『待ちの醍醐味』


「あ、珍しい・・・・・・僕が先だ」
待ち合わせ場所の目印とした時計の前、セナは思わず呟いた。
進清十郎との待ち合わせ。
何度か経験済みだったが、いつもセナは待たれる方だった。
勿論、彼が遅れて行くわけではなく。
5分前、10分前には、いつでも場所に着くセナだったが、それより先に、進がいつも来ていたわけである。
1度だけ、いつも待たせるようでは悪い、と30分前に着くように家を出たところ。
なんと、それでも進はすでに待ち合わせ場所へ来ていた。
さすがに、自分が時間を間違えたのではないか、と思い
『も、もしかして僕、時間間違えましたか?』
と、謝りかけると
『いや、まだ時間30分前だ』
などという答えが返ってきた。
ついでに
『待つのは好きだからな』
という、なにやら訳の分からない言葉まで。
それを素直に受け取りことにしたセナは、
(そうか、待つのが好きなんだ)
と思い、それ以後、約束したとおりの普通の時間に出向き、少し悪い思いがしながらも、待たせる側の身となっていたわけだ。
どちらかと言えば、待たされるよりも待たせるほうが、心は痛い。
だからこそ、
(進さんは真面目な人だから、そういうの耐えられないのかもなぁ)
と、思ったというのもある。
自分が早く来るようになれば、きっと相手はもっと早く来ようとするだろう。
“いたちごっこ”になるくらいなら、自分が少しくらい、良心でも痛めておけばいい。
そのように、これまで何度も進を待たせながら、逢瀬を繰り返していたセナだったのだが。
今日は非常に珍しいことに、いつも待っているはずの進が、姿を見せていなかった。
部活が終わってから来る、と言っていたから、長引いているのかも知れない。
大体にして、本当なら、まだ約束の時刻にもなっていなかった。
(・・・・・・あと、12分か)
頭上の時計を見ながら、確認する。
(まだまだじゃん、そう言えば)
よくよく考えてみれば、約束どおりなら会うには早い時間なのである。
いつも進が早く来て、セナが出来るだけ待たせないように、ギリギリの線で早目に来ているから。
実際は、約束していた時刻よりも、10分以上早くに会う結果になっていた。
時計を見て、初めて、これで当たり前なんだ、という気になる。
・・・・・・そう考えると、僕と進さんの待ち合わせって、変だなぁ・・・。
考えながら、セナは苦笑した。
幸いなことに、幼馴染に借りた、アメフトのルールブックがカバンに入っている。
少なくとも、暇を持て余す、ということは無いはずで。
(丁度良かった。今のうちに読も)
と、文庫本くらいのサイズのそれを、片手に広げて、目印の時計にもたれかかった。

15分が経過。
時計の針は、予定の時間を4分ほど過ぎている。
こんなことは、初めてだった。
部活が長引いているのだろうか、と思いつつも、確信は取れない。
連絡でもとってみよう、と携帯を取り出したセナだったが
「・・・・・・・・・あ」
開く直前に、相手が携帯電話を持っていないことに気づく。
まさか学校にかける勇気なんか、あるはずも無し、ましてやそこまでするほどの事でもない。
冷静に、一般的に考えれば、4,5分待ち合わせ時間に遅れるようなことくらい、よくあることで。
相手が進だからであろうか、やけに異常に感じるのは。
世の中のリズムが狂うことを許さないほどの、機械的かつ几帳面な彼。
こんな感じで、いつも待ってくれてたのかなぁ・・・・・・?
と、そんな風に思いながらも、何処か楽しさを感じるのも事実。
少なくとも、『嫌』ではなかった。
何時来るだろうか、という期待と不安の入り混じったような、落ち着かない雰囲気。
本に目を落としていても、30秒に1度は顔を上げ。
足音を聞いては、やっぱり顔を上げ。
・・・おかげで、読み進んだページはわずか10ページにも足りないほどなのだが。
未だ相手は来てはいないが、これで相手が来た瞬間の安堵感というか、嬉しさというか。
ある程度は、想像がつく。
あ、そっか。いつもこんな感じだったんだ。
待ってるっていうのも、楽しいかも・・・。
そんな風に思いながら、後どれくらい待っていようか、ふと迷いかけた。
20分、30分待つのはいいが、何時間かかるのか良く分からない。
部活が長引いているもの、と決めてかかってはいたが、相手が忘れているのではない、と言い切れるだろうか?
また、どうしても来れない状況になってしまったとしたら、それはそれで仕方の無い状況。
とはいえ、連絡を取ることも出来ず。
さすがに少し、不安な重いにも駆られながら、再び時計に目をやった。
待ち合わせ時間から、7分が過ぎている。
心配するほどの時間でもなく、しかしこれ以上遅くならない、という確証もなく。
(う〜〜ん・・・・・・どうしようか・・・?)
せめて、後何分待つか、と決めようと考えていると、聞きなれた足音が近づいてきた。
「あ・・・・・・進さん」

「待たせて悪かった・・・・・・、部活が長引いてな」
申し訳なさそうに謝る進は、相当飛ばして走ってきたらしく、息が上がっている。
「いえいえ・・・・・・それより大分疲れてません?ちょっと座ってていいですよ」
「いや、いい。行こう」
セナが、少し離れたところにあるベンチを指すと、進は肩で息をしながら、先を急ごうとした。
のを、半ば強引に、引き戻すセナ。
「いいからっ、座っててくださいっ。何で無理するんですか・・・・・・」
「無理は別にしてない。それに、待たせただろう」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・いつも自分のほうが待ってるくせに。
・・・・・・僕なんかより、ずっとずっと長く。
ともすれば、責める口調になりそうなそれは、飲み込む。
「いいですよ。待ってるのって、楽しいですから」
と言うと、進はふ、と顔をあげた。
「進さんを待つのって初めてだったけど・・・・・・楽しかったですよ?なんか」
「・・・・・・・・・そう・・・・・・かもな」
いつも待っている側の進は、言葉少なに頷く。
セナは笑った。
「僕もこれからは、待ちたいなー・・・なんて」
そこまで言うと、進が首を横に振る。
「だめだ」
「な・・・なんでですか・・・・・・?(随分頑なな・・・・・・)」
「待たせる方の気分は、2度とごめんだな・・・・・・・」
そう答えた進の言葉に、セナは少し引っかかりを覚えた。
「待たせる方って・・・・・・、それ、僕いっつも味わってるんですけど?」
僕ばっかりですか?という、少しの非難の意味もこめて。
意図せずとも、声色は不機嫌さを帯びた。
「あ・・・・・・」
それもそうか、と気付いたような進。
「・・・・・・これからは、僕が待っててもいいですか?」
「いや、俺が待つ」
「ちょっと位、待たされたっていいですよ、別に」
「俺が待たれるのが嫌なんだ」
「僕だって待たれるの、あんまり好きじゃないですよ」
「気にしてないから気にするな」


と、このような、奇妙で不毛な2人の言い争い(?)が、この後どれだけ続いたかは。
神のみぞ知る・・・・・・・・・・と、いうことで。