『感情交差点』


「・・・・・・・・・・・・」
日曜日、午後。
珍しく午前練のみで、午後はフリーになっていたところを、
「お前だけ、午後から個人練習だ」
と、ヒル魔さんの言葉で僕一人引きとめられた。
仕方ないのだけれども。
僕は、他の人やまもり姉ちゃんが居るときは、選手としての練習は出来ないのだから。
事情を知らないまもり姉ちゃんは、当然訝しがったが、まだ仕事があるから、と言うと渋々納得して帰った。
今日は、クラスの友達と約束があるとかで。
それが無かったら、多分まもり姉ちゃんのことだから
『私も手伝うわ』
と言って、一緒に残っていたことだろう。
そう思うと、その友達との約束とやらに、ただひたすら感謝。
まもり姉ちゃんとヒル魔さんのケンカは、最早日常化しているのだけれども。
それでも、やはり巻き込まれる方のみとしては、ただただ有難くないわけで。
僕の所為・・・ではないけど、栗田さんにも迷惑をかけてるよなぁ・・・・・・。
ちなみにその栗田さんはと言うと、法事が入っているとやらで、午後からはどうしても無理だ、と。
ヒル魔さんと2人、残る僕を心配してくれて、済まなそうに言った。
確かに、恐怖と不安は拭い去れないけれど(笑)、この優しい先輩にそこまで心配を掛けたくない。
『いえ、大丈夫ですよ・・・・・・』
多分、とその後に小さく付け足して、答えた。
そして、そのヒル魔さんはと言うと、僕の目の前で・・・・・・・・・・
突っ伏して寝ている。
「・・・・・・・・・・・」
時計は丁度1時半を指している。
お昼ご飯も食べ終わった後で、気温も一日のうちで一番暖かい時頃。
確かに、つい、うとうとと寝入ってしまうのは、授業中でしっかり経験している。
・・・・・・どうしよう、起こそうか?
って言っても、到底無理な話だった。
機嫌の悪いヒル魔さんほど恐ろしいものは無い。
彼が眠りを妨げられた時に、一体どれくらい機嫌を損ねるのか、僕は知らない。
起こさなくても怒られるかもしれないけど・・・・・・それでもその方がまだ、言い訳はつきそうだ。
(彼に、言い訳が通用するとも思えないが)
「ま、そのうち起きるだろうし・・・・・・いっか」
と、僕はとりあえず諦めて、ヒル魔さんが自然と目を覚ますまで待つことにした。
まさかこのまま何時間も寝る、ということも無いだろうし。
2時半くらいになったら、さすがに声をかけてみればいい。
そこまで考えると、僕は肩の力を抜いて、滅多に見られないだろうヒル魔さんの寝顔に目を向けた。
普段じっと見ることなんて無いけど、やっぱりこうしてると整った顔立ちをしている。
『かっこいい』とかの基準なんて言うものは、個人の判断としても、普遍的に見て『綺麗な』顔だと思う。
線の細い輪郭と、筋の通った高い鼻。
眉は少しつり上がり気味だと思うけれど、見ようによっては、それがかっこいいのかもしれない。
それと、普段その目つきだけで人に威圧感を与える目は、今は力を抜いたように閉じられていて。
・・・・・・・・・あ、結構まつげ長いんだなぁ。
人それぞれに好みの差は有れど、充分に『かっこいい男の人』の部類に入ると思う。
「普段からこうして、静かだったらなぁ・・・・・・」
『かっこいい』、と純粋に思う場面は、多く有ったんじゃないだろうか?
この口と目が開いたら、悪魔のような形相しかしないから、この人は。
妙な言い方をすれば、いい素材を持っているのに勿体無い・・・、と、見当はずれなことを考えた。
それでも、やはりかっこいいな、と思うときは多々有るのだけど。
・・・・・・って、それはいいから!
思わず要らぬ方向へ向かいかけた思考を、赤面しながら振り払おうとする。
改めて、ヒル魔さんの顔に視線を戻した。
・・・・・・・・・あぁ、やっぱり『かっこいい』んだろうなぁ・・・・・・。
周りには誰も居ない。
ヒル魔さんは、この通り熟睡中。
この中で、意識を保って全ての状況を把握できるのは、自分だけ。
そんな状況が、1歩だけ、自分に勇気を起こさせたのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
額に、触れるだけの、軽い・・・・・・・・・キス。
いつもはヒル魔さんに『されている』ことを、チャンスとばかりに返してみた。
彼は、寝ているだけなのだから、動揺どころか気付くはずも無くて。
自分の心臓だけが、自分からしたくせに、高速で打ちつける。
半分無意識に近かったとは言え、何してるんだろう、僕・・・・・・。
いや、大分勇気を出した行動だったんだけど、僕にとっては。
ヒル魔さんが気付きもしないことが、嬉しいやら少し悔しいやら。
彼の突っ伏している机の反対側に座って、しばらくその寝顔を眺めた。



「・・・・・・・・・・・・何やってんだ、この糞チビ」
真向かいに顔を伏せて、すっかり寝入っているセナを見て、ヒル魔は顔をしかめた。
時計をちらりと見る。
・・・・・・2時15分。
「・・・・・・チッ、練習時間が減ったじゃねーか」
自分が寝ていたことは、綺麗に棚に上げて舌打ちした。
セナは、スースーと落ち着いた寝息を立てて、睡眠を貪っている。
「おーおー、安心した表情で寝コケやがって」
そう言いながら、こんないつの表情は珍しい、と思った。
部活で居るときは、いつでも怖がったような表情しかしない。(実際怖がっているのだが)
2人きりで居るときさえ、少なからず緊張した空気しか纏っていなくて。
(寝てるときだけかよ、お前が安心した表情すんのは?)
そう思うと、腹立たしくて仕方ない。
「・・・・・・ちっ」
たたき起こしてやろうと思っていたにもかかわらず、静かに音も立てず席を立つ。
そして、自分とセナを隔たる机を沿って、彼のいる側に移動して。
「・・・・・・・・・・・・」
前髪のかかるこめかみに、唇で触れた。
いつもしていることの、序の口にも及ばない。
起きている時にやっていれば、それでもセナは驚きに目を見開いて
『なっ、何するんですかーーーっ!』
真っ赤な顔をして、そう叫んだに違いないが、それでもヒル魔は物足りなさを感じるくらいで。
そのたびに、自分と相手のその『基準』の差を、感じるのではあるが。

「オイ!何気持ちよさそうに寝てやがる、糞チビ!」
「うわっ!?」
「テメーのための練習時間だろうが、ボケッ。さっさと着替えて外出ろ!」
「えっ、・・・・・・・え?・・・・・・あっ」
腰掛けていた椅子を蹴り上げられて、セナは飛び起きた。
いつの間に眠ってたんだろう?と、一瞬世界が理解不能になりかける。
思考回路が廻りだした瞬間、
「聞こえねえのか、さっさとしろって言ってんだよ!」
脳に直撃する、ヒル魔の檄。
寝覚めにこれは、いい意味でも悪い意味でも刺激になる。
・・・・・・あぁ、そっか。ヒル魔さんの顔観察(?)してる間に、僕が寝ちゃってたんだ・・・・・・。
やっとそこまで、状況の整理がついた。
「ひ、ヒル魔さんだって、寝てたじゃないですかー」
縮み上がりつつも、それだけやっと返す。
もちろん、体はすばやく着替えを始めながら。
「ほぉ・・・・・・口答えすのか?おもしれぇな・・・・・・」
「ゲッ、す、すみません〜〜〜っ、すぐ用意しますからっ」
と言っている間に、セナの着替えは終わっていた。
「さっさと外出ろ!時間少なくなった分、休み無しで行くぞ!」
「ひぃっ」
・・・・・・よ、容赦無い・・・・・・。
セナは嘆きながら、急ぎ足で部室を出た。
微妙に、さっき触れたヒル魔の額を、相手は知らないと知りつつも意識しながら。




勇気の程度も意識も、果てしないくらいの差が有りながら
2人の行動が重なるところ。

・・・・・・・・・・・・感情の交差点?