「Life」

(おかしいな・・・)
シノは、弁当の最後の一口を口に運びながら、心の中で呟いた。
 
周りの同級生たちは、せっかくの長い昼休み、遊ばにゃ損損、とばかりに暴れ回っている。
教室での食事は、やはりあまり気が進まない。
シノは友達とワイワイガヤガヤと騒ぐタイプの人間ではないし。
もっと言えば、友達と呼べるような人間さえもいない。
(犬塚キバとは話す事もあるが、それも“知り合い”の範疇だろう、とシノは思っている)
「ふぅ・・・」
シノはため息をつくと、教室内の喧騒から逃れるように、退室した。
それからふと、先ほどから帰ってこない『あるもの』が気にかかった。
「あいつでも探しに行ってみるか・・・」
 
シノが探しているのは、シノが偵察用に使っている虫。
それこそ数え切れないような膨大な数の虫を操る油女シノ。
だが、それは他より年季が深く、それなりに目をかけている相棒だった。
愛情を持っている、とまで言えば大げさだが、偵察など特定のことをさせるのには、必ずそれを遣わせるくらい。
今回は、校舎内で落し物をしたらしいことに気付き、それを探してもらっているだけだった。
それが2時間目のことであるから、そろそろ帰ってきていい頃。
むしろ、今ごろ帰ってくるようでは遅いだろう。
アカデミーの中で1匹の虫を探すなんて、落し物を探すよりも難しいと思うが。
まぁ、見つからなかったらそのうち帰ってくるだろう。
シノはそれくらいの軽い気持ちで、正面玄関を出た。
 
 
 
 
ナルトは、人のいない裏庭のある木の下で、弁当を食べ終わった帰りだった。
教室内やら屋上やらの、ベストスペース、というところは、人が多くてどうも弁当を食べるのに適さない。
イルカが、職員室で一緒に食べるか、などと声をかけてくれたこともあったが。
(それこそ居心地悪いってば・・・・・・)
そのときのイルカ先生の言葉を思い出しながら、ナルトは心の内で自嘲気味に笑った。
 
正面玄関前で、ぱたり、と足を止める。
(げっ・・・苦手な奴等だなぁ・・・・・・)
そこに群がっているのは、いつも自分を集団でからかってくる輩。
それだけで済めばいいが、時には手出し足出しの大乱闘に。
そういう時、必ずと言っていいほど痛い目を見るのは自分。
もともと人数が公平とはいえない。(1人対5人)
その上、仮に運良く自分が勝ったとしても、両親のいない自分。
両親にイイコイイコされている向こう側に、いいように告げ口されて、結局自分が怒られる運命にあるのは、必至。
(う〜ん・・・出来れば関わりたくないってばよ・・・)
そう、逃げ腰に思うのも、当然といえば当然。
要らぬ面倒はごめん、ということで。
見つからないうちに、すぐそばの物陰に隠れておいた。
(そのうち離れるの待とーっと)
 
それからほんの1分程すると、案の定、彼らはそこから去っていった。
表面上だけ楽しそうな、下卑た笑い声を残して。
(・・・?なにやってたんだってば、あいつら・・・?)
なにやらゴチャゴチャとやっていたようにも見えたが、ナルトの所からでは詳細はつかめなかった。
(それに、見つからないように、ちらちらとしか見ていなかった)
虐めをしているような言葉を発していたが、それしては被害者の姿も見当たらない。
おかしいな、と思いながらさっきまで彼らのいたあたりに寄ってみる。
正面玄関の目の前。
「・・・・・・虫?」
そこに転がっていたのは、あまり見かけない、珍しい虫だった。
「この虫を殺してたのか・・・餓鬼みてぇ・・・ってば」
思わず、そう呟く。
それもまた、なぶる様に殺されたらしく、体もあまり完全な状態ではなかった。
捕まえては放し、捕まえては放ししてたのかもな、と。
さっき見ていた5人の奇妙な動きを思い出して、そう思った。
墓を作る気にも特にならなかったが、なんとなく目を離せなくて。
そこにしばらく、静止していた。
 
 
 
 
「・・・・・・っ?」
正面玄関を出て、シノはすぐに足を止めた。
というのも、そこに「人」が蹲っていたから。
あまりにも目立つ、金色の髪。
すぐに、同じクラスのうずまきナルトだ、と気付いた。
1度も話したことはないが、何かと目立つ存在なので名前だけは知っている。
「あ」
ナルトも気付いたように顔をあげた。
「お前・・・油女シノ、だっけ?」
「ああ・・・」
疑問形で聞かれはしたものの、まさか自分の名前をフルネームで知っているとは思わなくて。
声にも顔にも出ないが、驚く。
「こんなところで、何をしている・・・?」
通行の邪魔ではないか、と。
文句でもつけようか、と思ったところで。
ナルトの目の前にあるものに、目が行った。
自分が、(なんとなくだが)探していた虫。
・・・・・・が、死んでいる姿。
 
「あ・・・もしかして、コイツお前の?」
妙に凝視しているシノに気付いて、ナルトが訊いた。
こくり、と無言で頷く。
「そっか・・・珍しい虫だからさ、興味、引いちゃったみたいだってばよ・・・」
残念だったね、とか、そういう言葉はかけずに。
遠まわしに、そう言った。
その言い方で、ナルトがしたのではない、ということだけは、ぴんと来た。
では、なぜ1匹の虫をこんなに気にかけて覗き込んでいるんだろう、と。
シノは、今度はそっちが気になって。
「なにをそんなに見ているんだ・・・?」
と、訊く。
「そこまで珍しい虫でもないだろう・・・」
「いや、珍しい虫だからじゃないけど・・・。なんか気になったんだってば」
ナルトが、虫を見つめながら、答える。
「自然に死んだんだったらさ、気にならないけど・・・いじくられてんの、見ちゃったから・・・」
と。
「あ、止めなくて悪かったってば、ゴメン」
言い訳じゃないけど、俺もこいつがやられてるって知らなくてさ、と付け足して。
ナルトが謝った。
「いや・・・」
別に謝ることじゃない、とシノが首を振る。
確かに、有能な相棒を失ったことは痛い。
しかし、それは虫使いの身としては、良くあること、として受け止めなければならない。
更に言うなら、忍びの使う、偵察用の虫なのだから、アカデミーの子供に殺されてしまうようでは、そうなる運命だった、と思うべきかも知れない。
少し冷たいとは思うが。
 
しばらく黙っていると、ナルトが突然顔をあげた。
「・・・・・・どうすんの?コイツ」
「・・・・・・?」
ナルトの言っている意味がわからなくて、無言で疑問符を浮かべるシノ。
「飼ってたんだろ?埋めてやりたいとか、思わねーてば?」
「・・・ああ、そういうことか」
なるほど、とシノは納得する。
しかし、油女家には飼っていた虫を埋葬する、という風習はない。
それをしていたらキリがない、というのもあるし。
そもそも、虫と言うのは忍びとしての活動中に使うものなのだ。
だから、死ねばそこで終わり、後は土に還るのみ、という考え方のほうが色濃い。
が、ナルトの訊き方はむしろ、埋めてやろうよ、と誘うようなものだった。
シノも
「そうだな」
と、答える。
ちょこっと土を掘り返して、ひょい、と埋めてあげるだけ。
時間的・労働的にも、そんなに大した作業ではないのだから。
 
「こんなもんでいっか」
ナルトが、パンパン、と手のひらについた土をはらう。
その遺骸は、校庭の小さな木の下に埋葬された。
多分、油女家で初めて埋葬された虫だな、とシノは思った。
「こんなところで悪いけど、ないより全然いいってば」
シノは不思議だった。
自分家にそういった習慣がないことを差し引いても、虫を埋葬する、というのはいささか丁寧すぎるように思う。
「いつも、死んだ動物はそうやって埋めているのか・・・?」
ふいに、疑問が口をつく。
自分から人に話し掛ける、なんて滅多にしないシノだったので、自分で自分に驚いた。
ナルトは少し、う〜ん、と考えてから。
「自分が飼ってたり、よく知ってる奴だったらな」
そう言いながら、たった今作った、ただ埋めただけの虫の墓に合掌して。
「だってさ、そしたら、生きてる間大切にされてたんだなぁ、って死んだほうも思う・・・気がするんだってば」
そう言って。
俺ってば死んだことないから分かんないけどな、と、付け足して。
そして、笑った。
 
(あ・・・笑顔)
初めて、ナルトの笑顔を見た。
それに、なぜか動揺している自分がおかしくて。
首をひねりながら、シノは
「そろそろ授業が始まる頃だ・・・」
と、教室へ帰ろうとした。
「あ、ちょっと待てってば」
慌ててナルトが横へ追いつく。
 
「そういえばさ、お前ってば一緒のクラスだったんだよな。今までしゃべったことなかったなー」
横で歩きながら、ナルトがそう言ったあと、立ち止まって。
「これからさ、よろしくな。シノ」
と、にっこりと笑って、握手の右手を差し出す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
初めて差し出された、握手を求める右手。
初めて自分に向けて呼ばれた名前。
初めて自分に向けられた笑顔。
全てに動揺して、でも全てが不思議と嬉しく感じるのも事実。
 
「ああ・・・・・・」
シノも立ち止まって、答えるべく右手を差し出した。