『二者択一』
二者択一法。
たった2つの選択肢から、1つの項目を選ぶ。
単純明快、簡単でくだらないことのように思えたが。
人生において、初めて、そんな単純な質問に悩まされた。
「僕とアメフトだったら、どっちを取りますか?」
突然、何の脈絡も無く、振られた質問。
それほど大柄でもない自分より、更に一回り以上身体の小さい少年。
小早川セナは、今、自分の目の前に座って、自分を見上げている。
その、突然切り出された、予測もしたことの無い質問に、思わず間の抜けた答え方をしてしまった。
「・・・・・・は?」
随分間を空けてからの切り返しに、小早川が肩を落とす。
「いえ・・・解かりにくかったですよね・・・・・・スミマセン」
何故か悪くもないのに謝って。
「例えば・・・、地球最後の日だったとして、僕に会うのと、アメフトをするのと、どっち取るか・・・・・・とか」
そういう感じの意味です、と。
いきなり、答えにくい質問をしてきた。
「両方・・・・・・、だな」
とりあえず、第一の返答は、偽らざる正直な心。
そんなときに、どちらか片方を選べるほど、自分は器用ではない。
だが、こんな選択肢を出してきた以上、両方、という言葉が、許可されるはずもなく。
「どっちか片方で、答えて欲しいんですけど・・・・・・」
思った通り。
単純な二者択一問題は、無理難題に変わった。
こんな、個人の価値観で答えが決まる質問の場合。
人は、何らかの答えを期待して、質問を投げかけるに決まっている。
この場合は?
彼は、自分が『お前を選ぶ』、というのを期待しているのだろうか?
・・・・・・・・・確かに、アメフトと答えられるよりは、そっちの方が良いに決まってはいる。
しかし、それを予測した自分が、その通り答えれば。
それは、“嘘を吐いた”ことになる。
彼に都合の良い答えを出すか、嘘を吐くことを避けるか。
勿論、『アメフトを取る』と答えても、恐らくそれは、空言になる。
要するに、『どちらも選べない』、というのが、本当の本当に、本心からの返答なわけで。
だとすれば・・・・・・自分は相当の優柔不断ではないだろうか。
どれを答えたとしても、彼の心にも自分の心にも、叶いそうに無い。
『お前を選ぶ』と答えたところで、それが嘘であるのなら、その返答は何の意味も持たず。
『アメフトを取る』と言えば、矢張り嘘だし、更には彼を少なからず傷つける結果となるはずだ。
『どちらも選べない』と言うのは、本心だが、その優柔不断さには、自分と言えども絶望する。
小早川にも、呆れられるかもしれない。
こんな事でさえ、彼の反応を気にする自分は、最早相当おかしい、と言っていいのだが。
迷いに迷う。
備え付けてある時計の針が、チッチッチ・・・・・・、と時間を刻んでいくのまでが、脳内に響く。
いかにもそれは、出すに出せない答えを急かしている様に聞こえ。
100mほどなら全力疾走したって平気な、鋼の心臓が、それに合わせて脈打つ。
我ながら、情けないことこの上ない。
気付かれない程度に、床に降ろしていた目線を上げ、彼の表情を窺い覗く。
何も言葉を発さず、返答を待ってはいるが、その視線は急かすような気配は見せない。
寧ろ、いくらでも考えてください、と、完全な待ちの体制。
なのだが、その所為で余計に、早く答えなければ、と思ってしまう。
そして、5分間もたっぷり悩んだ後。
やっとの思いで出した答え。
「悪いが・・・・・・俺にはどちらも選べそうに無い」
仕方が無い。
それ以外に、答えようはないのだから。
相手の顔色を窺って、それで出した答えなど、意味を持たない。
それで、渡り歩いて行けるような関係も有ろうが、殊、彼との関係をそんなものにしたくは無い。
全て、色々と考慮した結果。
そこまで考えたところで、結局言い出せる答えは、これ以外兼ね備えていない。
まぁ、自分でも全く情けない、とは思うが、それもまた事実であるなら。
それすらも、彼に認めてもらえば良いだけの話。
それでも、矢張り情けないと思われるのは辛いな・・・・・・などと思いながら。
自分でも驚くくらいの緊張度の中、相手の反応を待っていると。
「ぷっ・・・・・・あはっはははは・・・・・・・・・す、スミマセン・・・・・・」
意外・・・というか驚いたことに、返ってきたのは、堪えきれなくなったような笑い。
『片方選んでください』
ともう一度突きつけられるか。
(優柔不断すぎる人だなぁ)
と落胆されるか。
『僕とアメフトって、同レベルなんですね・・・・・・』
と、哀しまれるか。
そのどれかを予測していた自分としては、全く予想外でしかない。
しかしながら、相当おかしそうに笑う少年を見て、自分が何か可笑しい事を言っただろうか、と不安になる。
「・・・・・・何か変なことを、言ったか?」
と問うと、小早川は腹を抱えて肩を震わせながら、首を横に振った。
「す、すみません・・・・・・あ、あんまり真面目に考えてるんで・・・・・・ははっ」
『あんまり真面目に考えてるんで』・・・・・・?
訊かれたから、しかも簡単に答えられるようなことではなかったから、真面目に考えただけのこと。
笑われるようなことだろうか?
さすがにその言葉に、むっとしたものを覚えていると
「そんなに考えなくても、答え他になかったでしょう?」
まだ、笑いの名残を残した表情で。
核心をつかれた。
「・・・・・・どちらか片方で答えろと、言ったじゃないか」
「でも、両方を選んだでしょう?」
「う・・・・・・・・」
そう言われれば、言い返せない。
あろうことか、小早川は
「でも、本当にどっちか片方を答えられたら、どうしようかと思いましたよ」
などと、言出だす始末。
最初から、答えを出すことなど望んでいなかったと言うのだろうか?
ならば、何故あんな質問を、突然投げてよこしたのか。
疑問ばかりが降り積もる。
代わりに
「お前はどっちを答えて欲しかったんだ?」
と、訊くと
「そりゃあ、進さんが本当に思ってる方ですよ?多分、両方って答えるとは思いましたけど」
当たりましたね、と笑った。
見透かされている気がして、自分のほうとしては、気まずいことこの上なかったが。
それよりも、何故そこまで見透かされているのかの方が気になって。
「何故そう思った?」
更に問いかける。
すると、小早川は少しきょとんとした表情。
「だって・・・・・・、僕とアメフトと、比べて考えられる程、進さん器用じゃないじゃないですか」
さも、当然でしょう?とでも言うような口調で、そう言った。
何もかも、御見通しですよ、と宣言されている気がして。
空恐ろしさすら感じる一方で、どこか感心した。
「あまり、表情に感情を出す方ではなかったんだがな・・・・・・」
「別に、表情見てわかったとかじゃ、無いんですけどね」
「・・・・・・・・・・・・?」
「なんとなく分かるんですよ、進さんの考え方って」
「・・・・・・・・・・・・」
それは。
その、言葉は。
深読みしても、いいのだろうか。
自分の考えを、1番良く分かってくれるのは、彼だと。
思って、いいのだろうか。
そんなことを考えながら、無意識に彼の方へ腕が伸びる。
彼は、その近づいている腕には気付く様子も無く。
自分も、止めるつもりはないらしい。
触れるまで、後、数cm・・・・・・。
「って、僕もそう・・・・・・両方選ぶだろうなぁ、って思ったからなんですけどね」
クルリと振り返って、笑ってそう言った、彼。
途端、それまで伸びていっていた腕と、肩を、ガクッと落とす自分。
『かっこよくありたい』と願ったことは、特にないが。
今まさに、自分は『かっこ悪い』。
早とちり、勘違い、自意識過剰。
少なくとも、そんな思い込みをするような性質では、自分はなかった筈なのに。
振り回されている。
気が、する。
彼に。
一方、そんな自分の思考になど気付かない彼は。
「し、進さん・・・・・・?どうかしました?」
突然脱力した自分の様子に驚いて、覗き込もうとする。
「いや、・・・・・・なんでもない」
「そ、そうですか?・・・・・・ならいいですけど」
なんでもない
筈がない。
振り回されすぎている。
この、自分より体躯は小さな、しかし脚は信じられないほど速い、彼に。
それこそ。
単純な2つの選択肢のうち、片方すら。
選べなくなる程に。
苦々しい思いを抱きながら、それでも良いか、などと思ってしまっている自分は。
矢張り
『振り回されている』
としか、言いようがない。