『Love Song』
ヒル魔さんの自宅で、紅茶をご馳走になる。
と言うのは、最近の僕の日常である。
ヒル魔さんと・・・・・・所謂『恋人同士』と世間で呼ばれるような関係になって、しばらく。
こうやって部活帰りにちょくちょくヒル魔さんの家に寄るようになって、僕は初めてヒル魔さんがコーヒーを入れるのが上手い事を知った。
「すごいですねー」
と、僕が素直に感心して言うと、彼は
「自分が飲むから自然にな」
と、にべもなく言ったが。
コーヒーは確かにおいしかったのだが、実は自分はコーヒーは苦手な方。
どれだけミルクや砂糖を入れても、微妙に残るあの苦味に勝てないのだ。
・・・・・・ヒル魔さんには、『ガキ』と馬鹿にされたけれど・・・・・・個人の味覚にけちをつけられる覚えは無い。
と言うわけで、ヒル魔さんの家では僕は専ら紅茶をご馳走になっていた。
『このまんまじゃ俺は、紅茶入れんのまで得意になっちまうだろーが』
と、ヒル魔さんは悪態をついたが、パックを入れてカップに湯を注ぐだけの紅茶に、上手下手があるだろうか?
僕が紅茶を飲んで、冷えた体を温めている時間。
それは、普段のヒル魔さんからは想像もつかないくらい静かな時間で。
紅茶を飲んでる時位は、と僕に気を遣ってくれているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
大概そういう時間は、ヒル魔さんはアメフトの試合のテレビを見ていたり、雑誌を読んでいたり。
本当にアメフトが好きなんだなぁ、と思う。
僕もアメフトにはそれなりに惹かれているけど、この人に比べたら、まだ足元にも及ばないに違いない。
普段のヒル魔さんは恐怖以外の何者でもないけど(失礼)、アメフトやってる時は男の僕でもかっこいいと思うもんなぁ・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・って、何を考えてるんだ、僕は。
ふと頭に浮かんだ、我ながら恥ずかしい思考を、頭をぶんぶんと振って振り払った。
けれど、アメフトをやっている彼に、僕が少なからず憧れを抱いているのは本当だ。
あんな風になりたい・・・とまではさすがに思わないけど。
自分の理想の一種とでも言うのだろうか・・・・・・?
なんてことを考えながら、何時の間にか僕の視線はヒル魔さんに釘付けになっていたらしい。
「オイ、何じろじろ見てんだよ?」
と、ヒル魔さんの訝しげな問いかけで、僕ははっと我に返った。
「えっ?あ・・・・・・あ、いえっ、何でも・・・・・・」
「無いわけ有るかよ、ずーっとボケっとしてたぞ」
ずいっと顔を近づけて、まぁ、いつものことと言えばいつものことか、と付け足す。
・・・・・・・・・遠慮と言うものは無いんだろうか、この人の言葉には。
かっこいいので見とれてました、なんで言うと、少し(どころか相当)誤解が生じる。
見てた、というよりは視線を動かさないままボーっとしてた、のほうが正しいのだ。
あぁ、そういう意味では、ヒル魔さんの言葉は的を得ているのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
答える術も無く、どう答えようかと迷っていると、ヒル魔さんが合わせたらしいラジオから、別の曲が流れ始めた。
どうやら、リスナーのリクエストに答える番組のようで。
さっきから流れる曲は、新曲も有れど僕らから言って懐かしい曲も、いくつか流れている。
・・・・・・・・・・・・いいなぁ、この番組。(後でどの局かヒル魔さんに聞こう)
で、今流れ出した曲も、かつて僕のお気に入りだった曲だった。
「あ、この曲・・・・・・」
話題をそらしたかった・・・と言うわけではないが、ちょっとした嬉しさもあいまって、思わず僕は呟いた。
イントロですでに分かるのは、それを気に入ってた頃、繰り返し聞いていたからだ。
そう言えば最近聞いてなかった、と、懐かしさからも余計に耳が傾く。
「なんだ、この曲知ってんのか?」
ヒル魔さんが聞いた。
表情を見ると、多分、聞いたことは有るけど気に入るほどではなかった、という感じだろうか。
「あ、はい・・・・・・昔好きだった曲です」
「ふーん・・・・・・」
曖昧な相槌を打ったヒル魔さんは、なぜか視聴体勢。
「ヒル魔さんも好きなんですか?この曲」
自分の予想・・・というほど大げさなものでもないけど、推測は外れたのかと思った。
「いや、別に。お前の好きだっつー曲、聞いとこうと思ってな」
「・・・・・・・・・・・・そうですか」
思わず一瞬言葉を紡げなかった。
いやいや、ここは照れるようなところでもないと思うんだけど・・・・・・。
でも。
こうも普段他人に無関心そうなヒル魔さんに、好みに関して少しでも関心を持たれると、何か特別な感じを持ってしまうのだ。
ヒル魔さんは、意外に曲に集中してくれているようで、僕の方を見ようとはしない。
とりあえず、顔が赤いのを見られることはなさそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・よかった。
自分が動揺を簡単に顔に出してしまう性分なのは、嫌と言うほど承知しているので、こういう時に気を遣う。
昔繰り返し聞いていた、ノリの良い曲は、サビに入っていた。
I’m fallin’ love......
I’m fallin’ love again 忘れられないで あなたに堕ちてく
I’m fallin’ love......
I’m fallin’ love again 気になって あなたに困ってゆく
・・・・・・・・・・・・そう言えば、コレを何度も聞いていた頃は特にそんなの気にしないで聞いてたけど。
ラブソングだったんだなぁ、これ・・・・・・。
しかも結構な。
コンポから聞こえる女性ヴォーカリストの声に、あの頃と変化があるはずも無く。
昔好きだった音楽と歌声には、ある種の懐かしさと感慨を覚えながら、耳を傾けるが。
・・・・・・・・・・・・落ち着かない。
のは、多分僕がこの歌詞の意味を、こんな風に考えてしまったからだ。
普通なら、別に歌詞の意味までいちいち考えたりしないだろう。
意識する方がおかしいんだ。
そう思って、平静を装って何気なくその曲を聴いているように装っていたけれど。
自他共に認める小心者の僕が、必要以上に纏った緊張の空気は、ヒル魔さんへも伝わったのだろうか。
不意に、ヒル魔さんがこちらを振り向いた。
・・・・・・・・・・・・なんてタイミングの悪い。
この曲と言い、ヒル魔さんと言い。
僕は必死に、普通の表情でいようとしたのだが、所詮は無理だったのだろう。
「・・・・・・何お前緊張しきった顔してんだよ?」
と、不信な顔をして、ヒル魔さんが疑問を口にした。
「いやぁ・・・・・な、何でも・・・・・・・ハハハ」
答えられずに空笑いをしていると、その間も絶え間なく流れていた曲は、2番のサビに入った。
それを聞いて、彼は思い当たったように口の端を歪める。
・・・・・・げ・・・・・・。
「ふぅーーん?この歌詞かぁ・・・・・?」
「ち、違・・・・・・」
言いかけたが、『違いますよ』とあの問いかけにいきなり答える次点で、本当はすでにおかしい。
もともと、僕みたいな馬鹿正直な人間が、この通常の人間の3倍は鋭そうなこの人を誤魔化せるはずも無い。
「ナカナカ素敵な歌詞だなぁ?」
と、咽喉を鳴らして笑う彼は、僕から見れば、愉しいおもちゃを見つけた悪魔、と言った所だろうか。
答えようも無く、僕は
「そ、そうですね」
と曖昧に会話を合わせておく位しか出来ない。
せっかく、穏やかな時間だったのに。
自分がそんなことを少しでも思い当たったことが恥ずかしいやら、それを気付かれたことが情けないやらで、逃げたくすらなった。
あぁ、何で僕は・・・・・・、と、もはや自嘲気味にさえなりかけた時。
突然。
思いっきり腕を引っぱられた。
「うわっ!?」
当然支えるものも無く、引力に従って倒れるしかなかった僕の体を支えたのは、ヒル魔さんのもう片方の腕。
そのまま、ヒル魔さんより一回りは小さい僕の体は、彼のその中に綺麗に収まってしまう。
彼の両腕は、僕の方から腰に回されていて。
・・・・・・と、出来るだけまどろっこしい表現を使って、避けてしまいたいけれど。
誤魔化しようも無く、今の状態は正真正銘、ヒル魔さんに抱きしめられている状態だ。
「なっ、ヒ、ヒル魔さん!?ちょっ、は、放してくださ・・・」
敵わないと知りながらも、一応有りったけの力で抵抗しようともがくと
「糞チビ、大人しくしてろ!」
と、数倍もの腕力を以て制される。
これ以上抵抗しても、抱きしめられる力が強くなるだけだ。
そう思うと、抵抗は止めざるを得なかった。
ようやく大人しくなった僕を察知して、ヒル魔さんが腕の力を緩める。
そうして、いくらか寛いだ状態(と言っても、僕としては緊張で寛げる筈もないのだが)になって。
「せっかく珍しくいい雰囲気になってんだろ」
静かに、そう呟いた。
人が、タイミングが悪すぎる、なんて嘆いているのに。
この人は寧ろ、それを利用する・・・・・・出来る。
大体にして。
僕とは、力も性質も、どうしてこんなにってくらい違うんだ、この人は。
既に抗い得ないことを、悟りながら。
好機だろうが何だろうが、全て自らの物としてしまうその力強い腕の中に
とりあえず、僕は自分の体重を全て預けてしまうことにした。