五月五日

 空はすっきりと青く澄み渡り、まさしく五月晴れ。穏やかな風に身を任せ、ゆったりと大空をたゆたうこいのぼりの親子も心地よさげだ。
 今日は五月五日、こどもの日。

 通りの向こうから、太鼓の音色と共に「わっしょい、わっしょい」と元気一杯の掛け声が近づいてきた。新聞紙で作った兜を頭に、少し前から玄関の前に出て待ち構えていた亮、慈郎、景吾の3人は、胸を高鳴らせ、今か今かと御輿の到着を待ち侘びた。
 ドンドンと太い音を響かせる太鼓を先頭に、御輿が姿を現した。

「あっ、兄ちゃんだっ!!」

 御輿の先頭に兄たちの姿を見つけた慈郎が、真っ先に声を上げた。藍色に染め上げられた揃いの法被を身に纏い、額には豆絞りを巻いたが、勇ましく御輿を担いで3人の前を通り過ぎていく。

「カッコイイ…」

 外国育ちの景吾には、日本の伝統的な行事がエキゾチックに映った。祭り自体は去年も見ているので初めてではないが、今年は大好きな兄たちが参加している。祭りの衣装に身を包んだ兄たちはより一層男らしく、景吾は瞳を輝かせた。

「早く俺も担ぎたいぜ!」
「オレも、オレも!」
「アンタたちはまだ早いでしょ」

 一緒に表へ出て御輿を見送っていた宍戸母が息子たちを嗜める。この地区では、毎年こどもの日に子供会の行事で子供御輿を担ぐ習わしになっているが、御輿を担ぐことができるのは小学校の高学年からで、今年、幼稚舎の2年になったばかりの亮たちが御輿を担げるようになるには、まだあと2年あった。

 昼過ぎ、祭りを終えたが帰ってきた。2人は、祭りを終えるや否や、大急ぎで帰宅したのだった。もちろん、それには理由がある。
 5月5日、こどもの日。
 この日は、幼馴染たちにとって特別で大切な日なのだ。
 にとっては大事な“弟”の1人である慈郎の誕生日。
 立派な鎧兜の五月人形が飾られた宍戸家の和室には、柏餅と誕生日ケーキが並べられた。開け放った窓からは、芥川家の庭を泳ぐこいのぼりが見える。
 今年の誕生日ケーキは、フルーツたっぷりのロールケーキにホイップクリームとチョコレートで鱗の模様をデコレーションしてこいのぼりに見立てたものだ。小さめのサイズに巻いたものが一つずつ、それぞれの皿にのっている。こいのぼりを輪切りにして取り分けるのが可哀想なことと、1人で丸ごと1本を食べたいという子供心をよく理解した芥川母のお手製だ。
 慈郎の分のこいのぼりロールケーキの背中には、8本のロウソクがのっている。
 慈郎が生まれた日。
 それは、に初めての弟ができた日だった。
 にとっては実の弟であり、にとっても初めての“弟”だった。慈郎が生まれたとき、宍戸母のお腹の中にはすでに亮がいたが、一足早くお兄ちゃんになったが羨ましく、1日も早く弟か妹に会いたいと思った。

「ねえ、ねえ。オレ、赤ちゃんのときどんなだった?」
「おまえは、赤ちゃんのときから寝てばっかだったよ」

 寝る子は育つというが、赤ん坊のころから慈郎はよく寝る子だった。寝てばかりの慈郎に、一緒に遊びたいはつまらない思いをしたものだ。
 その一方で、赤ちゃんは泣くのが仕事といわれるが、滅多に泣かない子でもあった。

「泣かなかったから手が掛からなかったわ。店に出ている間もおとなしく寝ててくれたから助かっちゃった」

 両親が店で働いている間、店の隅に放っておいても平気で、2人の子供を育てながら家業の切り盛りをしていた芥川母にとっては随分と楽だった。目を覚ましているときにはお客さんを相手にニコニコと機嫌よく笑顔を見せて客引きの役目も大いにこなし、大物というかなんというか、物怖じしない性格の片鱗を見せていた。

「その点、亮とは大違い。亮はすぐにビービー泣いてたから、羨ましかったぁ」
「うるせーな! 俺は関係ないだろっ!!」

 顔を真っ赤にして母親に抗議をする亮に笑いが起きる。
 慈郎は、“ふたり”の兄に向き直った。

「オレ、かわいかった?」
「モチロン、可愛かったよ。だって俺の弟だもん」
「はいはい、慈郎は今でも可愛いよ」
「やったー! うれC〜♪」
「2年にもなって、カワイイって言われて喜ぶなよ!」
「亮ちゃんもジロちゃんも、ケンカしないで!」

 相変わらずの光景が繰り広げられる。

「誕生日おめでとう! 慈郎」