夏の残像

 夏が終わるのを拒むかのように、不安定な空模様が続いていた。
 唐突に降り出した雨は瞬く間にコートの色を変え、1 on 1の勝負は決着がつかないまま水入りとなった。
 激しい雨脚に追い立てられるようにして駆け込んだ仙道の部屋。長身のふたりの体躯を押し込めた狭い玄関で、互いの肩が触れた。
 濡れたTシャツから白い肌が透ける。戸惑いがちに伸ばした指先から伝わる熱。薄暗い中で、黒く濡れた瞳だけが光を放っていた。
 鼻先まで近づいた顔に、少し乱れた呼吸がかかる。触れ合う寸前の唇が、不意に止まった。
 一瞬のためらいは、最後の理性の欠片だった。
 どちらからともなく重なった唇は、一度触れてしまえば、あとは堰を切ったように激しくなる。
 それは衝動か、それとも必然だったのか。
 互いの呼吸を奪うように、噛み付くような口吻を交わす。肌に張り付いた布を取り払うのさえもどかしく、互いのTシャツを剥ぐようにして脱がせあう。廊下に点々と水滴が落ちる。
 規格外の男ふたり分の体重を受け止めて、ベッドが激しく軋んだ。脚を絡ませ、上になり下になり、その間も、手は互いの身体を探ることを止めない。肌は湿り気を帯び、火照った身体が偽らざる熱を伝える。
 仙道は、絡めた指先を強く握り込み、流川の両手をベッドに縫い付けた。
 流川の黒く潤んだ瞳が仙道を見上げる。黒曜石のように硬質で温度を感じさせない瞳が、今は情欲に濡れている。1 on 1を挑んでくるときのような激しい眼差しに、仙道はゾクリとした。流川の瞳は、真っ直ぐに仙道を捉え、仙道だけを映している。
 このまま中心をピンで留め、蝶のように磔にしたい。
 腹の奥から劣情が込み上げてくる。流川の身体はどこもかしこも熱くて、触れたところから神経が焼き切れそうだ。
 身体を引き裂く痛みにも、流川は声を上げなかった。唇を噛み締める流川を見下ろしながら、仙道は、二つ折りにした身体を揺さぶり続けた。


 どこかの軒先で風鈴が鳴っていた。雨は止み、部屋は黄昏に包まれている。
 微かな衣擦れの音を、仙道は背中で聞いた。
 カチャ、と音を立ててドアが開く。
 流川は、無言で部屋を後にした。
 去り行く背中を夕陽が照らす。一瞬だけ振り返った横顔は、逆光になり表情を伺うことはできない。
 単なる衝動か、夏の気まぐれか。
 最後だからと、身体を預けたのか。
 一緒に来い、と最後まで流川が口にすることはなかった。
 互いを強く求めながら、どうしようもなくふたりの道は分かれていた。
 バタン、とドアが閉まる。蝉が一斉に鳴き始めた。
 この期に及んで気づいた。
 流川を愛していた。
 かそけき風鈴の音が凜とひとつ鳴り、蝉の声が止んだ。
 もう二度とこの腕に抱くことがなくても。
 愛している――