投稿第六十九号
           今年も三田マラソンに参加しました
                            

   2006年12月25日
芦屋浜アスリートクラブ
浜松支部長:葛下 弘和氏

      今年も三田国際マスターズマラソンに参加しました。三田マラソンは今年
      が18回大会ですので、平成元年にスタートしているようですが、たぶん
      平成
3年の第3回大会から16年連続の「エントリー」となります。
      残念ながら直前の故障で2回ほど走れなかった時がありましたが・・・


      今年は息子との「共走」が実現しました。大学の研究室の先生が毎年参加
      されているようで、先生に勧められての参加です。私が勧めても全く相手
      にされなかったのですが、さすがに先生の権威は大きいようで・・・
      息子がまだ小学校の低学年の時に、ファミリー
3kmを一緒に走って以来の
      親子走ですが、こちらは年々タイムが落ちての健康目的ジョガー、相手は
      元気一杯の22才。とはいっても、日頃ほとんど走っていないレース初参
      加の息子に負ける訳にはいかず、少なからず意識しました。
               
      息子も意識していたのか、前半はピッタリと後ろに付いてきました。
      『かなかやるな〜』と思いつつ、
10km過ぎの上り坂にさしかかった所で、
      息子に『あと半分、ここからが大変やで〜』と一言かけてスピードアップ。
      完全に振り切りました。親父の面目を保つことができましたが、このスピ
      ードアップがこたえたのか
17km過ぎの下り坂で膝が痛くなり、終盤は歩い
      たり、走ったり。息子が追いついてこないか心配しながら、やっとの思い
      でゴール。タイムは1時間50分。息子もバテバテになりながらも若さで
      ゴールまでたどり着いたようで、目標の完走と2時間を切ることができ、
      喜んでいました。来年は?

      三田マラソンは私の人生にとって、非常に関わりの深い大会です。平成
3
      年に初めて三田マラソンに参加した時、そのコースとなっている「ウッデ
      ィタウン」の街並みを見て、「こんな素晴らしい街があるのか」とすっか
      り気に入り、平成5年に念願のウッディタウンに移り住みました。それ以
      降、三田マラソンへの参加は年中行事です。家の近くがコースとなってい
      るので、タイムは別として、その
15km付近を「サッソウと走る」のが毎年
      の目標となっています。私の両親も今年2月に我が家の近くに引っ越して
      三田市民となりました。親父も何度か三田マラソンに参加し、「親子走」
      をやってきました。さすがにここ数年はハーフマラソンは無理となり、親
      子3代の「共走」は実現しませんでしたが・・・

      トライアスロンで有名な真柄氏は小中学校の同級生です。ここ数年、もう
      ひとりの同級生の足立氏と三人で、三田マラソンでの「年に一度のミニ同
      窓会」が慣例となっています。今年も
AACのメンバーと一緒に走った後、
      宝塚の中華料理店で打ち上げ会兼忘年会を行い、楽しいひとときを過ごし
      ました。これも楽しみのひとつです。

      私は今年4月から浜松に転勤となり、AAC浜松支部を開設しました。
      浜松は、旨いものあり
(鰻、ふぐ、餃子など)、温泉あり(舘山寺温泉など)
      湖あり
(浜名湖)、山あり、自然に恵まれた非常に良いところです。来年8
      月には「浜松マラニック」を予定していますので、皆さんのお越しをお待
      ちしています。

      (大会開催日:2006年12月17日)

投稿第六十八号
          3年ぶりのハーフマラソン(感激の一日)
                            

   2006年12月25日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:小林 留美子氏

         天気に恵まれていい一日でした。膝の故障以来3年ぶりに走る長い距離だったの
         で、足が最後までもってくれるか不安だった。行くところまで行くっきゃないじゃな
         い、と思いつつも、必死の形相で走ってたんだろうな。

         10キロあたりに設置された計時盤見たら59:50のタイム。そこが10キロ地点
         だと思っていたので『あ、こりゃだめだ。2時間越しちゃう。』と。14キロあたりで
         宗政さんがカメラ持って声をかけてきたけど、とても返事する余裕なんてない。『話
         しかけないで!』とにべもない返事しかできない。

         16キロ過ぎくらいからやっと沿道の応援にも応えることができた。でもゴールして
         みたらこの三田マスターズのコースでの自己ベスト。安堵と驚き。
         わたし、まだやれるじゃない! よしっ!60過ぎても頑張れるかも!!

         友達に整形外科を紹介してもらったり、あれこれあがいてなんとか走れるようにな
         った。励ましてくれた仲間に感謝です。今年のいい締めくくりになりました。
         宗さん、無愛想ですみませんでした! (*^_^*)
      (大会開催日:2006年12月17日)

投稿第六十七号
     第14回日本山岳耐久レース(長谷川恒男CUP)に参加して・・・
                            

   2006年12月3日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:正垣 哲氏

        アスリートクラブの皆様、お久しぶりです。入会して練習に参加したのはたったの2回
        (すいません)だけですが、おもしろい大会に参加してきましたので報告いたします。

        長谷川恒男CUPとは、ヒマラヤ高峰の最終キャンプから頂上を往復する際に、
        往々にして行動時間が24時間前後となります。 そのトレーニングと若手登山
        家の登竜門の位置付けとして、1993年から毎年開催しているものです。奥多
        摩全山71.5km、標高差1357mを24時間以内で踏破する参加者1、000
        人超の日本最大で最も厳しい山岳耐久レースです。

        長谷川カップの長谷川とは、ヨーロッパ三大北壁の冬期単独初登攀を成し遂
        げた名アルピニスト故長谷川恒男さん(都岳連会員)のことです。長谷川恒男
        という名前は、山屋さん(登山者)以外には、あまりお馴染みではありません。
        ところがどっこい国民栄誉賞の故植村直己と並び称されるほどのビッグネーム
        で、NTV系の「知ってるつもり」でも紹介されたような方です。

        
スタート〜第一関門浅間峠(22.66キロ地点)
        10月8日の午後1時あきる野市・五日市中学校を一斉スタート。自分のゴール時
        間を予想して8時間、10時間、12時間、14時間、16時間以上と並ぶように決
        まっているのですが、大体の人はそんなことはお構いなしで並んでいますので、当然ス
        タート後はごっちゃごちゃで、山道に入る3キロ地点までランニング姿のバリバリアスリー
        トや普通の登山の格好をした人などでごった返します。

        ようやく山道に入ってもすでに渋滞、とても走れる状態ではありません。前を行く人の
        間にわずかな隙間が開けば、間を縫うようにして抜いていかなといけない状態です。
        そんな状態も最初の10キロくらいまでで、15キロ地点の醍醐丸という所に差し掛か
        るころには渋滞もなくなり自分のペースで走れるようになります。走るといっても走れる
        のは平坦路と下りのみで上りはよほど緩斜面でないと走れません。水分補給も3リッ
        トル用意していましたが、気温もそんなに高くないのであまり消費しませんでした。
        徐々に徐々に足に乳酸が溜まりだしたころ第一関門を通過しました。
        (3時間57分45秒)


        第一関門〜第二関門月夜見山駐車場(42.09キロ地点)
        第一関門を通過したあたりで辺りは暗くなり始め、ライト点灯となります。予定時間
        より30分ほど遅れていたので、ここから取り戻そうと奮起しますが、いかんせん第一
        関門までの厳しいアップダウンで足にきているのか思うようにペースが上がりません。闇
        夜に浮かび上がる富士山を横目に黙々とのぼります。そうこうしてる内にハセツネ最
        高峰の三頭山に近づいて来ました。三頭山は1527mある山で山頂は猛烈な風
        が吹いていました。それでもボランティアの方がライトを振って応援してくれていました。
        ほんと感謝感謝です。

        厳しい上りがあるということは、当然厳しい下りが待ち受けています。装備のライトを
        うまく使い(上りは1本点灯、下りは2本点灯)駆け下りて行きます。が、しかしトレイ
        ルラン用のシューズでないことがこの辺りから響いてきます。なんせ下りは普通のマラソ
        ンシューズでは滑ってしまいます。トータル何回転倒したかわからないくらいです。40
        キロ地点を通過してハセツネ唯一のアスファルトに出たところが第二関門の月夜見
        山駐車場です。(7時間35分)


       第二関門〜第三関門御岳山(58.00キロ地点)
        ハセツネのレース中は500メートル間隔で目印があります。よほどのことがない限り迷
        うことはありませんが、たまーに迷う方がいるそうです。第二関門では1.5リットルの水
        またはポカリを補給することができます。自然の水場での補給はいくらでもいいのです
        が、レース中のエイドステーションはここだけになります。もちろん水以外は何もなし。
        ハセツネは無補給というのが大義名分ですので・・・ 補給食はトライアスロンのミドル
        レース並程度、ジェルを10〜12パック、おにぎり2個ほど水は合計3リットルあれば
        十分でした。第二関門は道路に面しているのでリタイヤ用の車が控えています。これ
        が曲者でこの車を見て大体の人が気持ちが折れてしまいリタイヤを宣言してしまいま
        す。他でリタイヤしても結局山道を自力で降りないといけないからです。

        私は第二関門での休憩を5分にして再び走り出しました。第二関門〜第三関門
        までの道のりの最大の山場は御前山と大岳山です。御前山は三段階に分かれて
        いて頂上かと思っていたら実はまだ中腹だったり、かなり気持ちが萎えてきます。その
        次に来る大岳山は岩がごつごつしていて、頂上付近は鎖やロープで登らないといけ
        ない状態です。もうこのあたりでは一緒に走る人もほとんどいません。たまーに先のほ
        うでチラチラとライトが見えたらほっと安心できます。あと少しあと少しと自分に言い聞
        かせながら第三関門に到着しました。(10時間47分57秒)

       第三関門〜栄光のゴール(71.50キロ)
        第三関門のボランティアの方にこのまま行けば13時間台やなーと言われ、やっぱそ
        れくらいかーと思いつつ、なんかこのままではあかん12時間台で行かなーと自分を奮
        起し、残り13キロほとんど下りしかないコースを飛ばしに飛ばしました。だんだん町並
        みが見え始めいよいよゴールかと思った残り5キロ地点で足が止まってしまいました。
        やはり下りは曲者で徐々に足にきてしまいペースダウンしましたが、なんとかゴールに
        向かいました。

        さっき眼下に見えた町並みが目の前に見えたと思ったらいよいよゴールとなります。
        それまでの長い道のりを走馬灯のように頭にめぐらせ・・・とかっこよくいきたいところで
        すが、あー早くゴールしてビール飲みてぇーーと思いながら感動?のゴールです。
        (12時間20分23秒)

        前日の飲み会で飲みすぎた割には目標タイムでゴールできとりあえずは満足でした。
        また一緒に行った仲間みんなも完走できたのはかなり上出来ではないかと思います。
        (一人はリタイヤの仕方がわからなかったらしい・・・)ゴール地点は豚汁のサービスが
        あり芯から温まります。もちろん有料ですがビールもあります。マイクロバスで温泉(10
        00円)にも連れて行ってくれます。完走者には至れり尽くせりです。また完走者のみ
        に配布されるハセツネTシャツもあります。マッサージも無料です。

        今年の夏に怪我のため皆生をキャンセルしてしまい今年はもういいかなーと思ってい
        たときに、たまたまフリー情報紙で見つけたハセツネカップの記事を読んで今回出場
        するに至りました。会場まではさすがに遠いですが、非常に充実したいいレースでし
        た。来年は?と聞かれたらもちろん断ります。それは冗談ですが、機会があればまた
        行ってみたい大会でした。距離と時間は長いですが、早歩きでも完走できる制限
        時間なので皆さんも一度参加されてみてはいかがでしょうか?
     (大会開催日:2006年10月8〜9日)

投稿第六十六号
         第16回福知山マラソンを走ってきました
                   

   2006年11月29日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:西川 秀郎氏

        11/23(木・祝)に開催された第16回福知山マラソンに参加しました。この大会
        には2002年、2003年、2005年に続いて4回目の参加になります。最後の急
        な坂が難所ですが、ボランティアの方々の運営や地元の方々の暖かい応援がう
        れしくて、私の参加したいマラソン大会のベスト1です。

        さて当日は相乗り参加組に入れていただき、AM5:45に宗政会長のマンション
        前に集合です。今にも雨が落ちてきそうな曇り空にやや強い風と、いやな感じで
        したが、今池車(宗政、野口、西川)と堀内車(堀内、堀内夫人、ステファノ、星野)
        で出発。『雨降るな!』と祈りつつ順調にドライブし、AM7:00前に西紀PAに到着。

        合流予定の岡本車(岡本、原田、中川)正圓車(正圓、友人)は先に着いていまし
        た。一服した後4台で出発し、福知山ICは混雑が予想されるので手前の春日IC
        から行くことにしました。国道175号線は渋滞もなくほぼ一本道で福知山中心部
        へ入り、14番の駐車場(河川敷)へ無事到着。

        相変わらずの曇り空ですが、雨は大丈夫で早速会場へ向かいます。会場への道
        はだらだらと続く上り道で、ちょうどいいウォームアップになりました。ゼッケン引き
        替えを終え体育館の2階へ行くと中川さんが段取りよく席を確保してくれてました。
        ありがとうございます。AACの旗を飾り、それぞれ着替えや買い出し(シューズが
        とても安い)、トイレや知人との挨拶、ウォーミングアップと各自有効に時間を使っ
        ています。私も会社のメンバー(5人参加しました)を見つけ挨拶を。そうこうしてい
        るうちにAM9:30になり、体育館前でAACメンバーの記念撮影(正圓さん行方不
        明で欠席)です。

        さてスタートのAM10:30が近づいて来ました。福知山マラソンは申告した目標
        タイム順にゼッケンナンバーが決められ、そのゼッケン順のスタートゾーンが決め
        られています。私の申告タイムは3:15:00でもらったゼッケンナンバーは1102
        8で、Eのゾーンです。Eゾーンでは中川さんと野口さんと一緒でした。スタート5分
        前になりゾーンの間隔を縮めていきます。最初はかなり遠く見えたスタートゲート
        が近くなってきました。それでもかなりたくさんの人が前にいます。『皆ほんまに3
        時間ちょっとで走るんかいな』と思ってしまいますが、あくまでも目標なので文句は
        言えません。

        AM10:30いよいよスタート!ですがなかなか進みません。スタートゲートまでち
        ょうど1分です。さあ本当のスタート!今回の私の作戦は最初の5kmはゆっくりと
        入り、5kmから30kmを23分台、30km以降は何とか24分台で頑張り3時間2
        0分を切れればよしという計画です。スタート直後の急な下り坂も作戦通りゆっく
        ペースです。2kmの表示で時計を見ると11分(実質10分)です。いくら何でも少
        し遅すぎるので少しペースアップし5kmは25分ちょうどで通過。5kmを過ぎると
        前も空いてきたので、もう少しペースアップ。

        10kmのラップは22分56秒と作戦通りでしかも楽に走れています。橋を越え左
        へ曲がりいよいよ山へ向かって行きます。15kmのラップも22ふん58秒と絶好調
        です。15km以降は緩やかですがアップダウンがあります。向かい風も強いです
        が帰りは追い風だと思いつつ我慢し20kmのラップは23分20秒。頑張れ頑張れ
        と励ましながら走っていると、早くも折り返しのランナーがどんどんやってきます。
        23kmあたりで宗政さんとすれ違いました。見つけるのが遅く声をかけることが出
        来ませんでした。(ゴメンナサイ)

        もうすぐ折り返しというところで今池さんがやってきました。『3時間30分目標』と
        言っていたようなのにえらく早いのでビックリ。私も負けずに頑張らないとと思い
        つつ25kmのラップは23分26秒。追い風の恩恵を被っているはずなのになかな
        かスピードは上がらず、つま先や足の指が痛くなってきました。実は前のレース用
        のシューズが傷んでしまい、一週間前におろしたばかりのニューシューズでの参加
        が失敗だったようです。でも今更しょうがないので出来るだけ痛くならないように下
        りではスピードをセーブして走ります。

        30kmのラップは23分40秒と徐々にペースダウン。ただ心肺はまだまだ大丈夫
        なので、バナナと黒糖でエネルギーの補給をし、足の痛みに負けずに粘ります。
        35kmのラップは24分30秒と辛うじてキロ5分を超えずにいけています。あと7k
        m『頑張れ頑張れ』と励ましながらペースダウンしてくる走者を一人一人追い抜く
        度に元気を取り戻しながら走ります。

        40kmのラップは24分46秒とまだ計画内です。あと2km応援の人数が増えてき
        ました。あと1kmです。坂が見えてきました。1kmという割に遙か彼方に見えます。
        『でも1kmなんだ』と言い聞かせながら走ります。坂に入りました。上を見るのは止
        めて足下だけ見つめて走ります。もうタイムはどうでも良くなりました。

        早くゴールしたい。でももっと走り続けたい気もする。複雑な気持ちで一歩一歩足
        を進めて行きます。やっと頂上です。右に曲がるとゴールは目の前!一歩二歩三
        歩、ゴール!3時間22分35秒でした。2.195kmは11分56秒と上り坂の割に
        は良いタイムでした。

        ゴール後ボランティアの方々に『ご苦労様』『お疲れ様』『おめでとう』と声をかけて
        もらい、『ありがとうございました』と声を返すと思わず少し涙ぐんでしまいました。
        ドリンクをもらいチップを返却して、レースの余韻を楽しみながらまた痛む足をかば
        いながら一歩ずつゆっくりゆっくりと歩きながら体育館へ。途中ぜんざいをいただき
        ほっと一息。

        体育館にようやくたどり着き着替えに取りかかりますが、足がつりそうでスローモ
        ーションのようです。着替えも終わりメンバーも続々帰ってきます。自己記録更新
        の方や初マラソンで好タイムの方。残念ながら練習不足でペースダウンした方な
        ど皆でわいわい話しているうちにそろそろ帰る時間が迫ってきました。みんなで旗
        を囲んで記念撮影。お疲れ様でした!

        ちなみに私のタイム3:22:35(ネット3:21:35)は福知山マラソンのマイベスト
        で、23回の参加レース全体でも4番目の好タイムでした。
         (大会開催日:2006年11月23日)

投稿第六十五号
           二度目の福知山マラソンに参加
                              

   2006年11月29日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:山崎 直基氏

        はじめまして、私は山崎直基と言います。マラソンを始めたきっかけは単に運動不
        足解消とダイエット。それがいつの間にか四年目を迎えるまでになってました。
        で、今年は丹後ウルトラマラソン100kmに参加、どんどん過激になって来ている
        自分にビックリしています。このたびも潮風マラソン50kmに参加させていただい
        たのをきっかけにAACに入会させていただく事になりました。今後どう進化してい
        くか自分でもわかりませんが、こうご期待!

        さて、今回の福知山は私にとって二度目の参加です。前日の天気予報から大会
        当日はきっと雨になる事を想像してましたが、以外にもレース中に一滴も降らず
        マラソンにとってはとても走り安い気候でした。自己のレースの内容としては、はじ
        めの内は飛ばし気味でしたが30km過ぎた頃から徐々にペースダウンと言ういつ
        ものパターンでした。

        ただ去年は初物という事もあってコースイメージすら出来ないままでしたが、今回
        は多少なりともコースの事を知ってた事もあって、自分なりのペース配分を考えて
        走る事が出来た気がしました。タイム的にも去年は3時間42分25秒、今回は3時
        間26分50秒と進歩する事が出来、嬉しかったです。また、今月5日の淀川市民
        の3時間27分41秒にわずかながら自己ベスト更新も果たせました。この調子で
        来年の泉州、篠山と一秒づつでも記録更新できればな〜と思ってます。

        最後に、このたびAACに入会させていただいたばかりですが、メンバーのみなさ
        んの優しい人柄に感謝しております。未熟者ですが今後ともよろしくお願いいたし
        ます。
     (大会開催日:2006年11月23日)

投稿第六十四号
           ムネムネの貧困なる精神(4)
      「大会参加費は高すぎはしないか!?」に寄せて

                             

   2006年11月26日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:小林 留美子氏

        大会参加費が安いにこしたことはないけれど、上記投稿の中に『大会参加費の
        一部を慈善・寄付に役立ってくれる・・・』という一文がありました。欧米の大会
        などでは宗教的背景があるからでしょうか、寄付(Donation)とか慈善(Charity)
        が必ずと言っていいほど付いているように思います。


        ハワイのアイアンマンの大会などでもホームページ上で『○○病の子供達の治
        療に寄付を!』というようなことを載せています。日本のランナーたちもそろそ
        ろ走る満足だけでなく、また大会主催者も広いところに目を向けていいのでは
        ないでしょうか。


        有森裕子さんは大会参加費の一部を寄付してカンボジアの地雷で足を失った
        人に義足を贈るという活動(ハート・オブ・ゴールド)をしています。自分が健康
        で楽しんで走ることが誰かの役に立つ、一歩踏み出して、そんな気持ちも大切
        かなと思います。


        自分のことで言えば、あるとき新聞で、カソリックの修道女会がカリブ海にある
        ハイチ島で行っている結核治療などの慈善事業に寄付を募っているという記事
        を見ました。わたしはカソリックの信者ではありませんが、たまたま高校がミッ
        ション系の学校で敷地の中に修道院があり、先生もシスター達だったこともあ
        り、この記事を見てなにがしかの寄付を送りました。


        でもただお金を送るだけでいいのかなあ、と漠然と考えていたときに、自分は健
        康で走ることができるのだから、それが何か役に立つのではないかと考え、一
        キロ走るごとに10円の貯金をして、一年で溜まったお金をクリスマスの時期に
        この「ハイチ援助会」に送る事を始めました。援助会からは送られた寄付がどの
        ように役に立ったのか、政情不安なハイチ島のことなど現地で働くシスターから
        報告が届きます。


        かれこれ始めてもう20年になります。ここまで続けられたのは無理をしないか
        らだと思っています。それと、送ったお金がどのように使われたのか知ることが
        できるというのは大切なことだと思っています。


        大会に参加するということはランナーそれぞれの意味づけがあるでしょう。いく
        つか参加する大会のひとつに、もうひとつのおまけの意味をつけてみてもいい
        のではないでしょうか。

         ===大会を主催する側の意識の変化を求めたいところです===

投稿第六十三号
          不思議なご縁をご紹介いたします!
         
                              

   2006年11月9日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:野上 亨氏

      芦屋浜アスリートクラブの皆さん、はじめまして。10月に入会させてい
      ただきました野上です。一言ご挨拶と、入会させていただくまでの不思
      議なご縁をご紹介いたします。(少々長くなりますが....)

      話は、今年の7月まで遡り、22日〜23日にかけて開催された「夜叉
      ケ池伝説マラニック」でのこと。この大会には、ここ数年スタッフとし
      て参加しています。(ウルトラの大会に初めて参加した大会です。)
      今年も事前に参加者名簿がメールで配信され、その中に芦屋の方を見つ
      けました。東西2kmあまり、人口9万人の小さなこの街で、真夏に約130
      kmの過酷なレースに挑戦される方がおられるということを知り、話をし
      てみようと思い当日を迎えました。

      2日目の朝、登山道から下りて来られた所のエイドで声をかけさせてい
      ただきました。『芦屋からご参加ですね。私も芦屋から来ました。』
      兵庫県から岐阜県までスタッフをやりに来ていることを聞かれて、恐
      らく驚かれたと思います。しかし、気軽にお話しいただき『毎週土曜日
      に練習会をしていますので、よかったらご参加ください』言われ、その
      場はそれで終わりました。

      自宅へ戻り、「芦屋浜アスリートクラブ」のホームページで宗政会長を
      拝見した時、どこかお名前に記憶があり、接点と思われる「四万十川ウ
      ルトラマラソン」のお話を、「夜叉ケ池」でクラブの方にお会いした件
      とともに、メールいたしました。

      そして会長からいただいた返信メールには、『H9・10・25(土)
      中村行きの電車の中で、隣の席に川重冷熱滋賀の野上さんと同席した』
      とありました。なんと、9年前の四万十川ウルトラマラソンへ参加のた
      めに乗ったJRの中で、会長とお会いしていたことが判りました。これ
      ぞ脚本家でも書けない不思議な縁があったとしか思えません。

      それも同じ芦屋市内で。さらに、練習コースは我が家から目と鼻の先、
      芦屋中央公園周辺です。そんな経緯で今回入会させていただきました。
      こちらのクラブは凄い経歴の方が多いですが、私はマラソンを楽しむこ
      とを基本にいろいろ参加させていただければ、と考えています。また、
      「夜叉ケ池」で声を掛けさせていただいた会員の城さん、記録まで残さ
      れておられた宗政会長、そして暖かく迎えていただいた会員の皆さん、
      ありがとうございました。

      今後、いろいろな大会でお世話になることがあると思いますので、末永
      くよろしくお願いいたします。


投稿第六十二号
       四万十川100Kmウルトラマラソン初挑戦記!
         ―憧れの地、四万十に行ってきました―
                              

   2006年11月9日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:原田 敬三氏

      川で泳ぎを覚えた田舎育ちにとって憧れの四万十川、あの雄大な清流を
      一度は見ておきたいと思っていたが
100kmウルトラマラソン初挑戦とい
      う一大イベントにてようやくその機会を得ました。この大会は何年か前
      にテレビで見て知っていましたが、当時は100kmも走り続けるなん
      て気が狂っているとしか思えなかったのにまさかその場に自分が来よう
      とは・・・。


         後半歩いてしまったが何とか完走できました。70km過ぎから脚が動
      かなくなり
12時間10分25秒でゴール。12時間は切りたかったけどま
      あそんなことはどうでもよろしい。想像していた通り四万十の自然の素
      晴らしさ、沿道で応援してくれた人たちのいい顔、100kmを完走で
      きた達成感、本当に充実した楽しい
1日でした。少々長くなりますが完
      走記にお付き合い下さい。


      商店街のアーケードで催された前夜祭の風景。歓迎の挨拶をしてくれた
      のも小学生の女の子で、何故か男の子は見かけない。土佐のはちきん娘
      たちかな。宿の夕食があるのでそんなに食べるつもりは無かったが、か
      らあげ、焼きかまぼこ、おでん、おにぎり、うどんにビール
2杯と結構
      いただく。おにぎりはふんだんにあったので食いっぱぐれることは無い
      が、おかず系は多くないのとみんなが殺到するので早めにゲットした方
      がよい。かつおのたたきは、宴会開始時点で既に無くなっておりありつ
      けなかった。余談だが、昨年高知に来た時地元の人に連れていってもら
      った店で食べたかつおのたたきは本当に旨かった。スーパーで買うかつ
      おのたたきとは全く別物で生臭さなんか微塵もなく本当に絶品だった。

         四万十にも何回か参加されているウルトラ歴戦のつわものYさんと立ち
      話をする。明日のレース展開として、最初は先行するけど多分70km
      付近で追い越されるんじゃないかなぁと話していたら、まさにその通り
      になった(後述)。


          <スタート地点→堂ケ森峠(21km)>
      早朝
530スタート。霧がでており肌寒さを感じる。暗闇の中篝火が焚
      かれて幻想的な雰囲気の中スタートの号砲を待つ。フルとかハーフマラ
      ソン大会で感じる緊張感や不安感はほとんど無く、なんかワクワクする。
      今日一日走り続けるぞという決意のもと体中にアドレナリンが出ている
      ようなテンションを感じる。

         しばらく走ると明るくなってきた。数キロ走ったところで名前を呼ばれ
      たので振り返るとHさんだった。20km近くまでキロ6分弱のペース
      で並走する。何度かランニング中に会っておりその走りからタダモノで
      はないと思っていたが、話をきいているとやはりすごい人だった。彼女
      も今回四万十初挑戦で、このままのペースで走りきったらサブ10です
      ねと話していたら、本当にそのままゴールして何と一般女子の部で入賞
      までしてしまった。

         10km過ぎから少し上り勾配になるがゆっくりペースなのでそんなに
      気にはならない。このペース(キロ6分)ならいつまででも走れそうと
      この時点では思っていたが、まぁそんな甘くなかったですね。15km
      過ぎから勾配がきつくなってくるがペースが遅いのでさほど苦しくない。

          写真は峠頂上手前で公式HPからコピーしたもの。しかしここまで走っ
      ても残りはまだ80kmあり、フル2回分近くもこれから走らないかん
      のかと考えると気が遠くなる。この感覚、住宅ローンの返済に似ている
      なぁと思いながら走る。残額のことを考えたらダメで着実に返し続ける
      こと。返済し続ける限りいつかは完済(完走)できる。


         峠のエイドで給食とトイレを済ませる。これまでマラソンレース中にト
      イレに入ったこと無かったけど、今回は3回も。給水がうまくとれてい
      た証拠かな。ちなみにその日の夜に銭湯で体重を量ったら何と普段と全
      く変わっていなかった。2、3kgは減っているかと思ったが。これも
      給水
/給食がうまく取れていた証拠か。◇0→20kmラップ 1:57’57”
          ここまで想定通りのペースで進む。どこまでこのペースが保てるか。

          <堂ケ森→40km>
      峠の頂上からは10km以上の下りが続く。気持ちよく走れそうな下り
      で、キロ4
.5分くらいのペースでも楽に走れそうな気がするが自重。
      ここでペースを上げると脚がもたないのが分かっているのでキロ6分ペ
      ースを守る。それでも30km過ぎから膝に違和感を感じるようになり
      かなり脚にダメージ受けている。やわな脚だ。32km過ぎでようやく
      四万十川に出合う。ここで川遊びしたら楽しいだろうなと思いながら走
      る。◇40kmラップ
  3:55’30”

      <40km→60km>
      45km過ぎからかなり脚のダメージを感じるようになる。フルマラソ
      ンまでの距離は練習も含め何度も走っているので脚筋持久力がついたよ
      うに思うが、それ以上の距離にはまだ対応できていないようだ。楽勝だ
      と思っていたキロ6分ペースも怪しくなってきた。

         半家沈下橋。その名の通り、増水時は水中に沈むので崩壊しないよう
      に欄干が無い。この橋が完全に水没する程の増水となると膨大な水量だ。
      暴れ川と異名をとるように氾濫を繰り返しているらしいが台風など大雨
      の後はすごい濁流となっていることが想像できる。不謹慎だが一度見て
      みたいと思う。


      半家沈下橋を過ぎるとすぐに急な上り坂となる。距離は1〜2km程度
      で短い。上りで歩いている人が多いが、なぜかあまり苦にならず走り続
      けることができ気持ちよく追い越していく。しかし下りになると膝がガ
      クガクしてまともに走れずどんどん追い越されていく。脚が疲れている
      ときの下りはきつい。なんでみんな上りは歩くのに下りで走れるのか不
      思議だ。快晴で気温も上がってきた。28℃くらいか。暑さに弱いが、
      今回は脚のダメージの方がはるかに大きいので気温は律速条件になって
      いない。このあたりでは既にキロ6分では走れず7分ペースも危うくな
      っていた。

         苦しくなってきた時に四万十川に目をやるとその雄大な美しさに気が紛
      れる。60km手前の国道沿いから撮った四万十川。漁師さんの川舟が
      何隻か岸につけてある。仕掛けを使ってうなぎや川えび漁がしてみたい
      もんだ。子供のころ夏になるとよくうなぎを取りにいったのを思い出す。
      ひとシーズンで多くても
10匹程度しか取れなかったが、今考えると天然
      うなぎを結構食べてた。今は養殖ものしか買えないけど。

         もうすぐレストステーションのカヌー館だ。◇60kmラップ 6:17’48”

          <60km→80km>
         ようやくカヌー館(62km地点)に到着。当初の予定では少し給食を
      取ってスルーするつもりだったが、結局20分近く休憩してしまった。
      おにぎり、カステラ、バナナをエイドでもらい預けておいたどら焼きと
      アミノバイタルで十分に栄養補給する。芝生に座ってストレッチをして
      ランシャツからTシャツに着替える。十分休んだので回復したと思って
      走り出したが5kmもしないうちに休む前と変わらぬ脚の重さに戻って
      いた。


          70kmあたりの岩間沈下橋。橋の上から写真を撮った後、川面を覗き
      込んで魚影を探していたら誰かに声をかけられたので振り向く。なんと
      Yさんが軽やかに走り去っていくではないか。前夜祭で話していた通り
      の展開になってしまった。本当に元気なおばさんだ。このあたりではキ
      ロ8分ペースで走るのがやっとの状態まで落ちていた。70km過ぎか
      らはついに歩きも入るようになる。ただ、長く歩くと走り出したときに
      膝が痛むので、どうしても走れなくなって歩くときは最長でも100数
      えるまでと決める(これは最後まで守れた)。◇80kmラップ
9:19’22”

       <80km→ゴール>
         楽しみにしていた私設エイド。この川えびが本当に旨かった。揚げパン
      とおはぎもいただく。ビールもあるよと声をかけられたがさすがにまだ
      20km近く残しているので遠慮する。この地点で制限時間に十分な余
      裕があったので完走は確信した。


         四万十川をバックに写真を撮ってもらう。ようやく残り何キロかを考え
      られるところまで来た。よくここまで走ってきたもんだと感慨に耽る
      (まだゴールしてないけど)。ここまでくると脚だけでなく腹筋や背筋
      まで疲労してきているのが分かる。こんなに体を酷使したのは初めてだ
      な。

         これが四万十名物紙ふぶきゲート。ピンボケしてるけど。ここを過ぎた
      らすぐにゴールかと思ったら、なかなか到着しない。ゴールゲートを見
      たときは思わずウルッときてしまった。ゴール 
12:10’25”

      苦しかったけど一度も止めようとは思わなかった。走っている苦しいさ
      なかでも来年また来て走りたいと思っていた。それほど楽しい充実した
      大会だった。沿道の応援、1kmと間を空けずにコース上に立って励ま
      してくれたボランティアの人たち、皆さんいい顔していました。どれほ
      ど元気付けられたことか。ウルトラマラソンにはまってしまったようだ。
      (大会開催日:2006年10月15日)
                                   以上

投稿第六十一号
       アイアンマンハワイ大会に初めて参加しました

                             

   2006年11月3日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:中川 隆二氏

        私がトライアスロンを始めるきっかけは、23年前(1973年)にアイアンマ
      ン・ワールド・チャンピオンシップ/ハワイ大会のテレビ放送を見てから
      です。夜明けスタートと共に、大自然の海の中を泳ぐ姿が小亀の大群に見
      える選手たち、バイクでは猛スピードで走る爽快さ、ランではスイム・バ
      イクの疲れも見せず走る選手を見て、過酷で優雅なスポーツだなーと感じ、
      トライアスロンをやってみたくなり始めました。

      今回
23年目にしてテレビで見たアイアンマンハワイ大会に初めて参加し
      ました。
大会地、ハワイのハワイ島、暑いけど湿気が少ないので、日本の
      夏のようにじめじめしていません、又、雨の少ないところで、トライアス
      ロンにむいています。
大会当日は、朝330分起床し、4時に朝食、5時に
      ホテル前の大会受付で受付を済まし、バイクラックにバイクを置いて、空
      気を入れりたして準備します。

      スイム:夜明け、午前
645分プロの部が大砲の音でスイムスタート、私
      の属するエイジグループはプロスタート
15分後、午前7時00分に大砲の音
      でスイム(
3.8Km)スタートした。1.9Km沖にある白いヨットまで行って帰
      って来るコース。16
90人がいっせいにスタート。ウェトスーツがなく
      ても、意外と体は浮く感じ。そしてバトルは少ないし、波はあるけど泳ぎ
      やすい感じがした。往き
1.5Km位のところで、足に付けたタイムのセンサ
      ーが外れかけ取り付けなおすなど、ハプニングがあった。復路では腕が疲
      れてくるが、がまんがまんと言い聞かせて泳ぐ。タイム
1時間43分で丘に
      上がる。

      バイク:ハワイのバイクコースはまずコナから南の折り返しに向けて走る。
      そしてコナに帰り、それから北の折り返しに行って帰ってくるコースのト
      ータル
180Km。バイクは風が強く、風の吹く方向が場所によっては変わる
      と聞いていたが、今回の大会では冬のトレーニングコース、後川コースよ
      り風は弱い感じがした。道路は広く直線的で長いアップダウン、これがハ
      ワイのバイクコースかと・・・思いながら走る。日本では味わうことの出
      来ない雄大なバイクコースです。タイム
6時間43分バイクゴールする。

      ラン:スイム・バイクの疲れか、ランスタート時は足が上がらずつらいラ
      ン。
7Kmすぎぐらいから、リズムが戻り少しずつ走れるようになってきた。
      
20Km過ぎぐらいまでは快調に走れたが、それ以後はつらいラン。エイドを
      楽しみに一歩一歩大地を踏みしめて走る感じ。タイム
4時間45分でゴール。
      トータルタイム
13時間2345秒。

      今回、アイアンマンハワイ大会に参加して感じたことは、
23年前に見たテ
      レビと同じ雰囲気ですばらしい大会でした。大会の運営、ボランテイアの優
      しさ、応援者のすごさ。また機会があれば行きたい所です。

      最後になりましたが、宗政さん、丸岡ご夫妻にはいろいろとお世話になり
      有難うございました。

      (大会開催日:2006年10月21日)

投稿第六十号
       2006芦屋浜
潮風ウルトラマラソン大会参戦記!
                             

   2006年10月16日
芦屋市在住
武田 誠哲氏

         皆さん!始めまして、武田誠哲(しげてつ)と申します。あと1年少々で還暦
      を迎える小父さんで会場と目と鼻の先にある大東町の単身赴任寮に
5年前
      から住まいしています(家族は千葉県船橋市です)。どうぞ宜しくお願い
      します。


         さて1015日に開催された2006芦屋浜潮風ウルトラマラソンは絶好のマ
      ラソン日和に恵まれ(去年は
30℃を超えて暑かった!)、参加選手全員が
      芦屋浜アスリートクラブ・ボランティアの皆さんの盛大な声援・バックア
      ップのお陰をもちまして爆走を楽しみました。


         かくいう私は50km走破を目標としてスタート時間の早い70kmにエントリー
      しましたが、昨年の
7時間を超える50km完(歩)走の初参加記録(圧倒的
      に遅い)から大幅に後退して
30kmでギブアップしてしまいました。残念!

         さて私のジョギング歴は30台中半からですが、椎間板ヘルニアの主治医の
      指導で
10年位中断していました。40歳後半までは幾ら食べても太らなかっ
      たのですが、
50歳に入ると70kg(身長166cm)の大台を超え、会社の健康
      診断で“肥満”にランクされるようになりました。他の診断項目は格別の
      問題が無かったので、何とかして“肥満”の屈辱から脱したいと思い
3年前
      から週末のジョギングを再開し、合わせて毎朝のダンベル体操により
2年間
      で僅か▲
6kg減量し、なんとか“肥満”のレッテルから解放されました。

         私の週末のジョギングは10km程度です。かなり早いランナーにお聞きして
      も、プライベートでは
20km位が限界だそうです。その点5070kmのウル
      トラマラソン大会には色々な魅力があります。長時間周回コースを走るの
      でランナー同士、役員さん、ボランティアさんとの楽しいコミュニケーシ
      ョン。また、コースは美しい芦屋浜海浜公園内にあり走っていて退屈しま
      せん。


         未参加の方々も来年は是非トライしてみて下さい。私のようないい加減な
      ‘楽しみジョガー’も参加していますので、余り早くない方も遠慮はご無
      用だと思います。


         私も来年は‘還暦前の記念’に完走したいと思います(来年は禁煙の効果が
      出る?)。
大会参加者、大会関係者の皆さん本当にありがとうございました!