汚れたものを跳ね除けるから綺麗なんじゃなくて
汚いものも綺麗なものも、全部受け止めるから綺麗なんだって
そんな 真理か虚像かも分からないような“真実”
『受容』
幼いころから常人よりも鍛えてある聴覚に、聞こえてくる罵声と打撃音。
『お前がいるから、お前さえいなければ』
だって。
ボキャブラリーが少ないにも程があんね。
打撃音は多分殴ったり蹴ったりしてる音だし、声はどう考えても大人の男。
大の大人がリンチですか、しかも・・・・・・聞いてる限り、数人で?
「ダッサ・・・・・・」
思わず口をついて出た言葉。
「だれだろうネェ、そんな目にあってんのは」
なんて、まさに野次馬根性で出た行動。
忘れてた、のか、忘れたかった、のか知らないけど。
本当に念頭になかった。
我ながら、笑えるね。
思ったとおり、ここから見られてることにも気付かないで、殴る蹴るを繰り返している、3人の男。
・・・・・・・・・やられてる方は、何の抵抗も反応もしていない様子で。
う〜ん・・・、気絶してんのかなぁ?
だとしたら、こいつらも相当馬鹿だね。
気絶してる人間に暴行加えてて、何が楽しいのやら。
もしウミガメさんだったら、助けたら竜宮城に連れていってもらえるなぁ・・・。
なんて、馬鹿な冗談考えてる俺には、もちろんこの虐めを止めるつもりなんて毛頭ない。
事なかれ主義って言うか。
残念ながら、馬鹿のやるお遊戯に自ら加わっていく気なんか、サラサラ無いのよ、俺は。
そんな冷めた感情は、ようやく飽きたらしい3人がその場を離れたとたん、ぶっ飛んだ。
散り散りになる背の高い男供の間から見えた、金色。
可愛い可愛い教え子の一人、うずまきナルト。
しばらく倒れたまんまになってて、気を失っているのかと思った。
が、しばらくすると、何事かも無かったかのようにひょいって起き上がった。
・・・・・・・・・あれ、そうでもないか。
あちこち体抑えて、痛そうにしてる。
けどまぁ、ちゃんと立ち上がって、体のあちこちを抑えてみて。
足も腕も頭も、内部までの欠損は無いらしい。
情けないネ。
大の大人(しかも男)3人集まって、下忍とは言えこんな小さい子に大怪我一つさせられないなんて。
しばらく、俺は、放心したようにその光景を見ていた。
さっさと去れ、見なかったことにしろ、っていう自分と、出て行って手当てしてやれ、って言う自分と。
手当てって、何しろって言うのさ。
なんて自分に突っ込んでみる。
あの子はその特別な状況ゆえに、大した傷でなければ、手当てもほとんどする必要は無くて。
あの傷だって、ほんの数時間すれば、完全に消えるはず。
一方で、このまま一人でナルトを帰らしてはいけない、なんて叫んでる自分がいる。
葛藤している自分のからだが出来ることと言えば、たとえば硬直とか。
そう、今の俺みたいに。
そんな硬直を解くのは、どんなときでも外部からの刺激なわけで。
ナルトがそのまま立ち去ろうとするのを見た瞬間、俺の内部の葛藤やら意見は、全部消し飛んで。
体は素直にナルトの目の前に立っていた。
ああ、こうしたかったのね、「本心」は。
なら、さっさとこうすればよかったのに。
「・・・・・・・・・・・・カカシ先生?」
びっくりした顔で、俺を見るナルト。
顔は思ったほど怪我してなくて。
汚れてはいるけど、倒れているときについた土らしい。
ボディーを狙ったのは、里の掟に反しているからか、それともナルトが顔だけはガードしたのか。
「どうしたんだってばよ、カカシ先生?こんなところで」
黙り込んでる俺を、怪訝な顔で見ているナルト。
さっきまで暴行を受けていた、なんて顔は、ちらともしない。
「ナルト、大丈夫?」
口をついたのは、そんな言葉だった。
もっと気の聞いた台詞は無いわけ?
さっきの男を非難するとか、助けなかったことを謝るとか、なんかあるだろうに。
それしか言えなかった。
かたやナルトは、きょとんとして。
それから自分の傷を見て。
「ああ・・・・・・」
やっと納得したような顔をした。
「見てたんだ、先生」
ぎくっとした。
だって、俺は助けなかったんだから。
非難されるかと思った。
されて当然なんだけど。
被害者がナルトだと知らなかったとしても、虐待を平気で見逃した事実に、代わりは無い。
でも、ナルトは何も言わなかった。
詰るような目も、怒るような目もしなかった。
ただ、諦めたように笑って
「大丈夫だってばよ、こんくらい」
なんて言って、服の下で見えないけど、おそらく傷だらけのはずの腕を、プラプラと振った。
本当に平気そう。
「ちょっと位、抵抗すればよかったのに」
目には目を、歯には歯を。なんて、復讐法じゃないけど。
それくらいしたって、バチはあたんないんじゃない?
止めなかった俺に言えたことじゃないんだけどさ。
今のナルトだったら、それくらいできるはずだった。
急速な成長を見せてくれてるし。
これだけ一方的にやっておきながら、骨一本折ることも出来ない間抜け相手なら、ある程度痛めつけられる。
そりゃ、殺したりしたらやりすぎかもしれないけど。
そう言ったら、ナルトはまたさっきの笑顔で笑った。
返事が、言葉が無くても、分かる。
やり返す気は無いんだ、ナルトは。
「なんで?」
「うー・・・ん、なんでだろ・・・・・・?」
ちょっと考える顔をした。
「さっきの奴らの顔が、いかにも愉しそうだったら」
眉を寄せて、困ったような笑顔を作る。
「抵抗どころか、10倍にしてやり返してたかもね」
「・・・・・・・・・・・・そう」
脱帽した。
この子の、観察力・・・というより洞察力に?
分かってるんだね、お前は。
自分を虐待する人間たちが持ってる、共通した悲しみとか怒りとか、数え切れないくらいの負の感情。
自分の愛でるべき愛する存在を、不当に失った絶望感。
でもそれなら。
なんでアノ人たちは気付かないんだろうね。
こんな幼い子供に、自分たちが不当に憎しみをぶつけてること。
それが間違ってるってことにも、本当はお前も気付いてるんでしょ?
分かってて、でも相手の持つ悲しみも理解してるんでしょ?
じゃあ。
ナルトが受け止めてきた辛さとか苦しみとか。
ナルトはどこに投げ捨てるんだろう?
自分より弱い人間?
そんなわけないでしょ。
ナルトは自分より弱い人間には(自分より強い人間にでも)、無条件で守る、という意識をもっている。
もちろん、その対象の善悪を把握した上での話だろうけど。
自分を受け入れてくれる人間?
それはたとえば、イルカ先生だったり、班の仲間だったり・・・・・・俺だったり?
少なくとも俺はそういう覚えはない。
とかいって、ナルトに信用されてないわけでもないはず。
受け入れてるかどうかなんて、愚問でしかないし。
そんなん、自分で全部受け入れていくしか、無いよねぇ?
こういう状況なんか見れば、サクラとかサスケはもちろん激怒するだろうね。
サスケなんかはさっきの奴ら、殺そうとしたんじゃない?アハハ。
って、全然笑い事でもないけど。
そして、思う存分ナルトの加護にまわって、相手の奴らを責めることが出来る。
あの子達の認識は、『アノ大人たちはわけも無いのにナルトを苛める、嫌な大人』。
知らないって便利。
俺はわかってしまっている。
そういう頭の回らない大人が、そうすることでしか自分の悲しみや苦しみを、処理することが出来ない、ってことに。
まぁ、知ったからといって彼らのやっている事が正しいことであるか、なんて聞かれれば、そうでもないけど。
だからって、止めたところで俺には、彼らのそう言う感情を無くすことなんて出来ないわけで。
無責任な行動に、簡単には走れないストッパーがある。
酷く勝手な話に聞こえるかもしれないけど、大切な人失うのって辛いものだよ?
それに押しつぶされそうになっている人たちを、ただただ非難するなんことは、俺は出来ないなぁ。
かといって、ナルトは何も悪くない、とわかっているのも真実。
いろんな理解と感情にがんじがらめになって、身動きの取れない現実に。
イライラさえするね。
そんなかで、一番苦しいのはナルトって。
分かるから、更に自分に腹が立つんだけど。
しょうがない。
そんな、逃げ道でしかないような卑怯者の言葉で、片付くのかね?
「仕方ないって」
俺の考え事を、代弁するようなナルトの科白。
「だって、どうすることも出来ないってば」
あぁ、それも。
言いたいこと・・・・・・しかも言いにくいことを、次々ととるね。
でも。
でもさ。
お前一人が犠牲になってればいい、なんて。
そう言うものでもないでしょう?
そんな、馬鹿みたいな言葉、口に出す気は無かった。
言ったところで、どうなるって言うのさ?
堂堂巡りの始発駅になるような疑問文は出すべきじゃないこと、知ってるよ。
じゃあ、自分には何が出来るだろう?
結局考えられることなんてそれしかなくて。
あまりの無力さに、自分を呪いたくさえなりながら。
「ナルト、ラーメン、奢ってあげよっか?」
いつもの笑顔で、何の代わりも無い笑顔で、魔法の呪文を唱える。
「マジで!?ラッキーvv」
ナルトはナルトで、いつもの無邪気な少年の笑顔になって
「俺さ俺さ、一楽のとんこつラーメンがいいってば!!」
と、俺の腕に飛びついてきた。
俺は、自分の作り出せる最大限のナルトが喜ぶものを用意して
永遠なんて信じてもいない俺が、これからも、必要な限りそれを用意することも、未来永劫に誓って。
たった今作り上げた、一時的な喜びが、ナルトに、浸透していくのを待った。