丸かぶり
年が明けて早1ヶ月。カレンダーを1枚めくり、明日からは暦の上では春。
そう、今日は節分だ。
宍戸家と芥川家の5人の子供たちは、豆がてんこ盛りになった升と、弟3人組が作った鬼の面を準備万端並べ置き、腹ごしらえに取り掛かる。
夕食はもちろん、恵方巻だ。
今年の恵方は、南南東。宍戸家の和室に5人仲良く並び、一斉にかぶりついた。ただし、通常の太巻きではなく、子供の小さな口でも食べやすいように中巻きサイズであることは、弟たちには内緒だ。
行儀よく正座をして、5人は黙々と口を動かす。
しばらくして、の右隣から苦しげな息遣いが聞こえた。の右側に座っているのは、景吾だ。心配になって様子を窺えば、景吾が顔を真っ赤にして恵方巻を頬張っていた。
は、3分の1ほど残っていた巻き寿司を放り出し、慌てて景吾の背中を擦った。
「景吾、無理するな」
だが景吾は、瞳に涙を浮かべて首を振った。まだ6歳とはいえ、跡部家の長男だ。立派に矜持を持っている。そして既に、生まれ持った負けず嫌いの本性が、同い年の亮や慈郎と出会ったことで顕在し始めていた。小さな身体に、何としてもやり遂げるという気迫が満ちていた。
「わかった。ゆっくりでいいからな。少しずつ飲み込むんだぞ」
コクリと首を上下して、景吾は続きに挑み始めた。リスのようにパンパンに膨らんだ頬をモゴモゴと動かし、小さな口で懸命に食べ進める。ようやく半分を過ぎた。
「やった! オレいっちばん!! 景吾まだそんだけかよ? おせー」
いち早く食べ終えた亮が立ち上がり、飛び上がって喜ぶ。亮にからかわれた景吾の青い瞳が再び潤みかけ、は亮の頭をポカリと叩いた。
「イッテー! なにすんだよ、兄ちゃん!」
「黙ってろ! 景吾の邪魔すんな」
亮を殴った拍子に、慈郎の姿が敏の目に入った。慈郎は、揺ら揺らと船を漕ぎながら、両手で握り締めた恵方巻を無意識に口へ運んでいる。喉に詰めて窒息してしまいそうだ。
「慈郎、寝ながら食うな!」
「大丈夫。慈郎は寝ながらでも食べれるから」
食べ終わったらしいが、の隣に来て言う。この弟にしてこの兄あり。親友の達観した物言いと、どこか浮世離れした芥川兄弟に、は唖然とするしかなかった。
ゆっくりと時間をかけ、景吾も最後の一口を飲み込んだ。
「頑張ったな」
は、お茶の入ったコップを景吾に差し出した。しかし、景吾は受け取ろうとしない。さぞかし喜んでいるだろうと思われた景吾の表情は、まったく嬉しそうではなかった。
「どうした?」
「ごめんなさい…。けいごのせいでおにいちゃん、まるかぶりちゃんとたべれなかった…」
は、少し目を丸くして、それから破顔した。しゅんと項垂れる景吾の頭をポンポンと叩く。
「いいんだよ。俺の分まで景吾がちゃんと食べてくれただろ?」
まだ少し赤みの残る柔らかい頬を軽く引っ張ると、景吾はようやくいつもの愛らしい笑顔を見せてくれた。
「さあ、次は豆撒きをしよーぜ!」
両家の父親が扮する2匹の鬼に向かって、5人の元気な掛け声と笑い声が響いた。
「鬼はー外、福はー内っ!」