『冬の帰り道』
正月も過ぎたと言うのに、矢張りと言うかなんと言うか、帰り道は随分寒い。
というか、正月を過ぎた1月後半。
一番寒い時期なのだろう。
首に巻きつけたマフラーに、口元まで埋めるように、肩をすくめた姿勢。
それは僕の、御世辞にも高いとはいえない身長を、余計に低く見せているかもしれない。
まぁ、背が低く見られる、という事実に今更嫌だと思うことはないので、構わない。
もっとも、背の高い人を見れば、羨ましさを感じるのも、否めない事実ではあるのだけれど。
マフラーと、それに吸収される、自分の吐息の熱のおかげで、口元の暖は十分に取られている。
ふ、と、自分の1メートルほど先を歩く、ヒル魔さんの方へ、目をやった。
(『帰んぞ』の、たった3文字でこうして一緒に帰るよう誘った割には、あんまりな距離じゃありませんか?)
相変わらず、凛と背筋を伸ばした姿勢で歩いている。
それは、僕の、彼に憧れる一つの対象でもあるわけだ。
手袋もしておらず(しかし、その手はポケットの中に突っ込まれて入るのだが)、マフラーもなく。
やけに清々しい彼の吐く息は、見事なまでに真白い蒸気へと、変わっていた。
・・・・・・・・・寒くは無いんだろうか。
(と、訊ねるほどの勇気と、それほどの疑問も無いけれど)
制服の上にコートを着重ね、マフラーを巻き、・・・手は彼と同じように、コートのポケットに突っ込んで。
それこそ、完全防寒の僕から見ると、ヒル魔さんの姿は、寒々しいことこの上ない。
その所為だろうか、急にむず痒さが鼻をくすぐり、
「っくしゅっ、・・・・・・いっ・・・くしゅん」
立て続けに2回、くしゃみをした。
ずっ、と鼻をすする僕を、ヒル魔さんが珍しく足を止めて振り返る。
実に、緩慢な動きで。
僕がキョトンとしていると、ヒル魔さんは歩幅の広い歩き方で、あっという間に僕の目の前へ。
「寒いのか?」
と、一言投げかけた。
「は?」
一瞬呆けて、マヌケな、それこそ彼の苛立ちを煽るような返事をしてしまったのが、まぁ失敗だったんだろう。
だって、ヒル魔さんがそんな(僕を労わるかのような)言葉を発したのが、飲み込めなかったから。
・・・・・・もっとも、そんなことを馬鹿正直に口にすれば、僕の明日の命の保障は無いけれど。
案の定、ヒル魔さんは少し苛立ったように、声色を荒げた。
「だ・か・ら、寒いのかって聞いてんだ!」
「ハイィっ!さっ、寒いですっ・・・、けどっ!?」
半ば勢いに押されて(別にウソじゃないんだからいいと思うけど)、僕は返事をした。
すると、ヒル魔さんは、先ほど荒げたはずの声色も、あっという間に潜めて
「そうか」
と言うと、またスタスタと歩き出した。
何のための質問だったんだ・・・・・・?
と、思っていると、今度は別の方向へ。
向かった先は、彼の通いつけのコンビニ。
こちらを振り返りもせずに、自動ドアを潜り抜けた彼を、僕はただぼんやりと目で追っていた。
「・・・・・・・・・・・・?」
ついて入ったほうがいいんだろうか。
・・・・・・あぁ、でもすぐに出てくるかもしれないし。
ついて来い、とも言われていないし。
ついて来るなとも言われてはいないけれど。
云々考えていると、あっという間にヒル魔さんはレジへ。
そこで、僕の疑問は、ヒル魔さんが買った物へ向かう。
何を買ったんだろうか。(しかも突然)
・・・・・・・・・いつもの無糖ガム?
こんな寒い時期なんだから、せめて肉まんとかにすればいいのに・・・・・・。
あ、そんな“普通さ”を、彼に求めても無駄なだけ・・・・・・か。
失礼なことを考えながら、ぼけらと突っ立っていると、ヒル魔さんが長い脚を大股に開いて、出てきた。
そして。
かれこれ、ヒル魔さんがコンビニに向かって歩き出したときから、不動の僕に、“何か”を投げ寄越す。
「わっ・・・、て、え?」
慌てて手のひらでキャッチしたものは、手のひらサイズの袋。
いかにも暖かそうなオレンジ色で、10時間、とか書いてある・・・・・・カイロ。
勿論、まだ未開封なわけで、その暖かさというのは伝わってこないけれど。
「あ、の・・・・・・、これ?」
「寒いんだろーが」
「・・・・・・・・・・」
僕が、『寒い』と言ったから?
わざわざ?
いや、現実的な話、もう帰り道なわけで、これが効力を発するのは、あとせいぜい2、30分ほどなのですが。
とは思うものの、やっぱりこんな心遣いを受けて、嬉しくないはずは無い。
「・・・・・・・・・・・・あ、ど、どうも・・・・・・ありがとーございます」
たっぷり間を空けてから、やっとお礼の言葉を口にすると、彼は
「風邪でもひかれて練習休まれるよか、マシだからな」
と、再び僕に背を向けて歩き出しながら、淡々と言った。
その彼の顔は、よもや僕に見えるはずなど無かったけれど。
もし垣間見れたとしたら、その頬は少し紅くなっていたのではないかなぁ、と思う。
僕の今の頬までとは、いかなくても。
相変わらず、随分と距離のあいた2人ではあったけれど。
苦笑しつつも、それでも、まあいいか、なんて思ってしまうような。
そんな、「いつも通り」の帰り道。
終われ