『意識と意識の狭間』
今日の英語の予習で、昨日(もう今日か)は3時間ほどしか寝ていないそうで。
確かに、状況としては余り好ましくなかったが。
大雨で部活が休みになる、なんて日も、そうあるわけでもない。
あまり乗り気でなさそうなチビを
「ぁあ?お前の都合で物事動くと思うなよ?」
と、半ば無理矢理、自宅へ引きずった。
勿論、この糞気弱臆病者が、俺の命令に歯向かうはずも無いのだから。
それは、容易といえば容易、ではあったのだが。
「どうもすみません・・・・・・」
謝罪、というよりは感謝の意で謝った奴の言葉の指す意味は、多分このビデオテープのことだ。
俺が自分で、自宅でいくつか試合を録画したもの。
言うまでも無くアメフトの試合。
前々から、いつか貸してやる、と約束しておいた其れ。
俺が忘れて、伸ばし伸ばしになっていたのを、部活が休みになった今日、好都合とばかりに急遽、自宅で鑑賞会となった。
その旨説明すると、コイツは
『あ、あの・・・・・・今日は昨日良く寝てないんで、家帰って寝ようと思ってたんですが・・・・・・』
と、生意気にも意見しやがった。
勿論申し出は却下。
『どーせビデオだって、2時間やそこらだ。それから帰ってねりゃいいだろーが』
と、強引に家へ連れてきた。
もともと、そこまで嫌がっていたわけでもないコイツは、今ではもう大人しくなって。
寧ろ、これから見るプロの試合を、楽しみにしている様子。
「単純・・・・・・ガキか、お前は」
と、からかい半分に言うと、その皮肉すら通用しなかったのだろうか
「僕、プロのアメフトの試合って始めて見るんで・・・・・・」
そう言った表情すらも、酷く嬉しそうだ。
・・・・・・毒気も抜けるな。
倒しても起き上がってこない『起き上がりこぼし』と同じだ。
つついても其れらしい反応のないのは、つつき甲斐すら無い。
『起き上がりこぼし』と同じにされれば、この浮かれた馬鹿も、少しは腹を立てるとは思うが。
なんてことを考えながら、使い慣れた家のデッキを、始動させる。
無機質な機械音がなって、しばらく。
ブルー単色だったディスプレイに、乱れた画像の中、やがてフィールドが浮び上がった。
それを確認してから、立ち上がってセナの横にどかっと腰掛けた。
何らかの反応を見せるかと思いきや、コイツの目は既に、テレビの画面に釘付けで。
・・・・・・まだ、試合すらも始まってねぇのにな。
入り込みの早い奴だ。
まぁ、それだからこそ、『アイシールド21』としても、すばやく順応できるのかも知れないが。
無言の状態が続く。
当然だ。
今は、盛り上がりを見せた試合の佳境の部分。
かく言う俺とても、アメフト好きの1人なのだから、当然この試合には引き込まれている。
何度か見た試合ではあるのだが。
いわんや、初めてみた隣の人間が、真剣に見ないはずも無く。
その証拠に、コイツは先ほどから、身じろぎ一つしない。
どういうところを見たらいいのか、どこにポイントが有るのか。
“部活の先輩”という視点で言えば、いくらでも注意すべき点はあるのだが。
とりあえず、試合に引き込まれているコイツは、しばらく放っておくことにする。
移入、というのも大切なことだろう、とも思うし。
それに、抜けているようで意外と着眼点は優れたコイツのことだ。
学ぶべきところは、充分学び取っているだろう。
対・王城の試合(コイツにとっては、相手は進のみだったかもしれないが)の時は、自分もそれなりに感心したほどだ。
見終わってから、どの点が勉強になったか、言わせてみるのもいい。
それが言えなかった時は、それなりの報復でも、考えておくとして。
スピーカーから、歓声しか聞こえなくなった。
試合終了の合図。
もう既に知っているはずの点数、勝敗が、いかにも感動的に伝えられている。
この後、もう1つ試合が入っていたと思うが、それを全て見ていては、さすがに時間に問題があるかもしれない。
「オイ、糞チビ。この後の試合どうす・・・・・・っ?」
言い終わる前に、肩に重みが加わった。
ついさっきまで、真剣に画面に見入っていた奴の、頭。
そいつは、緊張の糸が途切れました、とでも言うように、スースーと寝息をたてている。
・・・・・・あぁ、そういや寝不足だって言ってたっけか。
意識がある状態なら、死んでもしなかっただろうに。
こともあろうか、俺の肩に頭を預けて、睡眠状態へと入っている。
「この糞チビ・・・・・・叩き起こすか?」
それとも、寝てる耳元で爆竹を鳴らすか、オーソドックスに顔に落書きでもしてみるか。
などと、およそ人を安らかに起こすつもりもなさそうな考えを、いくつか思い浮かばせる。
そんな俺の邪気でも伝わったのか、ほんの一瞬の間に熟睡状態に入ったセナが、グ・・・と身じろぎをして。
「う゛・・・・・・んん、ヒル・・・魔、さん」
「はぁ?」
突然名前を呼ばれて、思わずマヌケな返事を返す。
寝ているのだから、寝言に違いない。
見ると、セナの表情は何時の間にやらなぜか、苦悩した表情となっていた。
「す、すみま・・・せん〜・・・・・・」
「・・・・・・・・・コイツ・・・・・・・・・」
どんな夢見てやがんだ?
とりあえず間違いない、俺でも出てきているんだろう。
それは、俺がここに居るからか、特に意味はないのかは知らないが。
しかも謝ってやがる・・・・・・、ということは、大方“いつも通り”な夢に違いない。
夢の中くらいいい思いすりゃ良いのに。
どこまで要領が悪いんだろうか、こいつは。
さすがに、憐憫にも似た同情を感じたが、まぁ俺には関係ない。
面白いのでしばらく見ていると、依然、こいつの顔は苦悩に満ちている。
もしコイツの夢が、『いつも通りな夢』であるなら、今ごろ俺にどやされてる様な所だろうか。
現実でも夢でも、救われねぇ奴。
そう思って、肩の上・・・というよりは、横に近いところにある頭を、ポン、と軽く撫でて(叩いて?)やる。
天上天下を支配する俺様の、弱者への励まし・・・・・・にも似ているかも知れない。
なんにせよ、大した意味は無い行動。
だったが。
セナは、そこで、ふ、と表情を緩和させた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その意味するところは、分からない。
夢の中で、それこそいつも通り、栗田かあの女あたりが、助けに来たのか。
夢の中で、心の広い寛容な俺様が、この馬鹿を許してやったのかも知れない。
(いつも通りなのであるならば、そんな可能性はほとんど無いと思うのだが)
なんにせよ、とりあえずセナの寝顔は、安心しきったものになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・ま、ちょっとくらい寝かしといてやるか。