嫌いなモノに優しく接する必要なんて 無いと思うんだ。

 

だってさ、疲れるだけだし?

 

 

S・I・N

 


 
珍しく休日となった、ある日の午後。
カカシは森の木の下で、愛読書『イチャパラ』を開いていた。
本を読むのなら家でも出来るだろうに、と、ツッコミがきそうだが。
家なんかにいたら、いつめんどくさい仕事がまわって来るか分かったもんじゃない。
さっさと逃げておいた方がよい、というものだ。
ところで・・・先ほどからなにやら気になる気配。
こっちに殺意を向けているわけでもなく、不自然に隠すでもない。
少し離れたところに、意図も無く存在しているこの気配は・・・紛れも無く、うずまきナルトのもの。
「・・・ったく、あいつはあれでも下忍の端くれかねー?」
馬鹿正直なまでの気配に、教師らしく呆れながら向かう。
それでもどこか嬉しそうなのは、本当に成長していたら今ごろ自分は気付かないかもしれないから。
 
「お、いたいた」
カカシがナルトを発見したのは、例の英雄の名の刻まれた慰霊碑の前。
そういえばと、ここで下忍になる試験をしたことを、カカシは思い出した。
ほんの十数メートルしか離れていないはずのカカシに、ナルトは気付かない。
否、気付かないフリをしているのか、反応を見せないだけなのか分からないが。
ただただ、じっと慰霊碑を見つめていた。
拝むでもなし、睨むでもなし、泣くでもなし、無表情なまま。
(こんな表情する子だったかねぇ・・・?)
素朴な疑問を抱きながら、声をかける。
「おーい、ナルト?こんなところで何してんの?」
そう言って、頭にポン、と手を置く。
「カカシ先生・・・」
特に驚いた様子でもないところを見ると、気付いていないわけではなかったようだ。
体勢を変えることなく、頭だけこちらへ向ける。
「せっかくの休日なんだから、家で休んどけばいいのに」
もうしばらく休みなんて無いかもよ?と、笑顔で脅し文句。
一方ナルトは
「んー・・・」
と、珍しく曖昧な返事を返して。
「んで、何をそんなに真剣に見てんの、ナルト?」
カカシは話を元に戻した。
それが合図かのように、ナルトは視線を慰霊碑へと戻す。
今度はしゃがみこんで、刻まれている名前に目を向けた。
「こん中にさぁ・・・先生の親友の名前、在るって言ってた」
「・・・言ったねぇ・・・」
いつもの調子ではないナルトに、内心疑問符を浮かべつつ。
自分も何故か、つられたような雰囲気になって返す。
「それってさ、何年前に死んだ友達?」
「・・・・・・?」
「・・・12年前?」
カカシは思わずナルトを凝視した。
しゃがんでしまっているナルトの表情は、ここからは見えないが、たぶん無表情なことが分かる。
しゃがみこんだままのナルトを抱え起こしながら、
「違うよ」
と、返す。
ナルトがはじめて、正面からこっちを向いた。
「・・・ホントだってば?」
「あのねぇ、うそついてどうすんの。12年前っつったら、俺も少年でしょうが」
いつもの顔で、ナルトの髪を掻きなでる。
確かに、自分の親友は12年前に殉職したのではない。
が、12年前、つまり“例の事件”のときに殉職した仲間も、何人かは、いる。
もちろんそれは黙っておく。
それを言ったらナルトはどうするか・・・は、想像もつかない。
「ふーん・・・そっか。それもそうだってば」
「デショ?」
そう言って、また慰霊碑のほうに向き直ったナルトを、後ろからそっと抱きしめた。
「・・・先生?」
抵抗も、反応も見せないまま、ナルトが問う。
いや、呼びかけているのか。
カカシは答えない。
沈黙のまま、数十秒が過ぎる。
沈黙の10秒は、騒然の10分間。
そんな言葉が脳裏に浮かぶくらい、静かな時間の過ぎる速さは遅い。
「あのさ」
お互いに発する言葉もなくなりそうな頃、ナルトが会話を再開。
「なーに?」
「嫌いなのとか、むかつく奴に、優しくする必要って、無い・・・と思う」
「・・・?なんで?」
言葉の意図がつかめなくて、とりあえず聞き返す。
「だってさ、しんどくない?本当は憎んでるのにさ、隠して優しくすんのって」
「それは・・・、俺がナルトに優しくすること?」
「・・・・・・さぁ?・・・いろいろだってば」
答えようが無いのか、それともそうとしか答えられないのか、にごった返事。
「そうだねぇ・・・」
そう呟きながら、空を見上げる。
特に意味はなく。
木々の間から見える朱色は、そろそろ夕方が近い証拠。
腕に伝わってくる微妙な振動は、ナルトの肩がかすかに震えている証拠。
(平気な振りしてても、本当は怖がってるんじゃない)
だからって、ここで真剣な口調になったって、信用度が高くなるわけじゃないから。
「でもま、俺がナルトに優しくするのは、ナルトが好きだからだけどねぇ?」
こんなイイ台詞でも、いつもの調子で。
「・・・っ」
今日初めて見る、驚いた感じの表情。
「納得いかない?」
「・・・・・・」
無言のままうつむいて、首を横に振る。
「・・・・・・安心した・・・ってば」
と、また微妙な一言。
(それは・・・ちょっとは期待してもいいって言う意味の一言かねぇ?)
そんなことを考えながら、もちろん表情には出さない。
 
「さーてっと、もう夕方だねぇ・・・。夕飯はラーメンかなぁ・・・?」
「えっ、センセーっ、俺には俺には?」
瞬時、いつもの悪ガキの表情。
さっきまでの表情は、すでに記録が消去されているもよう。
はたけカカシ、思わず苦笑。
「しょーがないからね」
「んじゃ『一楽』行こうってば!」
嬉しそうにさっとカカシの前を歩き出す。
「はいはい、・・・・・・お前の頭の中はそれしかないのかねぇ・・・?」
「んー・・・あとは・・・火影になることと・・・悪戯のことだってばっ」
夕焼け空に響いた少年の声は、担当上忍を呆れさせるに充分なものだった。
 

 

 

抱いているのは、罪悪感じゃなくて焦燥感

 

 

偽りを信じ過ぎた心が 真実すら疑い始めているから

震える手で拒もうとして 初めて真実を手にして。

 

それでも震えは 本当に収まったわけじゃない

 

 

Fin