『元旦迎え』
紅白も終わって、テレビでは今年1年を振り返る報道ばかりが続く頃。
あぁ、今年もまた終わるんだなぁ・・・、なんて。
既に年越しは、人生において16回目。
そろそろ、毎年毎年正月を感動的に味わう歳でも、無いかもしれない。
とはいえ、日本人たる者、矢張り年と年の変わり目に、ある程度の感慨は持っていたいところ。
僕は、手につかないままの冬休みの課題を前に広げて、傍に置いた携帯を眺めていた。ふと、時計に目を向ける。
11時35分。
小学生じゃないんだし、年越しの瞬間くらいは起きていよう。
・・・・・・でも、明日の朝にでもなれば、多分、まもり姉ちゃんが初詣にでも誘いに来る。
・・・とすると、早く起きれるように、早く寝ておいたほうが、いいのかも知れない。
とは思うけれど、どうしても足はベッドには向かなかった。
どうしてかは、分かっている。
待っているのだ。
こんな夜中に、さすがに自宅の電話にはかけて来ないはず。
なら、携帯電話に。
約束があるわけでもない電話に、どうしても意識を集中させてしまう。
そんなに気になるなら、自分からかければいいのだが。
だって、あの人は携帯なんか持っていない。
かかるかどうかも分からないはずなのに、どうしても気になってしまって、就寝できないでいる。
こんなことなら、昼間のうちか、前々から約束でもしておけばよかったなぁ・・・・・・。
なんて思ったとき。
待ちわびていた、携帯の着信音。
「っ!!」
慌てて通話ボタンを押した。「っもしもし?」
「もしもし・・・・・・小早川か?」
「・・・・・・はい」
デジタル化された彼の声が聞こえ、思わず僕は顔をほころばせた。
・・・・・・自分の部屋でよかった。
「・・・・・・随分早かったな、取るのが」
「え・・・あ、す、すぐ近くに置いてあったんで。アハハ・・・」
携帯を前にして、待ちわびていた・・・・・・のがばれた気がして、恥ずかしくなって、笑って誤魔化す。
「今、出て来れるか?」
「え?い、今、ですか?」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
確かに僕は、電話を待っていた。
勿論、この、進さんからの。
けど、それは、明日の初詣の約束を・・・・・・、ということだったのだけど。
今から・・・?
「無理か?・・・・・・まぁ、遅いから無理にとは言わないが」
と、受話器の向こう、進さんが諦めかけた。
慌てて否定する。
「あ、い、いえっ、大丈夫です。・・・・・・あの、どこに行けば良いですか?」
「・・・・・そうだな、○○公園まで、来れるか?」
「分かりました・・・・・・時間は?」
「俺はもう来ているから、時間は決めなくて良い」
「い、今そこに居るんですか・・・・・・?じゃ、すっ、すぐに行きますねっ」
「え?いや、そんなに慌てなくても・・・・・・」
ピッ。
進さんの返事が返ってくるのを待たずに、僕は携帯を切った。
時頃は真冬の、そして真夜中。
寒くないはずが無い。
家から待ち合わせ場所まで、走っていけば10分程。
寒いまま10分も20分も、進さんを待たせたくは無かった。
急いでコートを羽織って、かばんとお財布だけ持って、玄関口へ急ぐ。
「ちょっとごめん、行ってきまぁす!」
それだけ玄関から告げると、母さんの慌てた声の聞きとめず、外に飛び出した。
「っうわ・・・・・・」
やっぱり、相当寒い。
こんな中で待ってるなんて・・・・・・。
「早く行かなきゃ」
と、僕は走りにくいコートにいらいらしながら、全速力で公園へと向かった。「こっ、こんばんはっ・・・・・・っはぁ、はぁ・・・進さん・・・・・・」
息切れしながら、ようやくたどり着いた僕は、進さんの前でへたり込みそうになった。
時計を見ると、ジャスト8分。
足が速い、というのが、そういうときだけは心から良かったと思う。
「大丈夫か・・・・・・?そんなに急がなくても・・・・・・」
肩で息をしている僕を見て、進さんが心配そうに声をかけてくれた。
「い、いえ・・・・・・・大丈夫、です」
心配無用、と笑ってみせる。
進さんは、僕の呼吸がある程度整うまで、待って
「そこに座るか」
と、ベンチを指差した。
「あの、どうしたんですか、急に・・・・・・?」
こんな夜中に、外に呼び出すなんて、常識人(笑)の進さんにしては珍しいなぁ、と。
思って訊ねてみた。
「いや、初詣の約束を、そう言えばしてなかったと思ってな」
「はぁ・・・・・・」
確かにしていなかった。
そして、実際僕も、『それ』を待ってはいたのだけど。
「でも、それだったら電話でも良かったんじゃ・・・・・・?」
わざわざ、こんな寒い時間に外出・・・・・・、しかも、あからさまに僕の家のほうが近い公園で、待っていてくれるほどのことがあるだろうか?
「今から行くんだ、参拝しに」
「へぇー、今から・・・・・・って、今から?ですか!?」
余りにも淡々と答えた進さんに、僕は反応が遅れてしまった。
というか、随分とマヌケな反応に・・・・・・(涙)。
「え、で、でも今、夜中ですよ・・・・・・」
「明日の朝は、あの幼馴染の人と行くのだろう?」
まもり姉ちゃんのことだ。
「そっちは断れば良いですけど・・・・・・」
「毎年一緒に行っている人だろう、突然断ることも無い」
「・・・・・・そう、ですか・・・・・・?」
いつも通りの無表情だけど、さりげない気遣い・・・・・・というか、優しさが分かる。
有難うございます、と僕が言いかけると
「それに・・・・・・」
進さんが、腕時計をちらりと見た。
そして、何かに気付いたようにそれを僕にも見せる。
(・・・・・・そう言えば慌ててたから、自分の腕時計なんかはめてこなかった)
時計の液晶画面は、12時2分を示している。
「あ・・・・・・・・・・」
年が、明けたんだ。
「年越しの瞬間を、小早川と迎えたかった・・・というのも有るしな」
「・・・・・・・・・・・・」
静かな声で言った彼に、答える言葉をなくす。そっか・・・・・・。
それで、わざわざこうして来て、呼んでくれたんだ・・・・・・。「・・・・・・明けましておめでとうございます。進さん」
なんだか嬉しくなって。
笑顔で、改めてそう、新年の挨拶をした。
一年の最初に、進さんに挨拶できた。
進さんはきょとんとした表情(レアだ・・・)を一瞬。
そして、すぐに表情を緩めた。
「明けましておめでとう」「じゃあ、年も明けたことですし、初詣、行きましょうか?」
「そうだな」
「なんか本当に、“初”って感じですね・・・・・・」
「あぁ・・・、確かに、な」
「このまま、初日の出も見れたらいいのになぁ・・・・・・」
「それは長すぎだろう・・・・・・。小早川、少しはしゃぎ気味じゃないか?」
「えっ、そ、そうですか・・・・・・?(は、恥ずかしい・・・)」
・・・・・・・・・・・・今年もよろしくお願いします。
END