校門を出た僕を待ち受けていたのは
意外な人
『寡黙vs臆病』
意外も意外すぎて
人違いだと、自分に言い聞かせた。
が、高校生とは思えないような硬い表情と、そして制服はそれを否定する。
校門の柱に体をもたれさせて、腕を組んで立っているのは、まさしく進清十郎その人。
普通だったらきっと僕は、顔を伏せて逃げるように過ぎ去っただろうけど。
予測もしなかったことだったので、ばっちりと目を合わせてしまった。
「ど、どうも・・・・・・」
ぺこっと適当に頭を下げて、通り過ぎようとした。
用があるとしたら、ヒル魔さんか『アイシールド21』だと思ったから。
でなければ、ここまでこの人が出向いてくる必要は無い。
自分と『アイシールド21』が別人であることに、初めて感謝しながら、無意識に足を速めると
「ちょっと待て」
と、肩をつかまれた。
もちろん、進さんに。
心臓が口から飛び出すほど驚く、って、多分こういうことを言うんだ。
ドッドッドッドッド・・・、と機関銃さながらに動悸が治まらないまま、僕は努めて冷静に振り返った。
「あ、あの、何か・・・・・・?ヒル魔さんに用でしたら、呼んで来ましょうか?」
「いや、今日はお前に用があって来た」
数十分後。
僕と進さんは、なぜか近くの喫茶店で向かい合う羽目になっていた。
僕に用が会って、と言って、ほぼ強引にここへ連れて来て、こうなるまで、彼は一度も口をきいていない。
無言の時間が長ければ長いほど、重要な話を持ち出されるのではないか、という気がしてきて。
むしろ、『アイシールド21』のことがばれたのではないか、という恐怖が、脳の中を占める。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
綺麗なウェイトレスさんが、テーブルに来た。
「俺はホットコーヒーを・・・・・・」
「あ、じゃ、えと・・・・・・アイスミルクティーで」
何を頼むか、なんてこれっぽっちも考えていなかったので、慌てて適当なオーダーをする。
「ホットコーヒー1つ、アイスミルクティー1つですね。かしこまりました」
手際よくオーダーの確認をし、女の人がテーブルを離れていく。
唐突では会ったが、そのおかげで張り詰めていた緊張の糸が途切れた。
ようやく僕は、ほっと一息をついて、
「あ、あの、ご用件ってなんでしょう・・・・・・?」
本題を切り出した。
出来る限りの冷静さで聞いたつもりだが、内心は『アイシールド21』のことがばれたのではないか、とそればっかり気になって。
『お前が『アイシールド21』だろう?』
なんて宣告された時には、どうやって逃げ出そうかと、店の内装を見ながら、逃亡ルートまで考えながら。
進さんは、しばらく黙った。
なんて沈黙が好きな人なんだろう・・・・・・。
いや、別に好きで黙り込んでいるわけでもないのかもしれないけれども。
それこそ、精神的にプレッシャーを与えて、『アイシールド21』のことを自白させようとしているのであれば。
効果としては、てき面だと思う。
事実、僕の神経は張り詰めっぱなしで、問い詰められたときに誤魔化し通せるか、自信は無い。
何か。
早く何かしゃべらなきゃ。
「訊きたいことでも、有るんでしょうか?」
とりあえず進さんの言葉を促すように、そう言った。
例のことを聞かれたときには・・・・・・逃げよう。
情けないと言われようが、戦う術を持ち合わせない僕には、それが精一杯なのだから。
そう言うのは、わが部活の大魔王(笑)にでも任せるのが一番だ。
足に力を溜めて、今にも逃げようと構えていると、やっと彼は口を開いた。
「別に、訊きたいことは無い」
「・・・・・・・・・はぁ・・・」
それだけしか答えられなかった。
校門で、いかにも待ち伏せかのように待たれて。
了承も得ないままここまで連れてこられて。
少なくとも、部活のことに関することを何か聞かれるとしか思っていなかった僕としては、拍子抜け。
それでなければ、何の用件でここまで来たというのだろう?
動揺しすぎで、思うように機能しない頭を、僕はフル回転させた。
相変わらず進さんは、さっき一言答えたっきり、沈黙を押し通している。
僕もあまり自分からしゃべる方ではないけれど、この人は異常だ・・・、と思う。
何より、この重い空気にどうして耐えていられるのだろう?
とうとうほとんど言葉も交わさないまま、オーダー品が運ばれてきた。
思わずほっとしてしまう。
今まで所在の無かった意識のやり場が、とりあえずそれに向いたから。
進さんは運ばれてきたコーヒーを、ブラックのまま口をつけた。
やはり、無言のまま。
・・・・・・・・・どこまで話す気が無いんだろう?
このままでは神経性腹痛を催してしまう・・・と要らぬ心配までしながら、僕もアイスティーを口へ運んだ。
いつもなら、人より多めにシロップを入れる僕が、ミルクも入れないまま。
何せ意識は進さんのほうへ向きすぎていて、何の味も感じなかった。
そんな僕に気付いて、進さんが訝しげな表情をする。
「ミルクティーを頼んだのに、ストレートのまま飲むのか?」
「・・・・・・・えっ。・・・あ、あれ?」
僕は笑って誤魔化しながらミルクとシロップを足した。
変な人だと思われたに違いない。
頭のいい人みたいだから、僕の動揺を読み取ったかもしれない。
とすれば、いよいよ『アイシールド21』のことを問い詰められるかもしれない。
もし・・・・・・、もし、結局誤魔化すことが出来なくてバレてしまったら?
脳裏に浮かぶ、世にも恐ろしい怒り狂ったヒル魔さんの姿。
栗田さんもまもり姉ちゃんも、必死に庇おうとしてくれるかも知れないが、無駄だろう。
恐ろしいことになるに違いない。
それから、ヒル魔さんの言ったようにそこら中の部活に引っ張られて・・・・・・。
次々に想像される、地獄絵図のような未来予想図に、悪寒を覚える。
ミルクもシロップも入れたが、やはり味を感じないまま、機械的にミルクティーを体内摂取。
会話もしないままごくごくと飲んでいくものだから、どんどん少なくなっていって。
あっという間に、グラスの中は空になってしまった。
相手も同様。
飲み物もなくなってしまって、いよいよ本題に入るのか・・・?と、身構える。
と、進さんは注文表をすっと取ると、立ち上がった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
慌てて後に続くと、その足はまっすぐレジへと向かった。
なす術もなく、ただただそれについていると、進さんは何事もないように店員さんに注文表を渡して・・・。
そこで、呆然としていた頭が、はっと我に返った。
慌ててかばんの中にある財布を、探る。
「あ、あの、僕の分は・・・・・・・・・」
言いかけると
「いい。俺が払っておく」
有無を言わさぬ語調(本人は無意識かもしれないけれど)で、制された。
でも・・・、と返す暇もなく、僕に分の代金が支払われ。
「有難うございました」
レジの店員さんの声が、無情に響いて、僕は外に出るしかなかった。
結局、奢られた形になってしまった。
中学時代、名パシリ(?)として使われていた僕にとって、他人に奢られる、というのはほとんど無いことで。
それ以前に、プレッシャーを感じる。
もしかしたら、『アイシールド21』のことを自白させるための、布石か、とすら思えてきて。
疑いすぎだろう、と思いつつも、どうしても拭えずに、財布を開いた。
「あ、あの・・・お金・・・・・・」
「いや、いい」
「で、でも、あの」
「俺が勝手に連れて来てしまったようなものだからな」
だから気にするな、と言外に言った。
まぁ、確かにその通りといえばその通りなのだけど。
もはや何と言っても、払わせてくれないのだろう、と思った僕は
「はぁ、・・・それじゃ、有難うございます・・・・・・」
大人しく奢っていただくことにした。
というか、そうしか出来なかったのだが。
それにしても、未だに用件とやらを聞いていない。
聞くべきだろうか、と思いつつも、何度も聞きただそうとしては、しつこいかもしれない。
大体にして、進さんがそれを切り出さないのが、奇妙だ。
いっそ用件も聞かないまま、分かれてしまおうか・・・、と思っていたら
「今日は悪かったな、いきなり連れまわして・・・・・・」
(ミルクティーの件は別にして)初めて進さんから、話をし出した。
「い、いえ・・・いいですけど・・・・・・」
謝る進さん、というのが、どうもぴんと来なくて、戸惑いながら答える。
それよりも。
「それより・・・、あの、用件って一体・・・・・・?」
今の今まで、結局出されることの無かった本題。
何のためにこの人が、待ち伏せまでして、僕に会いに来たのか。
このまま別れたら、自分は確かに好都合だが、彼にしてみれば意味がなくなるのではないのだろうか。
最後の機会のつもりで、聞いてみた。
すると、進さんは言いにくそうに少し口篭って。
「別に、深い意味があった訳ではないんだがな・・・・・・」
「はぁ・・・」
「お前と、1度こうして会ってみたかっただけだ」
顔を会わせないようにして、そう言った。
日本語としては簡単。
つまり、彼は自分とこうして会いたかったから、わざわざ校門前で待っていた・・・、と。
理解できる。
出来る、のだが。
言葉の意味は理解できても、その真意は推し量れない。
否、決して推し量れないわけではないのかもしれない、けど。
進さんは、「僕と会いたくて」来た・・・・・・・・・?
その行動の意味するところは
つまり・・・・・・・・・
たどり着きそうになる答えを、僕は無視して気付かないふりをした。
そんな僕が思いついたような、下世話な真意は彼にとってはないのかもしれない。
進さんは、純粋に僕に会いに来たけだ。
そして、親切(?)にも僕に、アイスティーを奢ってくれただけのこと。
ただ、それだけ。
それ以上の何でもない。
何でもない何でもない何でもない何でもない・・・・・・・・・。
レコードの様に、頭の中で延々同じ言葉を、言い聞かせるようにリピートさせていると
「あ・・・・・・・・」
何時の間にか、僕の家の前にいた。
知らず知らずのうちに、僕の足取りは自宅へ向かっていたらしい。
同じ方へ来た、ということは、進さんの家も同じ方向なのだろうか?
思わず声を出した僕につられてか、進さんは家の表札を見た。
「ここ、か?」
「あ、はい・・・・・・・あの、どうも今日は有難うございました。その、奢って頂いて・・・・・・」
「いや・・・別に」
「じゃ、じゃあ、これで・・・・・・」
僕が頭を下げると、進さんも同じように小さく頭を下げる。
それ以上交わすような言葉もなくて、逃げ込むように家に入った。
相手の顔を、ちらりとも見ずに。
「おかえりー、セナ」
「ただいまっ」
家族への挨拶もそこそこに、急いで自分の部屋へ駆け上がる。
進さんの帰り道を、見るために。
カーテンを開いて、窓を覗き込むと、彼の後姿が見えた。
当たり前だけれど、何の変わった様子もない、いつも通りの歩き方。
尊敬すると同時に、羨ましいとも思う、あの堂々とした姿。
「・・・・・・あれ?方向が・・・・・・・・・」
違和感を感じた。
彼が歩いていく方向は、今僕達が歩いてきた方向と一緒で。
ということは、少なくとも進さんは、僕の家まで来る必要はなかったのでは・・・・・・?
まさか。
「・・・・・・・・送って、くれた・・・・・・?」
さっきの言葉と、送ってくれたことと
その他の全てが総合されて
先ほど封じ込めようとした、答えがまた脳裏に浮び上がりそうになり
「ちっ、違うっ・・・・・・」
進さんは、親切心で僕を送ってくれただけだ。
真面目で誠実な人柄なんだ。
きっとそう、それだけそれだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
再び僕の頭の中は、壊れたレコーダーになり。
僕は、たどり着いた結論と、恐らく真っ赤に染まっているであろう顔を、打ち消そうと
気でも狂ったように、フルフルと頭を横に振るのだった。