夏だっ!

 待ちに待った楽しい楽しい夏休み。しかし、毎日毎日こう暑くては外で遊ぶ気力もない。
 真夏日を連続記録更新中の茹だるような暑さ。テレビのニュースでは連日、熱中症が話題に上る中、外で遊ぼうとするのは自殺行為だ。母親たちからも、日中は外に出ることを禁じられている。仕方なく和室にある大きな机に夏休みの宿題を広げてみたものの、一向にはかどらなかった。
 宍戸家で一番風通しの良いこの部屋は、風さえ吹けば十分に過ごしやすいのだが、風鈴は涼しげな音を響かせてはくれない。代わりに2台の扇風機が部屋の両端で唸りを上げているが、熱風が届くばかりで息苦しさを感じるほどに空気が重い。氷を浮かべた麦茶の入ったグラスも汗をかいていた。

「あつい〜」

 夏大好きな亮ですらぐったりとしている。扇風機の前に陣取り顔を風に当てながら話しているせいで、声がビブラートした。いつもなら面白がって声を変えて遊んだりしているところだが、その元気もないらしい。

「うるさい。暑い、暑い言うな。余計に暑くなる」

 言いながら、も口を開けば「暑い」と洩らしそうになるのを堪えていた。
 暑いのが苦手なは完全に宿題を放棄して、もう一方の扇風機に抱きつきそうになっている。
 午前中から遊びに来ている景吾は、いつもは真っ白な頬を真っ赤に上気させている。
 慈郎は、陽が燦々と降り注ぐ中、最も日当たりの良い場所で寝こけていた。この暑い中でよく寝られるものだ。しかし、流石にこれは危険なのではないだろうか。

「おい、。慈郎は大丈夫か? あんなとこで寝かしといて」
「あっ、ほんとだ。すご汗かいてる。お〜い、ジロー。干乾びちゃうぞー」

 定位置と化していた扇風機の前から這うようにして移動したは、弟を抱き起こして麦茶を与えてやっている。半分以上寝惚けたままの慈郎は、からグラスを受け取りコクコクと喉を鳴らした。なんとか脱水症状に陥る危機は脱したようだ。

「なー兄ちゃん、なんか涼しくなるようなことないのかよ〜」
「涼しくなることなあ…」
「もう宿題も飽きたし、外で遊びたい! プールに行きてー。泳ぎてー!!」
「プールか」

 確かに、今日のような日はプールでひと泳ぎすればさぞかし気持ちよいことだろう。弟の提案は、にも魅力的だった。だが、それには一つ問題があった。引率者がいないのだ。子供たちは夏休みでも父親たちは当然のように仕事だし、と亮の母親も今日は学校へ行っている。と慈郎の母親も店があり、プールまで連れて行ってくれる大人がいないのだ。
 市営プールは子供の足でも15分ほどの所にあり、何度も親と一緒に行ったことがあるので自分たちだけで行けないことはない。けれど、行けることと実際に行くことは違う。弟たちはこの春に幼稚舎に入学したばかりで、もまだ小学3年生なのだ。小学校の先生からも夏休みに入る前に、子供たちだけで勝手に行動をしてはいけないと注意をされた。特に水辺は、最も危険で注意が必要な場所である。の使命は、幼い弟たちを守ることなのだ。どんなに強請られても、弟たちを危険に晒すわけにはいかない。は、そのことを十分に弁えたしっかり者のお兄ちゃんだった。
 暑さですっかり元気をなくしてしまっている弟たちを見ていると、何とかしてやりたい。しかし、どうしてもいい案が浮かばなかった。だってまだ子供なのだ。こんな時、自分の力のなさを実感して、早く大きくなりたいと思うのだった。

「そうだ、! いいコトを思いついた。アレがあるよ!」

 慈郎が空にしたグラスを手にしたままと同じく思案顔だったが突然、声を上げた。

「アレ…?」
「ほら、幼稚園のときに買ってもらったやつ! どこにしまってあったっけ?」
「アレか!? 確か、庭の物置に入ってるはず…」
「じゃあ、お母さんに遊んでいいか聞いてくる!」

 言うが早いか、は庭を突き抜けて隣家の母親の元へ駆けて行った。も立ち上がり、きょとんとした表情で見上げてくる3人を促す。

「よしっ! おまえらも手伝え」
「なにするんだ、兄ちゃん?」
「プールだよ、プール!」

 庭にできた小さなプールの水面が太陽の光を反射してきらきらと輝く。
 そう、物置から出してきたのはビニールプールだった。
 興味津々の弟たちの視線を受けながら黄色いエアポンプで空気を入れると、次第に膨らんで形作られる様子に幼馴染3人組は目を丸くした。そして、自分たちもやりたいと争うようにして交代でポンプを踏んだ。やがて完成した赤色の丸いプールに、ちびっ子たちが瞳を輝かせて見守る中、水を張る。待ちきれないように飛び込んだ3人は、心地よい水の冷たさに歓声を上げた。
 景吾の家の本格的なプールに比べたら、泳げもしない膝の高さにも届かない浅いプールだったが、それでも満足だった。

「どうだ? 景吾。楽しいか?」
「うん!」

 青いホースで頭の上から水をかけてやると、甲高い声が上がる。

、覚悟!」
「テメー! 、やったな!?」

 が撃った水鉄砲がの顔に命中し、ホースで反撃に出たに弟たちが笑う。水飛沫を浴びて、庭の向日葵も揺れている。
 そんな絵日記の1ページ。