『Lunch Time』


「ちぃっ、糞が!!」
朝のアメフト部の部室に、さわやかでない大声が響いた。
「うわっ!」
僕は思わずびっくりして、体を縮こまらせた。
昨日部室に置いて来てしまったペンケースを取りに、珍しく、朝に部室へ来たのだが。
栗田さんが先に来ていて、部室が開いていて助かった。
朝練をするわけではないけど、朝から部室へ来て雑誌を見たりする日は、けっこうあるらしい。
それを聞いた僕は、じゃあこれから僕もたまに来ようかなー、なんて思っていたのだったが。
・・・・・・・・・・・・忘れてた。
この人がいたんだった。
アメフト部のメンバー(と言っても僕を含め4人)は、とてもユニークな人物ぞろいだと思う。
まもり姉ちゃんに関しては・・・・・・今更なのだけど。
僕のことを、それこそ弟のように面倒見てくれるところは、昔からちっとも変わっていない。
ありがたいけど、そろそろ僕も自分でしっかりしたい、と思うのは僕の我儘だろうか?
栗田さんは、1言で表すとするなら、・・・・・・『気は優しい力持ち』の代表?
巨大な巨体とはあまり結びつかない、その温和な性格のおかげで、僕の日常もだいぶ落ち着いたものになっている。
いい人だなぁ、と思うことはしょっちゅうだ。
そして、そんな栗田さんだからこそ、付き合えるのかもしれない。
ヒル魔さん。
はっきり言って、僕の恐怖の対象そのものである。
脅迫・脅しの類は、彼にとってなんら抵抗があるものではないらしいし、おそらく常に自分が上に立ってきた、という人物だろう。
・・・・・・僕の正反対か?
そのような僕とヒル魔さんであれば、その間に上下関係が明確に現れるのは、まさしく必至と言うか。
なんにせよ、校内外のありとあらゆる人から恐れられるほどのこの人物に、僕が恐怖心を抱かないわけがない。
アメフト部を通して、いくらかの付き合いでようやく慣れてはきたものの。
やはり、この人に対して、栗田さんやまもり姉ちゃんと同じような態度は、取れないだろうなぁ、とは思っている。
ただ、一応言っていることとやっていることの、彼なりの筋というものがあるらしいし、アメフトをやっているときの彼は真剣そのものだ。
そういうところは立派だと思うし、尊敬している。
ただ、怖くて苦手なだけなのだが、・・・・・・それでも立派な拒否感かもしれないけれど。
ともかく、そんな人が部室のドアを思いっきり開け放して入ってきた。
脳に響きそうなくらいの音を立てて、ドアが反動で閉まる。
その頃には、とっくにヒル魔さんは部屋の中に入っていたが。
「おはよう、ヒル魔。なんか機嫌悪いねぇ?」
「お、おはようございます・・・・・・」
すっかり慣れた、という感じの栗田さんに隠れるように、とりあえず僕も挨拶をしておく。
「っだー・・・・・・朝から腹の立つ・・・・・・」
一方されたほうは、そんなのは聞いていない様子で。
倒れこむようにいすに座ったかと思うと、ぶつぶつと文句を言った。
サルが見たって分かる、機嫌が悪いのだろう。
「何があったの?」
栗田さんが聞いた。
一重に慣れなのかもしれないけど、すごいなぁ、と素直に思う。
僕だったら怖くて絶対聞けないよ。
「昼飯がねぇんだよ、昼飯!弁当忘れたし、金持ってきてねぇしな」
ぶっきらぼうに言い放った。
「お弁当・・・・・・かぁ。僕今日お金持って来てないなぁ・・・・・・」
「誰もてめーになんざ期待してねーよ、糞デブ。あーあ、こんな時自分の弁当を犠牲にしてでも尽くす主務なんかがいると便利なんだがなあ?」
「!!!」
ヒル魔さんが、あからさまにこっちを見ながら言った。
「ひっ、人のお弁当たかろうとしないでくださいよ!」
「セナ君も部活あるし、お弁当取ったらまずいでしょ、ヒル魔」
と、栗田さんも救いを差し伸べてくれる。
「分かってんよ。ったく・・・・・・じゃあ、部活は真剣にやってもらわねェとな・・・・・・?」
有無を言わさない口調だった。
まぁ、部活はもともと真剣にやろうと思っているので、問題ないと思う。
真剣にやるというのは、主務の仕事を言っているのか、アイシールド21としての練習を指しているのか、少し気になったけれど。



「・・・・・・・・・・・・・ここでxのとる値の範囲が・・・・・・・・」
数学の授業をぼんやりと聞きながら、内容もよく理解できないままノートをとりあえず写す。
ふと時計を見ると、昼休みの5分前を指していた。
だいぶ空腹感を増してきたお腹が、少し落ち着いた。
弁当・・・・・・そう言えばヒル魔さんは結局、お昼ご飯はどうするんだろう?
昼休みのことを考えると、ふとそのことを思い出した。
今日もばっちり部活はある。
選手でなく、主務の仕事をやっているだけの僕が、お腹を空かして家に帰る毎日の活動。
はたして、練習をする人が昼食を食べないで大丈夫なんだろうか?
・・・・・・大丈夫、なわけないよなぁ、多分。
仮に出来たところで、効率の良い練習になるとも思えないし。
・・・・・・ところで、大体こういうのは、主務の仕事だっただろうか?
違う、マネージャーの仕事だったはずだ。(部活やったことないから良く分からないけど)
じゃあ、まもり姉ちゃんに・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・う〜ん。
あんまりいい考えとは思えなかった。
まもり姉ちゃんとヒル魔さんの仲が、どう見てもいいとは思えないのは知っているし。
それでもマネージャーの仕事だ(本当にそうか分からないけど)といえば、多分まもり姉ちゃんは何らかの手を尽くすだろうけど。
ヒル魔さんに「余計なことしやがって」とでも怒られるのは、多分僕だ。
・・・・・・不条理だなぁ・・・・・・。
あれこれと考えていると、いつのまにか3分前になっている。
ふと僕は、頭の中で単純な計算を思い浮かべた。
昼休みは45分。
僕の家まで走って帰って10分強。
往復で単純計算すれば・・・約25分。
行き帰りの間に、途中のコンビニに寄ったりする時間を、多めに考えても、多分35分ほどで帰ってこれる。
残りは10分か・・・・・・・・・・・・。
そんなことを思いながら、再び時計を見やる。
2分前。
ヒル魔さんのことだから、もしかしたら誰かのお弁当をぶん取っているかもしれない。
・・・・・・1分前。
45秒前・・・・・・30秒・・・・・・20秒・・・・・・10秒。
5、4、3、2、1、・・・0



「はぁーーーっ・・・・・・疲れた・・・・・・」
コンビニの袋を下げて、僕は校門のところで腕時計を見てみた。
昼休みの終わる15分前だ。
30分で、家と学校を往復したことになる。
思ったよりは、早くつけた。
「安心してる場合じゃないや、早く行かなきゃ・・・・・・」
自分の目的に気付いて、僕はまた走り出した。
「ここで・・・・・・確かあってるよね」
確認するように、教室のクラスの書いたカードを見て、教室の中を覗く。
教室にあの人がいるかどうかは分からなかったけど、とりあえず確率の高そうなところから当たってみることにしたのだが。
運良くというかなんというか、ヒマそうに机に突っ伏している、この学校にはあまりいない金髪が目に入った。
何かを食べたような形跡は、一応残っていないが・・・・・・寝てる?
「あ、あのう・・・・・・ヒル魔さん?」
寝ていたときのことを考慮して、小さめの声で声をかける。
「・・・・・・あぁ?」
タルそうに呼ばれた人が、頭を起こした。
機嫌の悪そうな目と目が合い、ぎくりとする。
「あの・・・・・・コンビニで一応お弁当買ってきたんで、もしまだお昼食べてなかったら・・・・・・」
そう言って、僕はお弁当とお茶の入った、コンビニの袋を差し出した。
ヒル魔さんの細い目が、驚いたように開かれる。
驚いた・・・・・・というか、きょとんとした、というか。
「わざわざ買って来たんかよ?金持ってなかったんじゃないのか?」
「家・・・帰れる距離なんで、お財布とって・・・・・・」
「ほほー、わざわざご苦労なこった。ま、俺も飯食ってねーし、ありがたく頂いといてやるよ」
と、ヒル魔さんが袋を受け取る。
ほっとして、時計を見てみると、5時間目まで後12、3分、というところだった。
充分食べれそうな感じで、安心する。
「あ・・・、じゃあ僕もお昼食べに行きます・・・・・・どうも」
と言って、教室に戻ろうとする僕の腕を
「オイ、待て」
ヒル魔さんが引き止めた。
「うわっ・・・・・・な、何ですか?」
急ごうとしていた僕は、つんのめりそうになりながら、何とかバランスを保った。
「お前、まだ昼飯食ってねェんだろ」
「は、はぁ・・・そうですけど」
・・・だから早く教室に帰って、お弁当食べたいんですけど、という生意気な抗議にしかとってもらえなさそうな言葉は、飲み込む。
「じゃあお前、ここで食え」
「えぇっ!?僕のお弁当、教室においてあるんですけど」
「取ってこりゃいいだろ、グズグズすんな、45秒以内!!」
言い終わるか終わらないかの内に、自分の腕時計で秒数を計り始めるヒル魔さん。
「ひぃぃーーーーーーっ!!」
最早避けようもない現実を悟った僕は、条件反射とも言える速さで教室を飛び出す。
僕の教室とここは、階段を2階分はさんでいる。
45秒・・・・・・微妙だったが、いかんせん、ケルベロスに喰われるのだけは避けたい。
僕をこうして走らせておいて、僕が戻ったら彼はすでにお弁当を食べ終わっているんじゃないか?
普段のヒル魔さんを考えて、ふとそんなことまで思い浮かんだが。
さすがに45秒で普通のコンビニ弁当を食べ終わるような化け物ではないだろう、と考え直す。
・・・・・・・・・これも、僕の走りを鍛える、という彼なりの作戦なんだろうか?



あれこれと考えながら、全速力で戻った僕が、さっきと全く同じ状態で、僕を待っていたヒル魔さんを見るまで、あと40秒。