Mein Freund
七釜戸。この国の政治、経済をつかさどる中心地。そこにうずたかくそびえる高層ビル、御柱タワー。まるで下界を見下ろすようにそそりたつ巨大な建造物は、戦後のこの国を象徴するものであり、この国の「王」たる第二王権者《黄金の王》國常路大覚の居城でもある。
敗戦後の荒廃からこの国を立ち上げ、復興と今日の発展を成し遂げた立役者である《黄金の王》國常路大覚。半世紀以上に亘ってこの国を牛耳る実質的な王である國常路も、かつては陰陽道の國常路家当主であり、日本陸軍の中尉に過ぎなかった。
第三王権者《赤の王》周防尊、第七王権者《無色の王》、そしてすべての始まりの王にして第一王権者《白銀の王》アドルフ・K・ヴァイスマン――3人の王が同時に失われた学園島占拠事件より5ヶ月。
《黄金の王》國常路大覚は今、床にある。
國常路は高い天井を見上げた。半世紀以上振りに声だけの邂逅を果たした盟友の声が耳に甦る。もう今では誰も呼ぶ者のない、かつての呼び方そのままに。
『――中尉』
1944年――ドイツ・ドレスデン。
國常路が技術将校として同盟国に派遣されてから3ヶ月弱になる。
当初はまったく取っ掛かりが見つからずに停滞していた"石盤"の研究だったが、赴任から2週間して研究所の最高責任者であるヴァイスマン姉弟の姉、クローディアとの出会いにより事態は打開された。
國常路の信念である地道な積み重ねにより、いよいよ突破口を見出そうという頃、月が改まった。
朝、いつも通りに研究所へ出勤した國常路にクローディアが声を掛けた。
「おはようございます、中尉」
「おはようございます、フロイライン・ドクトール」
朝の挨拶を交わした後、彼女は少し周囲を伺うようにして僅かに國常路との距離を詰め、声を潜めた。弟のアドルフの姿はまだない。
「中尉は今夜お暇かしら?」
背伸びをするように高身長の國常路を見上げて言う。
「ええ…」
研究はあと一歩で突破口が開けそうなところまできている。研究所の勤務時間が終わった後も少し残ろうと考えていたが、今日明日にどうにかなるというものでもない。和洋――自分らしく、相手に敬意を持って合わすことをモットーとしている國常路が応じれば、彼女はぱあっと花が咲いたように表情を明るくした。
「では、私どもと夕食をご一緒して頂けますか?」
「ご招待、謹んでお受け致します」
勤務を終えた國常路は、研究所の建物内にヴァイスマン姉弟が間借りしている住居を訪れた。
クローディアに迎え入れられた室内は飾り付けられ、クロスを敷いたテーブルには中央に置かれたクーヘンをはじめとした料理が並び、ささやかな宴の支度が調っている。
「これは…?」
「実は、今日はアディの誕生日なんですのよ」
楽しげに微笑むクローディアに、國常路は戸惑った。
「それは…知っていれば何か贈り物でも用意してきたのだが…すまない」
「いいんですのよ。弟の誕生日を中尉にも祝ってやって欲しかっただけなのですから」
「そうそう。僕たちずっと二人きりでお祝いしてたから」
奥から顔を出したヴァイスマンがいつもの調子で言う。その声に僅かに含まれている寂しさの色にクローディアは気付いていた。
幼くして天賦の才を現した姉弟は、国家戦略に組み込まれるため早くに親元から引き離されたった二人で生きてきたのだが、それを知らない國常路はヴァイスマンの言葉に逆に困惑した表情を浮かべた。
「しかし、姉弟水入らずのところに私がお邪魔してしまってもいいのだろうか…?」
「いいんだよ! パーティーは大勢の方が楽しいし。それに僕たちは友だちだろ?」
「ああ…そうだな」
笑みを交わす二人を、クローディアが優しい微笑みを浮かべて見守る。
「あ〜姉さん、僕もうお腹空いちゃったよ〜」
「はいはい。さあ、中尉もどうぞ」
「ヴァイスマン。Alles Gute zum Geburtstag!」
「Danke.」
國常路は瞬きもせず、宙の一点を見詰めていた。
「ヴァイスマン…おまえは今どこにいる…?」
しわがれた声で紡いだ祝詞は思念となり、あるいは彼の者の元へ届いただろうか。