青峰と跡部様の性格を入れ替えてみた
バーン!
桐皇学園高校バスケ部専用体育館の扉が盛大な音を立てて開いた。
開いた扉から光が差し込み、長い影ができる。
「なんだ……まだ誰も来てねーのか。今日はSUNDAYじゃねーぞ、アーン?」
無人のコートに高らかな声が響いた。
太陽を背に受け、逆光の中で仁王立ちをしているのは、青峰大輝。天才集団「キセキの世代」エースにして、桐皇学園男子バスケ部の絶対エース。青峰大輝、その人である。
桐皇学園バスケ部員の桜井良は、急ぎ体育館へ向かっていた。1年生にしてスタメンに名を連ねているとはいえ、最下級生であることに変わりはない。運動部において学年による上下関係は絶対的であり、実力主義の桐皇バスケ部においてもそれは例外ではない。上級生たちよりも早く到着して、モップがけやボール出しといった準備をしようと目論んでいた桜井であったが、体育館の入り口に佇む人影を目にした瞬間、腰を90度に折り曲げて謝りキノコと化した。
「スイマセン、スイマセン! 1年のくせに遅れてスミマセン!! スミマ……セ………ん?」
ペコペコと頭を下げて最敬礼を繰り返していた桜井だったが、何度目かに頭を上げたとき、思わず二度見をした。
190cmを越える長身、浅黒い肌、そして青い髪。どれを取っても見間違えようもない。
だが、それでも桜井は二度見した。
「よう、良。遅いじゃねーの」
「あ、あ、あ、青峰さんーーー!?」
振り返った青峰を指差して、桜井は尻餅をつきそうなほど仰け反った。
――な、なんでっ!? ウソ!? 夢? 幻?
目をパチパチとしばたかせ、酸欠の金魚みたいに口パクパクさせる。あまりの驚きに口から言葉が出てこない。
――ど、ど、ど、どうしちゃたんですかっ!? 青峰さんーーー!!!
この世の終わりみたいな顔で桜井が錯乱状態に陥っているところへ、後ろから声がした。
「何やってんだ、桜井?」
その声が、桜井には天からもたらされた救いの声に聞こえた。反射的に、エクソシストのように首をグルリと180度回転させて後ろを見た。
「な、なんだよ」
涙目になった桜井にすがるような視線を向けられた若松は、一歩後ずさった。
「若松さぁーん! 青峰さんが……青峰さんが……青峰さんがぁぁぁ!!」
「あ゙あ゙!? あのガキャあ、また何かやらかしたのか……って、うおっ!?」
ジャージにしがみつく桜井を引きはがそうとする若松だったが、ふと顔を上げて桜井の後ろに視線をやった拍子に、素っ頓狂な声を上げた。
「あっ、青峰ーーー!?」
若松の絶叫が廊下に響き渡った。
「ったくうっせーな」
「お、オマエ、何やってんだ!?」
「何って、練習しに来たに決まってんだろーが」
「練習!? オマエが!?」
若松は、信じられないものでも見るような目で青峰を見た。青峰を指差したまま口をあんぐりと開けて固まっている。
「うわ〜ん! スイマセン、スイマセン、スイマセーン!!」
とうとう桜井は、怖いものに遭遇した子供のように泣き出した。
と、そこへ新たな声がした。
「あれー、二人ともどうしたんですかー?」
若松と桜井には現れた桃井が女神に見えた。青峰と幼馴染みである彼女ならば、この異常事態に対処する術を持っているはずだ。二人は期待を込めた眼差しを桃井に向け、無言で背後にいる青峰を指差した。
「ん? 何なに? えっ……ウソっ!? ちょっと大ちゃん、どうしたの!? 熱でもあるんじゃ……」
桃井は慌てた様子で青峰に駆け寄り、背伸びをして額に手を伸ばした。だが青峰はその手を払いのけ、桃井を一瞥して言い放った。
「邪魔だメス猫!」
「何それ、酷いっ!」
――メス猫……
じゃれ合いながら体育館に入っていく幼馴染み二人の背中を見送りながら、若松と桜井は突っ込みも忘れ、この後の部活を思って絶望的な気分になっていた。
「ウィース」
「スマンのー。進路相談長びいてしもーた」
体育館の扉が開き、二人の人影が入ってきた。主将の今吉と副主将の諏佐だ。
すでに体育館にはボールの音が響いていたが、全員が一斉に手を止め、入り口を振り返った。
「な、なんだ?」
「なんや?」
静まり返った中、思いがけず部員たちの視線を集めた諏佐は戸惑い、今吉は怪訝そうに小首を傾げた。
部員のある者はほっとした表情で、またある者はすがるような目で、二人――特に今吉を見ていた。
「主将!」
「今吉さんっ!!」
もはやこの非常事態を打破できるのは、この人をおいて他にない。誰もが今吉が現れるのを今や遅しと待ちわびていた。
「みんなどうしたんや? 熱烈な歓迎やなぁ……。まぁええわ。全員集まっとるか?」
「……あ、あの……」
おずおずと進み出た桜井を、今吉が片手で制した。
「ああ、わかっとる。青峰やろ?」
「いえ……あの――」
「俺様ならここにいるぜ!」
「アイツはええねん――って青峰ぇ!?」
意図せずして今吉の乗り突っ込みが決まった。
「スイマセン、スイマセン、自分が来たときにはもう青峰さんが先に……スイマセン、自分グズでホントすいませんっ!!」
「あー桜井、わかったからちょっと落ち着き」
桜井のあまり要領を得ない説明から事態を察した今吉は、桜井をなだめつつ、その知略を巡らせた。
「桃井……」
「はい。なんですか?」
「今日、青峰に何か食わせたか?」
「いいえ。わたしは何も」
「さよか……」
「もしかして……ボクが作ったお弁当が原因で!? スイマセン、スイマセン!!」
「いや桜井、その可能性はたぶんないから。しかし、桃井の料理が原因じゃないとすると……」
しばし考え込んでいた今吉であったが、思い当たる節がないと結論付けると、早々に原因究明を諦めた。
「まぁ原因はよぉわからんけど、なんにせよ青峰が真面目に練習に出てきたのはええことや。せっかくのこの機会を無駄にする手はない。さあ、練習始めるで!」
「どっせーーーい!!」
騒々しい雄叫びをあげてブロックに跳んだ若松の上から、青峰が鮮やかにダンクシュートを決めた。
「俺様の美技に酔いな!」
揺れるリングを残して、青峰が華麗にコートに降り立つ。
「クソっ! ビギってなんっだよ!? あ゛〜いつも以上になんっかムカつく!! 次こそゼッテー止めてやるっ!」
「アーン? やれるもんならやってみろよ」
コートではハーフコートの1 on 1をしていた。
「今日の青峰君、やっぱり何か変ですよね?」
今吉と並んで練習を見ていた桃井が、何やら考える素振りで呟いた。
「言ってることが俺様なところは変らんのやけどなぁ……」
今吉もなんとなく違和感を覚えていたが、青峰のことを最もよく知る桃井が言うのだから間違いないだろう。
今日の青峰はどこかおかしい。
さて、どうしたものか。今吉が考えていると、携帯電話が着信を報せた。練習中、携帯電話は部室のロッカーに入れておくことが暗黙の了解になっているが、主将である今吉とマネージャーの桃井は、監督からの連絡を受けられるように、持ち込みを許可されている。
着信音は"六甲おろし"だった。もちろん今吉の携帯である。このメロディーは、縦縞を愛する同志にのみ設定している着信音だ。果たしてディスプレイには、従弟の名前が表示されていた。普段なら練習中に出ることはないのだが、この時はなんとなく予感がして、今吉は通話ボタンを押した。
「もしもし、侑士か? こんな時間にかけてくるなんて珍しいな。どうしたんや?」
『ちょっと翔一兄ちゃんに相談したいことがあってな。実は……ウチの跡部がおかしなってしもて』
従弟の忍足侑士は、今吉より3歳年下の中学3年生で、東京の私立中学――氷帝学園に通っている。ちなみに、母親同士が姉妹で、今吉の母親の妹が侑士の母親だ。
侑士は、全国でも強豪として知られているテニス部に所属していた。
「跡部君いうたら、侑士んとこの部長さんやったよな? その跡部君がどうかしたんか?」
『それが……急にガキ大将みたいになってしもて、練習サボってセミ捕りに行くって言い出したもんやから宍戸が怒り出してな、そしたら試合で勝負やって――まぁこれはいつものことなんやけど――とにかく、行動がいつもと真逆で、言ってることもなんか変なんや……』
「あー……」
今吉はコートに目を向けた。青峰が若松のブロックを空中でかわし、ダブルクラッチを決めたところだった。膝を叩いて悔しがる若松に、
「俺様の美技は日々輝きを増す!」
と謎の台詞をキメ顔で堂々と言い放ち、部員たちを唖然とさせている。
『……翔一兄ちゃん?』
「ああ……スマン。それで跡部君やけど、口癖いうか、台詞がいつもと違ってたりせえへんか?」
『そうやねん! って翔一兄ちゃん、なんで分かったん?』
「……跡部君はなんて言うてんの?」
『オレに勝てるのはオレだけや、とかなんとか? いつも通りと言えばいつも通りなんやけど……』
今吉は天を仰いだ。
「それ心当たりあるかもしれんわ……」
『ホンマに!?』
「ちなみに、俺様の美技になんちゃらって聞き覚えないか?」
『それ、跡部の決め台詞や。……なんで翔一兄ちゃんが知ってんの?』
「うん……今な、目の前で後輩が言うとる」
今吉は遠い目をした。当の青峰は、若松を完膚無きまでに叩きのめし、仁王立ちで高笑いをしている。
「ハァーッハッハッ!! 俺が
「いや……知っとるで? 最強は青峰や」
思わず突っ込みを入れた今吉の目の前で、青峰は踵を返した。
「行くぞ、さつき!」
「えっ!? ちょっ……待ってよ、大ちゃん!」
桐皇、桐皇、桐皇、桐皇……
「なんやこれ……」
「どっから聞こえてるんだ……?」
どこからともなく聞こえてきた桐皇コールの中、青峰が高々と指を掲げた。
パチーン!
「勝者は俺だっ!!」
青峰の脱ぎ捨てたジャージが鮮やかに宙を舞った。
「もう! ジャージを放り投げるのはやめてって言ってるでしょ!!」