ほっかほか
日曜日。2階からバタバタと足音が降りてきた。最初に亮、次いで慈郎の黄色い頭、最後に2人の後をトコトコとついてきた景吾が顔を覗かせる。時計の針は、3時を示していた。
「お母さん、腹へった!」
「おやつ、おやつ〜」
ほんの数時間前に昼ご飯(景吾はランチという)を食べたばかりとはいえ、食べ盛り。全身で目一杯遊べば腹も減るだろう。亮と慈郎にとっては、3時=おやつの時間。時計を見ながら今か今かと待ち侘びて、3時になると同時に階段を駆け降りて来たに違いない。
「」
両脇から亮と慈郎にせがまれた母さんは、やれやれといった表情で俺を呼んだ。
「皆連れて行っといで」
財布からお金を手渡された。亮と慈郎に上着を着てくるように言って、景吾には送って来た執事さんから預かったコートを着せてやっている。時折暖かい日もあるが、まだまだ外は寒い。5分後、俺たちは5人揃って玄関を出た。
向かう先は、近所のパン屋だ。そこに何があるかわかっている亮と慈郎は、はしゃいでいる。
「おら! おまえらちゃんと前見て歩け」
ようやく大人しくなって、どこに行くのかも何をしに行くのかもわかっていない景吾を挟んで手を繋ぐ。仲良く並んで歩く3人の後を、俺とが続いた。
「おれピザ!」
到着した店内で、早速亮が声を上げる。それに慈郎が続いた。
「おれはねぇ〜あんまん!」
ここのパン屋は、冬になると中華まんの機械が登場する。今日のおやつは、この中華まんだ。
「景吾は何にする?」
景吾は、四角い箱の中から出てくる中華まんなんて見るのも初めてだろう。きょとんとはてなマークを浮かべている景吾に、が「これの中には何が入っていて」と説明してやっている。
「けーちゃんは、おれと同じあんまんだよね〜」
「アン・マン?」
「あまくっておいC−よ♪」
「sweet…」
甘いものが好きな景吾は、口元を綻ばせた。
「景吾はあんまんで決まり。俺は、ピザにしよ」
「おばちゃん、あんまん2つとピザまん2つ、それと肉まん1つちょうだい」
顔馴染みのおばちゃんに注文する。
「今日は、随分可愛い子も一緒なのね」
「景吾っていうの。俺たちの友達!」
慈郎の言葉におばちゃんは、ニコニコと笑いながら中華まんを袋に入れてくれた。
2つに分けて入れられた袋を俺とで一つずつ持って店を出た。袋を持つ手と、抱えた腹の辺りが温かい。
「兄ちゃん、早くくれよ!」
急かす亮に、俺が持っていた袋の中から一つを取り出して渡してやる。傍らでは、が一つを慈郎に手渡し、もう一つを景吾に渡そうとしていた。だが、景吾は手を出さずに、困った顔で立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
「……じいやが立って食べたらいけませんって…」
俺とは顔を見合わせた。すっかり食べる気満々だった亮と慈郎も、立ち止まっている。そうだった。景吾は、執事歴数十年の爺やさんにきちんと躾けられた生粋のお坊ちゃまだった。道で立って食べるなんてできるはずがない。ガシガシと頭を掻きながら視線を上げると、ある場所が目に入った。それぞれピザまんとあんまんを手にこちらを窺っていた亮と慈郎に声を掛けて、そこへ移動することにした。
そこは公園で、3人をベンチに座らせた。せめて座ってなら景吾も食べられるだろうという苦肉の策だった。
「ほら」
ベンチにちょこんと座った景吾のふわふわの手袋を外してやって、その手に袋から取り出したあんまんを乗せようとして、ちょっと考えて袋ごと手の上に乗せてやった。景吾は、食べ物に直接手を触れることに抵抗があるだろうと思ったからだ。
「うわぁ〜あったかい」
景吾は手に乗った温かさに瞳を輝かせた。
「食べろよ」
「でも……お外で食べてもいいの?」
「いいんだよ。こういうのはあったかいうちに食わねぇと。家に着くまで待ってたら冷めちまうだろ」
そう言って自分の肉まんに齧りついて見せた。
「ほら、景吾も早く食えよ。冷めちまったら美味くねぇぞ」
意を決したように景吾は、両手で持ったあんまんを恐る恐る口に近づけた。
「熱いから気をつけろよ」
小さな口があんまんに歯型をつけて、ハフハフと口の中で欠片を転がす。コクンと喉が鳴って、白い頬に赤みが差した。
「おいしい」
「だろ?」
景吾はにっこりと微笑んで大きく頷いた。どうやらあんまんが気に入ったらしいその様子に俺たちも嬉しくなる。
「景吾、そっち一口くれよ!」
景吾が返事をするより先に、亮が景吾のあんまんにガブリと齧りついた。驚いて瞳を丸くしている景吾のあんまんには、景吾がつけたよりも大きな齧り跡。
「亮、おまえなぁ」
「いいじゃんかよ、おれのもやるから。ほら景吾、ピザまんだぜ。食ってみろよ」
きっと景吾は、人と同じものに口をつけるのも初めてなんだろうな。そう思ったが、そんなこと亮はお構いなしだ。
「な、美味いだろ?」
「ずっるーい、りょーちゃん! おれも景吾と食べ合いっこする〜」
「バーカ。ジローと景吾のいっしょじゃん」
食べ終わった3人は、元気いっぱい公園で遊び始めた。
こうして景吾坊ちゃまは、少しずつ悪いことを覚えていったのだった。