誕生日の贈り物

「お帰り。お邪魔してる」

 家に帰ると、リビングに景吾がいた。

「ああ、ただいま」

 ソファーに座って本を読んでいたらしい。亮が出したのか、それとも景吾が自分で淹れたのか、テーブルには半分ほど減った紅茶の入ったティーカップ。ちなみに茶葉は、景吾が定期的に持って来て我が家に置いていく物で、跡部家が海外から取り寄せている一品だ。
 景吾は氷帝学園の制服のままで、学校帰りに家に寄って行くことは珍しくもないのだが、弟の亮の姿が見えないことが気になった。室内を見回してみても、景吾の他には誰もいない。

「……亮か?」

 景吾が家に居る理由は、少し考えれば思い至った。案の定、景吾は少し渋い顔を作りながら頷く。

「アイツ、試験前だってのに全く何もやってないっていうからさ」

 やれやれと肩を竦めながらも瞳と口元は笑っているから、最早慣れっこといったところか。
 試験前の景吾による家庭教師も、恒例行事だ。亮が無事に氷帝で進級できているのも、ひとえに景吾の尽力の賜物であることは言うまでもない。

「いつもながら、愚弟が面倒掛けるな」
「誰が愚弟だ、バカ兄貴!」

 扉を壊さんばかりに勢い良く開いて、亮が現れた。いつの間にか2階の自室から降りてきていたらしい。

「景吾! 言われたところまで終わったぜ。これ以上は一人じゃ無理だ、ぜってーに無理! 解ける気がしねえ!!」

 妙に自信満々に言い切る亮に、景吾は心底呆れた表情で大袈裟に溜息を吐いた。

「ああ、わかったよ。今行くから、喚くな」

 やれやれとぼやきながら、手にしていた文庫本をテーブルに置いて景吾は立ち上がった。

「それじゃ、行ってくる」
「おう、よろしくな。終わったら、飯食っていけよ。母さんに言っておくから」

 綻んだ顔で頷いて、景吾は亮の後を追って階段を上っていった。
 リビングに一人になった俺は、何気なくテーブルに残された文庫本に目を留めた。

「あれ…これって……」

 本の頭から青色のリボンが覗いていた。ページ閉じてしまわないように注意しながら、間に挟まっているものをそっと引き抜く。

「……まだ持ってたのか」

 それは、押し花で作った栞だった。


『けーちゃんのたんじょうびプレゼントなにあげよう』
『けいごはたくさんいろんなものをもってるぜ』
『きっとプレゼントもいっぱい貰うだろうしな』
『何をあげたら喜ぶだろ』
『あっ、そうだ!おれ、けーちゃんのおかおをかく!』
『それいいね』
『おれもかくぜ!』
『にいちゃんたちは、「おたんじょうびおめでとう」ってかいてよ!』


 まだプレゼントを買えるお小遣いもなかったガキの頃。景吾の誕生日に何をあげればいいのか困った俺たちは、4人で相談して似顔絵をプレゼントすることにした。亮と慈郎が景吾の似顔絵を描いて、俺とがメッセージを書いた。亮たちが描いた絵は、空色のクレヨンで大きな瞳が描かれていた。そして、みんなで花を摘んできて、綺麗な青いリボンを結んで渡した。
 景吾は、綺麗な紙やリボンで包まれた大きな箱をいっぱいもらっていて、それらで景吾の部屋は一杯になった。だから、正直俺は、景吾が俺たちのプレゼントを本当に喜んでくれるのか不安だった。けれど景吾は、俺たちのプレゼントを心から喜んでくれて、とびっきりの笑顔を見せてくれた。景吾にとっては、初めての友達からのプレゼントだったのだ。
 景吾は花が枯れるのが嫌だと言って、メイド頭の婆やさんが押し花にしてくれた。そうして出来上がったのがこの栞だった。
 それを、十年近く経った今でも大切に使っていてくれるとは思わなかった。景吾が好むハードカバーには到底不釣合いなのに。


「景吾。あの栞まだ持ってたんだな」

 なんとか亮の試験勉強も一段落がつき、景吾も一緒に囲んだ食卓で、あの栞のことを訊いた。

「ああ…うん」

 景吾は、口の中で咀嚼していたものを飲み込んでから、少し照れたように頷いた。

「栞って、俺たちがやった花で作ったやつかよ? おまえ、まだ持ってたのか!?」
「おまえと違って、俺様は物持ちがいいんだよ」

 ちなみに、亮と慈郎が描いた空色のクレヨンを塗りたくった目玉お化けの絵は、何千万もする絵画を飾るための、それだけでも一体幾らするんだという額縁に収められていたりする。
 さあて、今年のプレゼントは何にしますかね。