誰のことも『特別』じゃなくて
皆のことを、平等に好き。
理想的な人間関係 友好のための条件
けれど
人間の感情なんてものはそんなに簡単でもなくて。
だからこそ嬉しい時だって あるんです。
*** 飽食水平関係 ***
「御疲れさん、今日は帰りにたこ焼きでも食っていくかー?」
「おおーー!!」
勢いよく返事をしたのは、10班の誇る大喰らい・チョウジ。
任務終了後、時々こうして奢ってくれる10班担当上忍。
そのクマのような外見とは裏腹に、どこかおおらかで頼れる気風も持っていて。
「父親みたい」とは、10班の紅一点、山中いのの評価。
何はともあれ奢ってもらうことが嫌なわけはなく。
任務後で疲れた体を引きずって、3人とも食事を頂戴しに行くのだけれど。
今日は。
「悪ぃ、俺ちょっと腹痛ェから、パスするわ」
奈良シカマルの腹具合が、担当上忍のご好意には応えられない状況だったようである。
「おお、そうか。無理はすんな、家帰ってゆっくり休んどけ」
アスマは、特に引き止める様子も無く、あっさりと納得。
少々薄情な気もしないではないが、それこそ本当に部下の体調を気遣ってこその言葉。
分かっているからシカマルも、
「ああ、んじゃ」
と言って、帰ろうとした。
そこへ
「え、ちょっとー待ちなさいよ。そろそろナルト来る頃よー?」
語尾を伸ばした、特徴的な紅一点の御咎めの声がかかる。
「はぁ?」
その言葉に登場した人物に、訝しげな顔をして。
「それがどう関係あんだよ?」
率直な疑問文。
確かに、最近その話題の人物、うずまきナルトは、やけに任務終了後10班の元へやってくる。
別に大した用事があるようでもなく、かつての同級生といくらか話をしたら、数十分ほどで去っていく。
何の目的があるとも、少なくともシカマルにはわからなくて。
俺らがよく奢ってもらってんの知ってるから、偶然を装ってしたたかに狙ってんのかもな、なんて勝手に結論付けている。
まぁ、それはともかくとして。
なんにしろ、ナルトがここへもうすぐ来るだろうことと、自分が体調不全で帰宅することと。
一体何の関係があろうか、いいや、ない。
そんな典型的な反語の例文でも頭に浮かべて、シカマルは振り返りざまに
「あいつの相手なんか、お前らでやってやれよ」
と言いながらひらひらと手を振って。
「めんどくせー」
と、彼お得意のその科白を投げると、自宅へと向かった。
「やっだー、あいつやっぱ気付いてないんじゃん」
シカマルの後姿が見えなくなってから、いのが、ため息混じりに言った。
「気付いてないって、何のこと?」
すでにたこ焼きをほおばりながら、チョウジが問う。
いつの間に・・・・・・、と呆れるいのの感想は、間違いでもないだろう。
「ナルトのこと。ナルトがいつも私らのとこ来てる理由」
「ああ・・・」
あれね、とでも言うように相槌を打つ。
「シカマルも鈍いよねー、僕たちから見れば丸分かりなのに」
「ま、本人だからってのもあるんだろうけどー」
いのも自分のたこ焼きに手をつけて。
おそらくもうそろそろ来るだろう同期生を、どうつついてやろうか、なんて考えていた。
「おーい」
ささやかなたこ焼きパーティもたけなわった頃。
いのの予想通り、金髪をはねさせながら走ってくる
うずまきナルト。
「あ、来た来た」
「よーっ・・・・・・て、あれ?シカマルは?」
1人足りないメンバーに、見渡しながら首をかしげる。
「シカマルなら帰ったよ」
とチョウジ。
最後の1つを、名残惜しそうに口に運んで。
「帰った?何でだってばよ?」
「お腹壊したんだってー」
まだ2つほど残っているたこ焼きを、チョウジのもの欲しそうな視線から守りながら、いのが答える。
「あー・・・・・・そうなんだ」
淡々と答えるその声に元気がなくなっているのに。
いや寧ろ、残念そうな響きを持っているのに、いのは気付いて。
(こんな分かりやすいのに、なんで本人ばっかり気付かないかしらねー?)
心の中で呆れた。
「うずまき、お前もたこ焼き食っていくか?奢ってやるぞ」
「えっ・・・・・・・・・」
自分の班の奴らだけ奢るっていうのもな、とアスマが誘いをかける。
ナルトはしばらく考えて。
「・・・いいやっ、ありがとう、アスマ先生。俺、行くってば」
そう言うと、くるっときびすを返して駆け出した。
向かう先は・・・多分、おそらく、間違いなく。
シカマルの家。
本人自覚しての行動かは知らないが。
彼に会うために、ナルトが毎日10班に会いにやってきている、なんていうことはすでに、いの・チョウジ・アスマ3人とも認めるところ。
知らぬ気付かぬは、当事者たちのみ。
「なんか変わるのかしらねぇー?」
なにやら楽しみらしき響きを持った、いのの声。
「ん?何がだ?」
アスマが訊き返した。
「アイツラよ、シカマルとナルト」
「ああ・・・・・・」
「せめて自覚するところまでいけばいいのにねー」
「そうだな」
「あら?アスマ先生、マジでそう思ってるわけー?」
意外だという表情をするいの。
「からかうネタが出来るじゃねーか。それに、将棋のときの心理作戦にもな」
「・・・・・・あっそ」
人の色恋話をからかうぐらいしか出来ないのか、この親父は、と思うと同時に。
将棋くらい心理作戦なしでシカマルに勝ってみろよ、と心の中で突っ込むいのだった。
ベッドの上で、ごろりと一回転して。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・暇」
けだるい声で、ぽそりと呟く。
面倒くさい、なんて言葉は、満たされた生活の中での賜物。
普段いかに全てにおいてやる気の出ない人物であっても、やることが無いときは“暇”。
薬飲んで腹の痛みも治まったし。家には誰もいねーし。やることないし。でも眠くねーし、本とか読む気もおこんねーしなぁ・・・・・・。多少無理してでも、あいつらのたこ焼きパーティに加わっときゃよかったか?
とうとうシカマル、そんな思考にまでいたった。
まぁ、そうしたらそうしたで、ひょっこりやってきたナルトに相手をさせられるのは目に見えてる。
暇なのとめんどくさいのと、どっちがいいんだろう、なんてとんでもないことを天秤にかけ始めた頃。
聞きなれた声が、玄関から聞こえた。
「シーカーマールーっ!」
「・・・・・・は?」
まさか家に来るとなんて思っていなかったので、間抜けな返事を返す羽目になってしまった。
慌てて声のする玄関の方へと、駆けつけてみる。
走ってきた様子のナルトが、一人で突っ立っていた。
「あ、シカマルいたってば」ナルトがほっとしたような表情で笑った。「何しに来たんだ、お前?」不躾な質問だったが、ナルトは気にしていない様子。「あれ?何しに来たんだっけ・・・・・・あっ、そうだ、シカマルが腹痛いって聞いたから、様子見てみようと思って」「あー」「大丈夫?」「あぁ、もう治った」「なんだー、来て損したってば」「損ってなんだよ、損って」お前が勝手に来たんだろうが、と、少しむっとした様子で突っ込むシカマル。ナルトは、ハハハ、と笑ってごまかして。「んじゃ、大丈夫みたいだし、俺帰るってばよ」クルリと背を向けた。「あ、ちょっと待てよ」「ほえ?」「・・・・・・・・・・・・」シカマル、一瞬硬直して。なんで引き止めてんだよ、俺・・・・・・・・?自分の行動がわからない。「おーい、シカマル?どうかしたってば?」放心状態のシカマルの目の前で、ナルトが訝しげな表情を浮かべて手のひらを振ってみる。「あ、ああ・・・っと」はっと我に返り、シカマルは次の言葉を捜す。「・・・えっと・・・、暇だったからよ、ちょっと上がっていかねーか?茶ぁくらい出すぜ」「えっ、マジで?いいの?」嬉しそうに目を輝かせるナルト。「ドウゾ。」「やった!お邪魔しまーすっ」軽やかな足取りで、玄関に上がりこんだ。
なに考えてんだ、俺?・・・・・・ま、いいか。単なる暇つぶしだろ。
2人でお茶を交わしながら話し合うのは、たわいも無いお互いの話。Dランクの任務だとか、スリーマンセルの仲間の愚痴だとか、担当上忍の遅刻に対する不満だとか(それはナルトのみ)。思えば、毎日会うといってもほんの十分そこそこなのだから、アカデミーを卒業してからの話は、腐るほどあるわけで。なかなかに話は積もった。「そういえばよ」シカマルが話題を変えた。「お前、何で最近俺らんとこ来るんだよ?」「え?行っちゃ悪かった?」「いや、そういうんじゃなくて・・・理由だよ、理由」「ああ、・・・別に理由なんて無いけど、アカデミーのときの同級生と会うのって、楽しいじゃん」俺んとこは、むかつくサスケがいるし・・・、と付け足す。その直後表情が緩んだのは、大方、(サクラちゃんがいるのはいいけど)と、心の中で付け足したのだろう。「ナルホドね。・・・・・・今日は、いのとかチョウジとかとは、話してきたんかよ?」「・・・・・・・・・・・・あれ?」シカマルの何気ない質問に、ナルトが首をかしげる。「なんだよ、なんか話してねーの?」そういえばしてないなぁ、とナルトは思い出した。「んー、だってさ、いのがシカマル腹壊したって言ったから、すぐにこっち来たから・・・・・・?」「すぐに・・・・・・?」「そういえば、アスマ先生がたこ焼き奢ってくれるって言ってた・・・かなぁ?」「・・・・・・・・・・・・」それも蹴ってきたのかよ、なんて突っ込みは、シカマルには入れられなかった。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」御互いに言葉も発せず黙り込む。
考えれば考えるほど、行き着く答えは1つしかなくて。それでも2人ともなんとかその答えを回避するために、黙ったまま心の中でかぶりを振る。
アカデミー仲間に会うためと言っておいて、いのとチョウジは無視して。アスマ先生からの、たこ焼きのお誘いも無視して、シカマルの家までやってきて。そこまでする理由なんか、思いつくのは・・・・・・・1つだけ。だけど。
だーーーーーっ!!違う、違うってば。そんな訳ないってば、俺は単に、シカマル、腹大丈夫かなーって・・・うん、違う違う。
冗談じゃねーよな、気のせい気のせい。腹痛だったからちょっと親切心出して、来てくれただけだろ、あいつは・・・・・・。
ふとお互いあげた目が、ばっちりと合ってしまって。気まずくなるのは嫌なので、ナルトが大きな声で慌てて言った。「ま、まあさっ、おかげでお茶出してもらえたしっ、ラッキーラッキー。ははははっ」たこ焼きとお茶を比べて、お茶のほうがラッキーだと言う人は少ないと思うが。「お、おう、そーだよな。俺も暇がつぶれたしな・・・・・・」「とっ、ところでさぁ、こないだの任務のことなんだけどさぁ・・・・・・」「あ、ああ」間の空かないうちにと、次々と話題を切り替えていくナルトとシカマルは。とうとう話題が尽きて、ナルトが家に帰るときびすを返すまで、延々と絶えることなく話し続けたとか。それなのに話の内容など全然覚えていなかったと言うのは、本人たちのみが知るところ。
お互い自覚してしまったのを必死で隠しながら、もう二度と10班に会いにはいけないってば。とか、ナルトの奴、もう俺らんとこ来ないんだろうなあ。とか考えて。それを残念に感じている自分を、また必死に頭の中で否定するのだった。
そのころ、たこ焼き屋では。2箱目のたこ焼きを、チョウジがもりもりと食べている姿と、アスマといのがぼんやり話し合っている姿があった。
「上手くいったのかしらねー、あの2人?」「上手くはいかねぇんじゃねーか?あいつらだし」そう言って、アスマは笑った。実に、楽しそうに。「それもそーねー・・・」「ははははははっ、面白い奴らだよなぁ」「・・・・・・ねーアスマ先生、それって、からかいがあるって言う意味でー?」「まぁ、な、いろんな意味だ」「・・・・・・」父親みたいな雰囲気に騙されていたが、この上忍も十分、性悪の素質を兼ね備えている、といのは思った。例の、7班の担当上忍のように。「はぁ・・・・・・」少なくとも、遅刻癖だけは似て欲しくないもんだ、と思いながら、ため息をついて。「ま、せめて、自覚くらいしたら大したもんよねー、うん」明日シカマルに、どうやって問い詰めようかと、策を練るいのだった。チョウジはたこ焼きをほおばりながら、(いのだって性悪なのはおんなじジャン・・・)と、呆れていたとかいないとか。
終