではオレンジとGelを口に入
れ、後は水で流しこむという作業を繰り返します。最初の15KM程はKonaの街の美しい海岸
線沿いを走ります。沿道で応援してくれる人の数が半端ではありません。さすがに彼らの見
ている前で吐くことはできないので、喉まで胃液が出てきても我慢します。
1キロ6分のスピードしか出ません。AC以外では絶対に立ち止まらない、手を抜かないとレ
ースの目標を変更せざるを得ませんでした。私より明らかに年配の選手にもどんどん抜か
れます。半分を過ぎたところ当たりで、エネルギー切れから復活したように感じられました
が、脚の復活はありませんでした。Runをスタートしてから約4時間後、再びKonaの街に戻
ってきます。ものすごい大歓声です。たまに日本語で「がんばれー」という声援も聞こえま
すし、「Good Job! Ryo!」とゼッケンに刻まれている私の名前を呼んでくれる人もいます。
結果は以下の通り、ほぼちょうど平均点というところかな?
距離(KM)
タイム
全体順位
年齢別順位 Swim
3.86
1:08:39
Bike
180.2
5:52:58
Run
42.2
4:01:32
合計
226.26
10:44:27
873/1918
105/209
一つだけわかっていることがあります。今回のレースは不完全燃焼でした。Konaを楽しむ
というお気楽な気持ちがあったのも否定できません。私のような普通の人間が世界選手権
に出るというだけで、自分をほめてあげたいとちょっと誇りに思ったりしますが、今まで
の人生最大級のイベントに本来発揮すべく力を出し切れなかったのは悔やんでも悔やみき
れません。来年ハワイを目指すか? と問われるとまだ即答できませんが、必ずやいつか
Konaに戻ってきて、今回の自分を超える(Timeや順位ではないこと、ここまでお付き合い
された方はお分かりになると思いますが)と決意を新たにしました。
レースの1週間前に昔歯の治療で詰めていたものが取れてしまいましたし、Hawaii滞在中に
も歯が欠けました。ぐしゅぐしゅしている鼻の治療も必要ですし、今年1月2日からトレー
ニングを続けてきた体にも休養が必要です。10月はゆっくり休みます。
来年の宮古島でお会いしましょう。必ずや今年より強い自分をお見せします。
(大会開催日:2011・10・8)
第三〇四号
アイアンマンハワイ ワールドチャンピオンシップに参加して!
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2011年10月15日 AAC会員 脇本 正子氏 |
「アイアンマンハワイワールドチャンピオンシップ」噂に違わぬ素晴らしい大会でし
た。さすが世界中のアイアンマン大会で出場権を勝ち取ったトライアスリート達、
頑強そうで鍛えぬいたカッコいい男女、プロを含めて1900人余りが参加、その
うち日本人は今年は少なく56名だったそうです。
私のレース結果は悪く14時間11分18秒、皆さんからの「ハワイはご褒美だから、
時間をいっぱい使って楽しんでおいで!」の言葉どおりとなりました。
大会当日10月8日(土)、晴れ、山に雲もかかっていません。それはコナの風が
強い事を意味するそうです。朝7時、大砲の音で一斉にスタート、私も、ウェットス
ーツ禁止なので気持ちだけ水着より浮くかな?というスイムスキンを着て、後ろ
からスタート。美しい海で魚たちと泳いでいると本当に楽しくて。ところが、1.9km
泳いで、ヨットを折り返す辺りから足がつり始めました。これはまずい、つってリタ
イアすることになっては困ると思い、それからは細心の注意を払い、腕だけで泳
ぎスイムアップ、時計を見ると、普段より30分以上遅い1時間58分も掛ってしま
いました。ショック!!
気を取り直してバイクスタート。ドラフティング(ハワイは厳しい)に気を付けながら
やっとハビの丘の60〜90km地点、噂に聞いていた突風、岩の間から容赦なく、
予告もなしにバイクを吹き飛ばそうとする。男性でも斜めになりながら蛇行してい
る。私も一番重いギアにして姿勢を低くして、必死にハンドルを握り何とか少しず
つ前へ。下りになってもスピードが出せない本当に苦しいコースでした。
バイクコースの最後の10km余りは、コースの半分のレーンをランコースとして使
っています。私がバイクの最後を頑張っているのに、こちらには誰も振り向かず、
ボランティアも応援者も皆ランコースの応援です。そのうち、正面から応援者の自
転車がやって来るではないですか。もう!危ない!危ない! まあ私が遅いのが
悪いのですが・・・
ランに入ってからの最初の7〜8km、アリイドライブは応援が引っ切り無し、皆が
「マサコ、Good Job!」と、ゼッケンの名前を見て声を掛けてくれるのです。
実は、その辺りになると歩いている人が多く、私はエイドだけ歩いて後は走ってい
たので、「Good Jog!」と褒めてもらっていると勘違いしていました。でも本当に
楽しいアリイドライブでした。
ただ、その後、高速道路の途中からあっという間に日が暮れ、街灯が全くない真
っ暗な道は、前から走って来る人とぶつかりそうになるので、用意しておいた小さ
なペンライトを照らしながら一歩ずつ足を進めました。ゴール近くなると応援者の
数はびっくりするほど多く、フィニッシャーズストリートでは沿道からハイタッチして
くれるのです。本当に盛り上げ方を知っているのです。「ハワイは特別よ!他の大
会とは違うよ!」と教えてくれた、済州のレースで知り合った女性がハワイの応援
に来ていました。ボランティアとして参加している日本人女性もいました。
実は今回は、宗政会長と、済州で知り合った方(男性3名女性2名)合計5名で、
会場から6km位離れたコンドミニアムを借りて、10月3日(月)〜10日(月)まで共
同生活。私は現地に着いてすぐ胃の調子が悪くなり、一晩中気分が悪く、大会に
出場するのは無理かもしれない、せめて応援だけでもして帰りたいと思っていまし
た。そして、翌朝少しずつ回復、その日は一人ずっとベッドに横になっていました。
そして、その夜には回復、驚異の回復が出来たのは、そのコンドミニアムを手配し
てくれたY子さんという女性のおかげです。
Y子さんは、ハワイに9回目の参加と言うとても強い女性です。自分の知識と経験
を生かして、日本からインスタントの味噌汁や調味料、それに現地のスーパーで
野菜や肉を買って来て、胃に優しいヘルシーな料理を作ってくれました。Y子さん
が上手に指示してくれるので、皆それぞれができることをし、共同生活の不安も
全て楽しさと感謝の気持ちへと変わりました。自分でレンタカーを運転してコナの
街を走り回り、次々と仕事を片付ける彼女はとってもカッコいい女性でした。
今回のハワイのレースでは、沢山の事を勉強しました。特に、どんなに練習を積
んで来ても体調を崩せばおしまい。レースは完走出来たものの、スイムで足がつ
ったのも体力が戻っていなかったのでしょう。こんな悔しい思いはもうしたくありま
せん。体調を万全にしてレースに臨むが事どんなに難しいか、身に染みてわかり
ました。
アイアンマンのバイク180kmは半端ではなく長くきつい!乗りながら「アイアンマ
ンはもう嫌!」と叫ぶのはいつもの事、ただ、ハワイは素晴らしい特別なレースで
す。あの優しくてあたたかい応援者の笑顔と大歓声の中のゴールは、完走者全
てに平等に与えられます。そしてボランティアの優しさも英語がわからない私にも
伝わってくるのです。
若い方達にとっては厳しいでしょうが、是非この素晴らしいレースを目指していた
だきたいと思います。私のようなものがハワイなんてと、偶然のチャンスに戸惑い
ましたが、今は、「行ってよかった。出来ればもう一度参加してスイムのリベンジ
も!あの感動をもう一度!」と思っています。
最後になりましたが、今回私をハワイに連れて行って下さり、全てにおいてお世
話になりました宗政会長には本当に感謝しております。往きの飛行機では私の
荷物が重過ぎたため、一緒に荷物をひっくり返し、大変でしたね!
また、自分のレースもあるのに私の体調の心配までさせてしまい本当にすみませ
んでした。全てこれからのレースに活かしたいと思っております。
また、出発前にはAACの多くの皆さまに声を掛けていただき、何が何でも完走を
と力になりました。皆さま本当にありがとうございました。
(大会開催日:2011・10・8)
第三〇三号
丹 後 ウ ル ト ラ 完 走 記 !
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2011年10月3日 AAC会員 脇本 友理香氏 |
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2011年9月30日 AAC会員 松下 実氏 |
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2011年9月29日 AAC会員 阪本 一雄氏 |
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2011年9月26日 AAC会員 井上 美香子氏 |