オリフィスの憂鬱

 指先で玩んでいた硝子の筒が、コトリと音を立てて倒れた。
 コロコロと転がる器の中で、砂の海が揺れていた。

「どうかしたか?」
「ううん、何でもない」

 緩慢な指で拾い上げ、テーブルに起こす。サラサラと砂は規則的に流れ出し、再び時を刻む。
 あの頃も今も、その速度は変わらない。
 ふたりで眺めていても、ひとりになっても、他の誰かが傍にいても。過去も現在も未来も、変わらないはずだ。
 なのに、砂が落ち急いでいるように見えるのはなぜだろう。
 あの頃の時間はもっと、ゆっくりと流れていたように思えた。
 その時間が続くと信じていたから?
 それとも永遠を望んでいたから?
 そして今は、いつか来る終わりを知っているから。

『こんな風に簡単に戻せたらええのにな』

 かつて同じ二文字で称されたロマンチストな男が、そんな呟きを漏らしたことがあった。

『砂時計の形ってな、女の身体みたいやと思わんか? こう、華奢な腰付きの……な』

 やわらかな曲線を描く滑らかなフォルムのくびれを、およそ昼の時間には相応しくない艶かしい指先で触れながら、伊達眼鏡の男は言った。ティルームの窓から差し込む光が、砂時計の硝子の表面をなぞる。

『君らしい見解だと思うよ』

 戻りたい過去があるのか、とは訊かなかった。


「――不二、不二」
「……えっ?」
「どうしたんだ? さっきから呼んでいたのに」
「ごめん。なに?」
「…また余計なことを考えていたのか?」

 硝子を透過した光が、揺ら揺らと青い波を描いている。
 後ろから包まれる温もりに身震いするような幸福と安心を覚えながら、どこかに残る不安が、全身を預けることをまだ躊躇させる。

 いつの間にか、砂はすべて落ちきっていた。
 天地を反転させる。
 再び、砂は時を刻み始めた。
 けれど、逆さまの時は流れない。