Wedding Vows

 日向の誕生日から遅れること約ひと月。木吉の誕生日を翌日に控えた日曜日の午後、日向と木吉はふたり揃って木吉の実家を訪れた。
 久し振りに訪れた木吉の実家では、木吉の母親がふたりを迎えてくれた。居間のテーブルには、木吉の好物に混じって日向の好物も並ぶ。
 学生の頃から数え切れないほどこの家を訪れている日向だが、木吉の母親に会ったのは数えるほどだ。
 木吉が幼い頃に夫を亡くした彼女は、息子を両親に預けて海外で仕事をしていた。前に会ったときは空港で、見送りをする木吉に付き添った。ブランド物のスーツをかっちりと着こなした姿は、専業主婦である日向の母親よりも若々しく見えた。
 長らく離れて暮す母子だが、愛情が薄いかといえばそんなことはなく、彼女は一人息子である木吉を溺愛している。誕生日やクリスマス、バレンタインなど、折に触れてプレゼントを欠かさないほどだ。彼女曰く、木吉は亡き夫にそっくりなのだという。
 今年はたまたまこの時期に日本で仕事があり、数年振りに直接顔を見て誕生日を祝えると、パソコンの画面の向こうで弾んだ声で話していたのは先月のことだ。折角の家族水入らずなのだから自分は遠慮した方がいいのではないか、そう言う日向に、だからこそ一緒に来て欲しいと、何時にない真顔で言ったのは木吉だ。
 木吉の真意を日向はなんとなく察している。日向の誕生日の、あの戯れのようなやり取りだ。
 他愛のない冗談だと簡単に流せてしまう。けれど木吉にそうするつもりはない。

 追加の料理を取りに木吉の母が台所へ立った。
 彼女を手伝うために後を追った日向は、二人きりになった台所で言った。

「あの、先月はありがとうございました」

 いつの頃からか、木吉宛のプレゼントの中に日向の分が含まれるようになった。それどころか、日向の誕生日には日向宛にプレゼントが届く。先月、荷物が届いてすぐにインターネット電話を繋いで礼を言っていたが、やはりこういうことは直接言っておくべきことだ。

「あら、いいのよ。わたしももう一人息子ができたみたいで嬉しいの」

 木吉は父親似だというが、笑った顔は母親によく似ていると思う。目尻を下げて顔をほころばせる彼女に、日向は複雑な思いを抱いた。

「あのね…順平くん」

 何と応えたらいいものかわからず黙ってしまった日向と向き合い、彼女は笑顔はそのままに口調を改めた。

「わたしね、順平くんが鉄平の側に居てくれて良かったって思ってるの。あの子の父親が亡くなってからずっとあの子のことは両親に任せきりになっていたでしょ。わたしはバスケのこともわからないし、わたしにはいつも『俺は大丈夫だよ。母さんは仕事がんばって』って言うんだけど、怪我のこととかしんどいこともたくさんあったと思うの」

 木吉のやせ我慢は、チームメイトに対してもそうだった。日向が気付かなければ、日向に対してもずっとそうだったのだろう。木吉はチームメイトに対してもどこか遠慮があって、面と向かって口喧嘩をするのは日向とだけだった。それを、意地っぱりが格好つけやがって、と苛立たしく思っていた頃もあった。だがそれは、幼い頃から両親と離れ、年老いた祖父母に迷惑を掛けないように振る舞っていたからなのかもしれない。

「だからね、鉄平からはじめて順平くんを紹介されたとき、順平くんがずっと鉄平と一緒に居てくれたらいいなって思ったの。友だちとしてでも、そうじゃなくても……」

 悪戯っぽく片目をつぶって見せた彼女に、日向は唖然として眼鏡の奥で目を見開いた。

「……知ってたんですか」
「うふふ……なんとなくね」

 流石は木吉の母だ。一筋縄ではいかない人であることは察していたが、キャリアウーマンとしてバリバリに活躍しているだけのことはある。木吉の性格は母親譲りなのかもしれない。

「鉄平からは先月、順平くんの後に連絡をもらって話してくれたわ」

 木吉から何も聞かされていなかった日向は、一人で先走った木吉に内心で腹を立てながらも、一人息子の道を踏み外させてしまった申し訳なさを感じて彼女に頭を下げた。

「すみません…」
「どうして順平くんが謝るの? 鉄平が『日向と一緒なら俺は幸せになれる』って言うんだもの。わたしは自分の息子を信じているわ。それに、むしろ謝らないといけないのはこっちの方じゃないのかしら? 大事な息子さんをお婿さんにもらって……あらっ? 鉄平がお婿に行くのかしら? 順平くんのご両親にもちゃんとご挨拶に伺わないと」
「いや、あの、それは……」

 息子そっくりの天然を発揮して、木吉母は今にも日向の実家へ乗り込んで行きそうだ
 おたおたと彼女を止めようとする日向の手を握って、木吉の母が言う。

「鉄平のこと幸せにしてあげてね」
「…はい」

 日向は彼女の手をしっかりと握り返して頷いた。