チョコレート爆弾
「ったく、どいつもこいつも製菓会社の陰謀に乗せられやがってよ!」
コンビニを出た八田は、ピンク色をした浮ついた空気を蹴散らすように、苛立たしげに地面を蹴った。
「童貞丸出しの発言だな」
「んだと猿! テメーだってくだらねーって言ってただろーが!?」
鼻で笑った伏見に八田が食って掛かる。そもそも、製菓会社の陰謀云々という先程の八田の発言自体が伏見の受け売りだった。
バレンタインデーは、世界の滅亡をより一層強く願う日だった。教室の隅に固まってそわそわと囁き合う女子も、貰えるか貰えないか期待と不安で一喜一憂する男子もくだらなかった。だがそれを口にすれば、モテない奴のひがみだとか負け惜しみだと思われる。それが殊更に腹が立つ。
堪りに堪った鬱憤をぶつけるように、八田は道に転がっていた空き缶を蹴り上げた。腹のところを凹ませ高く弧を描いた空き缶が、アスファルトに落下して再び跳ね上がる。甲高い音を立てて数回バウンドを繰り返した後、「く」の字に折れ曲がった空き缶は道路の端に転がった。
「物に当たるなよ、バカ」
「うっせえ!」
どこもかしこも女ばかりで、ふわふわと甘ったるくて吐き気がする。
愛だの恋だの語るよりも、もっと重要なことがある。何かデカイことを成し遂げるためには、女なんかに構っている暇はない。
――そういや、こいつがチョコを貰ってるとこ見たことねーな。
八田は、隣を歩く伏見の顔を見上げた。相変わらずつまらなそうな顔で、かったるそうに歩いている。
粗野で女子から敬遠されがちな八田と違って、伏見は見た目も良く勉強もできて、密かにモテていることを知っている。バレンタインデーに靴箱や机の引き出しに押し込まれていたチョコレートの数も、1つや2つではない。けれど伏見は、それら全てを差出人の名前を見ることもなくゴミ箱に投げ捨てた。
曰く、靴箱に入っていた物が食えるか、知らない奴から貰った物なんか食べられない、手作りなんか以ての外。
その徹底ぶりは、どれだけ潔癖症なのだと八田が呆れるほどだったが、その影で泣いていた女生徒たちに伏見が気付かなかったはずはない。せめて直接手渡しに来た分くらいは受け取ってやればいいのにと言った八田に、伏見は件の台詞を口にした。
バレンタインデーなど製菓業界の販売促進戦略に過ぎない、と。
女にも社会の風潮にも流されない伏見を、八田は誇らしく格好いいと思ったのだ。
「くそっ! 世界中のチョコレートが一斉に爆発して世界が滅亡しねーかな」
コンビニの菓子棚を占拠するチョコレートなど全部爆発してしまえばいい。そして、どろどろに溶けてなくなってしまえばいい。
「バッカじゃねーの……」
呆れた口調で返して、伏見がそっぽを向く。
こんな世界、消えてなくなっても惜しくはない。
そんなことを本気で考えていた。