『初練習?』
一月一日、元旦早々。
ヒル魔の所持する携帯(の1つ)に、メールが1つ。
“朝からすみません、今から出られますか?”
泥門高校前。
まだ、陽は真上までは上っていない。
ヒル魔は、後数分でやってくるはずの人物を待つ。
元旦の朝から、非常識にも自分をメールで呼び出した後輩に。
どんな制裁を加えてやろうか。
考えながら連れてきた愛犬、ケルベロスは、既に戦闘準備体勢。
見た瞬間凍りつき、尻込みするであろう後輩を想像して、ヒル魔は嫌な笑みを浮かべた。
「す、すみません・・・・・・いきなり、呼び・・・出して」
待ち合わせ5分前に到着した、彼の後輩、小早川セナは、肩で呼吸。
駅から全速力で走ってきた証拠だ。
が、それに甘んじて許容範囲を広めるほど、ヒル魔は出来ていない。
「おっせーよ、糞チビ!自分から呼び出しといて」
「す、スミマセン〜〜〜ッ」
平に平に謝りながら、脇に控えるケルベロスの唸り声に表情を固めるセナ。
それに気付いたヒル魔は、愉快そうに。
「くだんねェ用事だったら、どうなるか、分かってんだろうなぁ?」
と、どういうつもりか、持参してきた“ほね元気”を、これ見よがしにちらつかせた。
「・・・・・・・・・・・・っ」
当然セナの顔は、顔面蒼白になり。
「く・・・・・・、くだらないかもしれないんですけど・・・・・・」
この後自分に起こりうる、惨事に、寒さとは違う意味で身体を震わせながら。
一枚の紙切れを、差し出した。
「なんだ?」
「・・・・・・年賀、状・・・・・・です」
見れば、コンビニなんかで売っているような、干支のイラストに。
『明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします』
と、御決まりのご挨拶。
そして、セナの手書きらしい、几帳面な文字が数列。
『昨年は御世話になりました。
今年は御手柔らかに頼みます。
新年の練習再開を、楽しみにしてます。』
まぁ、彼らしいような、礼儀正しくも簡潔な文章。
「・・・・・・こんなもん渡しに来たのかよ?」
「す、すみません・・・・・・住所、分かんなかったんで・・・・・・。
それに、どうしても今日渡したかったんですよ。せっかくの年賀状だから」
いつもお世話になっているまもり姉ちゃんは勿論、去年お世話になった栗田さんにも、年賀状を書いて。
いざ、ヒル魔さんにも書こうと思ったところ。
彼のみ、住所が不明である、と気付き。
「だから、もう直接手渡ししてしまおう、って思って・・・・・・」
確かに、年始早々外へ呼び出すほどの、用事ではなかったかも知れない。
セナは、純粋に悪かったなぁ・・・・・・、なんて思ったりもしたが、もう遅い。
ケルベロスの目は、こちらをしっかり威嚇している。
こ、殺されるかもしれない・・・・・・。
元旦だと言うのに、セナは、心の中で“アーメン”と唱えたが。
「ふ〜ん?ま、貰っとくか」
ヒル魔は、意外にも穏やかに、そのはがきを上着のポケットにしまった。
そして、一言。
「あ、言っとくが、俺は年賀状書いてねーぞ」
「あ、はい・・・・・・・それは」
もとより、ヒル魔が年末に年賀状を書くような人にも見えないので、あっさりと受け取るセナ。
こうして会ってしまった以上、年賀状に意味が有るやら無いやら。
そんな事実に、少し首を捻りながらも、受け取ってもらえたことを(しかも平和に)とりあえず喜ぶことに。
「・・・・・・あ、じゃあ、それだけなんで」
本当にくだらないことで、すみませんでした、と。
ケルベロスの戦闘ボルテージが上がる前に、退散してしまおうと、さっと踵を返しかけると
「オイ、ちょっと待て」
と、有無を言わさぬ声で呼び止められ。
とうとうケルベロスの出撃か?と、一瞬身を固めて振り返ると、ヒル魔が校門を開けていた。
「えぇっ!?な、何で・・・・・・・・・どうやって・・・・・・?」
鍵がかかっているはずの門を・・・・・・、と素直に驚いてみたりもしたが。
今更この人にそんなツッコミは無意味だ、とは、既に去年で経験済み。
入って来い、と指で指図されれば、馬鹿正直にも、セナはそれに従った。
「あ、の・・・・・・、中で何するんですか?」
「せっかくここまで来たんだ。初練習」
「だっ・・・・・・、今日は進入禁止ですよ?先生に見つかったら、怒られ・・・・・・」
「先公?俺に?誰が?」
「・・・・・・・・・・・・誰・・・・・・も、居ませんね」
「ケッケッケ、後で40ヤード測るからな。いいタイム出せよ?ケルベロス無しで」
「・・・・・・ハハ・・・・・・」
結局、今年もこうして、この人のペースで引きずられてしまうのだろうか、と。
新年早々、今年を暗示するかのような1日。
まぁ、それならそれでも・・・・・・頑張るか、な。
なんて、半ば諦めたようにそれを受け入れながら。
隣で、既にアメフトのことしか考えていない、まさにアメフト部の鏡のような先輩に。
「今年も宜しくお願いします、ね。ヒル魔さん」
と、今年初めて、笑って見せた。
一方ヒル魔。
そう言われて、
「・・・・・・あぁ・・・」
と、生返事を返しながら、件の年賀状に書かれた一説を思い出す。
『今年は御手柔らかに頼みます。』
つまり、去年は“御手柔らか”ではなかった、と。(自分でも分かってはいたが)
「・・・・・・・・・・・・ま、新年だしな?」
「は?」
唐突な呟きに、意図がつかめず訊き返したセナの額を、手のひらで軽くはたく。
「っいたっっ」
「しゃーねぇ。40ヤードダッシュ3回したら、切り上げて昼飯行くぞ。
奢ってやるよ、お年玉代わりにな」
END