『TASTE』
コトリ、と静かな音をたてて、セナがテーブルの上に皿を置いた。
「ハイ、出来ましたよ」
「ん」
白い皿の上で、小さめのオムレツが白い湯気を放っている。
ヒル魔は、読んでいた雑誌から顔をあげると、それを食べ始めた。
「これくらい、自分で作れるんじゃないんですか?」
ため息をつきながらそう言って、セナが隣に座る。
部活後、ヒル魔の家へ連れられ、軽い食事を作らされる、というのはすでに珍しいことではない。
良心共働きのせいか、セナは通常の男子高生で考えると、料理は上手い方である。
慣れ、という点では、多分そんじょそこらの女子よりも。
そんなセナを、ヒル魔がちょうどいいコックとみなしたかどうかは知らないが。
ともかく、時折こうして連れてこられては、ちょこちょこと何かを作るのは、セナの日常ともいえた。
ヒル魔は、無言で出されたオムレツを食べている。
この後、ちゃんと夕食も食べるのだ、
と思うと、どちらかといえば少食なセナは、呆れにも似た感心を覚えたが。
(少なくともセナと比べて)背が高く、しかもアメフトのハードな練習をこなした後なのだから、仕方ないのかもしれないと思った。
加えて、常にこの男のようなテンションでは、人よりエネルギー消化は激しいかもしれない。
自分は家に帰れば夕食が待っているし、なすこともなくセナは、黙ってヒル魔の食べている様子を見ていた。
1人分、というにも少し小さなサイズのオムレツは、この後夕食を食べるのだろう、と考えたセナなりの考慮。
どうやら小さかったらしく、すでに、ほぼ食べ終わりかけている。
「あの、おいしいですか?」
「あ?・・・まずかったら喰わねーよ」
なるほど、と。
いかにもヒル魔らしい返答に、苦笑しつつも頷く。
「ヒル魔さん、聞かなきゃ何も言ってくれないからなぁ・・・・・・」
「はぁ?」
ヒル魔が顔をあげた。
頭の中で思っただけだったのだが、声に出してしまったらしく、それに気付いてセナは慌てた。
「あ、いや・・・ヒル魔さんは聞かなきゃ、おいしいともまずいとも言ってくれないなぁって・・・不安じゃないですか、そういうの」
「ふぅん・・・?んなもんか?」
「そう・・・じゃないですか?」
「俺は人に飯作ったことなんかねーから、知らねーよ」
・・・・・・そりゃそうだ、とセナは頷いた。
この人の性格では、人に料理を作るなんてありえるはずも無い。
大体、男子高生にして他人に甲斐甲斐しく食事を作っている、という構図のほうが、一般的に見て珍しいのだ。
「でも、何の反応も無いのって、作り甲斐も無いですし・・・・・・それに、おいしいかどうか気になりますよ、作った本人としては」
別に自分は、一流の料理人なわけでもなく、料理を作ることに情熱を賭けているわけでもないが。
どうせ作ったからには、おいしいのを食べてもらいたいと思うのは、普通に当然じゃないだろうか。
「ハイハイ、うまいうまい」
「・・・・・・・・・いいですよ、無理にいわなくったって・・・・・・」
「うまいのは本当だぞ」
「・・・・・・はぁ、どうも・・・・・・」
セナは口ごもったように答えた。
(なんかヒル魔さんに褒められる(?)って言うのも、慣れないなぁ・・・・・・なんて返事したらいいのかわかんないや)
・・・・・・等と考えていたことを知られれば、痛い目を見るのは目に見えているが。
思えばセナなりにもアメフト部には尽くしている気がするのに、ヒル魔に褒められた覚えが無いというのも物寂しい。
黙り込んだセナを見て、信じてないとでも思ったのか、ヒル魔が
「別に嘘ついてんじゃねえって」
と、付け足した。
はっとしてセナが顔をあげると、ヒル魔の片手が伸びてきている。
とっさに「殴られる!」と、思い、
「い、いや、分かってますよ、ちゃんと・・・・・・」
と言いかけたセナの後頭部を、ヒル魔の右手が掴んで、思いっきり引き寄せた。
抵抗する暇もなく、素直にその力に従うしかなかったセナの唇を、ヒル魔の唇が捕らえる。
「・・・・・・・・・・・・」
呆然として、反応も出来ないでいるセナを尻目に、ヒル魔が口内を割って入る。
セナの舌に、生暖かい感触が伝わった。
とたん、それまでどこかへ飛んでいってしまっていたセナの意識が、一瞬にして元に戻る。
「・・・・・・・・・っ!!?」
反射的にヒル魔を突き飛ばすような形で、触れていた唇を離した。
が、唇は離れたものの、飛んだのはヒル魔ではなく、セナだったあたりが、その体重と力の差をうかがわせる。
「な・・・なっ何・・・・・・」
真っ赤な顔で口をパクパクさせるが、それは全く言葉になっていない。
動揺を通り越して、パニック状態に陥っているようだ。
対するヒル魔はと言うと、
「お前が心配そうにしてるから、味見させてやったんだ。うまかっただろーが」
と言いながら、何事も無かったかのように最後の一口を口に運んでいる。
「そっ・・・・・・そんなん・・・・・・」
「・・・・・・つーか落ち着いてしゃべれよ、お前」
自分がしたことも棚に上げて、とも思うが、とりあえずセナは言うとおりに、呼吸を整えるべく何度か深呼吸をする。
「そんなので、わっ、分かるはずないでしょうっ・・・・・・」
口移しなんかで、とは、さすがに言えなかった。
「そーか?んじゃもっかいするか?」
「っ!!!!!いいです、結構です、しません―――――!!
あ、あの僕っ、夕食出来てると思うんで、家帰らないといけないしっ・・・・・・その・・・か、帰りますーーっっ!!」
日本語として成り立つかどうか、まさに微妙な線で叫びながら、セナはその俊足で飛ぶように出て行った。
その反応を面白がるように、ヒル魔が笑った。
「・・・・・・まぁ、イマントコロはこんなもんかねぇ・・・・・・?」
と、セナが聞いたら、それこそゆでタコのようになって逃げ出すであろう言葉を吐きながら。