『非理性的行動』
出かけようとして速攻、ファンの女性たちに取り囲まれてしまった桜庭の代わりに、買出しに出かけた。
本来なら、マネージャーの仕事のはずなのだが、残念ながら今日は休んでいるらしい。
練習時間が削られるのは痛いが、たまにはゆっくりと気分転換程度に歩くのもいいかもしれない。
・・・・・・・・・そういえば、ここ最近はトレーニング・練習しかしていない。
のんびりと太陽の下を歩くのが、ずいぶんと久しぶりに感じる。
・・・・・・・・・健康なのか不健康なのか、これでは分からない。
しばらくゆったりと歩いていくと、見覚えの有る特徴的な髪型が、視界に入った。
たしか・・・・・・デビルバッツの主務(のような仕事をしていた人)だ。
・・・・・・・・・・・・そう言えば、名前は知らないな。
壁に半分もたれかかるような格好で立っている彼は、数人の学生に囲まれている。
制服が別なところを見ると、違う学校の学生らしい。
中学時代の友達か何かだろうか、と思って通り過ぎようとした。
が、それにしては少し様子がおかしい・・・・・・気がする。
違和感を感じながら、数歩近づくと、その会話が聞こえてきた。
「久しぶりじゃねー?小早川、奇遇だなぁ」
「は、はぁ・・・・・・・・・・・・」
「違う高校行ったんだもんなー、使える奴いなくってさー」
「そうそう、丁度いいタイミングだなぁ?」
「そうだなー・・・・・・何買ってきてもらおうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
小早川、と言うらしいその少年の周りにいるのは、3人。
会話そのものの意味するところは、自分には良くわからなかった。
が、その3人と、少年を見比べてみても、『友達』と言うには、やはり違和感が有る。
人を外見、また口調で判断するのは愚かだと思うが、それでも客観的に『友達』の間柄のようには見えない。
3人の風貌は、どちらかと言えば、俺が嫌悪感を感じるタイプの集団であった。
それに加えて、小早川と呼ばれた少年の、どこか困惑した表情。
・・・・・・・・・・・・あまり良い状況には見えないな。
そう思ったとたん、行動をとっていた。
「この人に何か用か?」
「!!!?」
驚いたように振り返る、4つの顔。
1つは少しは見識の有る顔で、残りは全く知らない顔だった。
知っている顔が、瞬時、驚きの表情に変わる。
「あ、あれ・・・・・・・・?なんで・・・」
「小早川、こいつ知り合いかよ?」
一人が、馴れ馴れしく話し掛ける・・・・・・それだけで、何か腹が立った。
不思議なことに。
「え?あ・・・・・・、ええと・・・・・・」
「知り合いだ」
『知り合いかどうか』という点に、はっきりと答えられなかったのだろう、まごついている少年の言葉をさえぎるように、自分で答える。
と、3人はそれぞれ、敵意をあらわにして、こちらを睨んで来た。
が、身長は自分の方が高く、更にアメフトで鍛えた体つきが強靭に見えたのだろうか。
「ちっ、行こーぜ」
と舌打ちをすると、3人はあっさりと去っていった。
・・・・・・まぁ、暴力沙汰になっても多分負けなかったとは思うが、楽に物事が済んだのは幸運である。
残された状態の少年は、未だ呆気に取られたように黙って、ポカンとしていたが、
「・・・・・・大丈夫か?」
と、顔を覗き込むと、はっと我に返ったように頭を振り、
「だっ、大丈夫ですけど・・・あの、どうも・・・・・・」
やはり当惑したような表情のままで、答えた。
「あ、あの・・・・・さっきはどうも有り難うございました」
隣で歩く、小早川が改めて言った。
話を聞くと、どうも目的地が同じスポーツ用品店らしいので、一緒に行くことになったのだった。
別に大した知り合いでもないのだが、同じところへ行くのに分かれるのもおかしいか、と思ったのと。
あとは、先ほど絡まれていたらしいこの少年が、1人で出歩くということが少し心配にも思えた。
身長は低めとは言え(失礼)、高校生である男子を心配するのはおかしい気もするが、絡まれているところを見た所為だろう。
「いや、別に何もしてないが・・・・・・あれは友人か?」
「ええと・・・・・・まぁ、中学のときのクラスメイト・・・です」
ぎこちなく答えたところを見ると、あまり関係として上手くいっていたとは思えない。
少なくとも、先ほどの3人とは。
あまり深く突っ込むのも失礼な気がしたので、それ以上は何も聞かなかったが。
なるほど、この気も体も小さそうな少年では、つまらないクラスの人間からは、使われる存在であったのだろう、とは予想がつく。
ただ、自分の目から見ると、何らかの形でのささやかなりとも自信のようなものを、持っているように見えるのだが。
考えすぎだろうか?
・・・・・・・・大体にして、何故この小早川について、そんなに深く考え入っているのか。
ふとそう思いつき、巡りに巡っていた思考回路を、正常に戻した。
馴染の店に入り、スポーツドリンクの粉、タオル等頼まれていた品目を手際よく手にとって行った。
小早川も同じようなものを、続くようにして選んでいく。
彼は主務だと勝手に思い込んでいたが、マネージャーだったのだろうか?
と思い、そう訊ねると
「まもりね・・・・・・あ、マネージャーは他の用事で忙しかったんで」
と、答えて、代わりに主務の僕が、と付け足した。
どうやら、予想は外れてはいなかったらしい。
外見からしても、そうは思えない体系をしていたが、
「選手ではなかったんだな」
と、とりあえず言うと、彼はぎくりとした・・・・・・ような気がしたが、気のせいだろうか?
言われた物をそろえて、レジへ並び、後ろに小早川が同じように並んだ。
何かを熱心に見ている様子に気付いて、何と見ているのかと視線を追う。
と、どこにでも有りそうな腕の筋肉トレーニングに使う、ダンベルが陳列されていた。
随分と神妙な表情をして、真剣に見ている所を見ると、トレーニングでも考えているのだろう。
「腕でも鍛えるのか?」
「えっ?」
不意に声をかけると、その声に反応するように彼はぱっと顔をあげた。
「あ・・・・・・はい、スポーツやるなら、ちょっとは鍛えた方がいいかなー・・・って」
「・・・・・・?主務なのに体を鍛えるのか?」
「い、いやっ、あの、主務も意外と体力を使う仕事かなー・・・と思いましてっ・・・。
それに、僕もともと全然体力ないんで、そういうの克服するためにも・・・・・・」
慌てて目の前で手を振ってそう言った、彼の言葉は、少し訝しさも感じられたが。
自分が力不足だ、と感じたときに、とにかく自分を鍛えたくなる気持ちは、よく知っている。
そう言う意味では、彼の気持ちには深く頷けた。
「なるほどな・・・・・・」
と相槌を打つと、小早川が、俺の腕を感心するように凝視しているのに気付く。
「凄く鍛えてますよね・・・・・・腕を鍛えるって、どうやったらいいんですか?」
どうやら、筋肉の付き具合を見ていたらしい。
確かに、ずっとアメフトのため耐えることなくトレーニングで付けてきた筋肉は、他人の目に止まりやすい。
(それでも、自分としてはまだまだ足りないと思っているのだが)
『腕を鍛えるにはどうしたらいいのか』と聞かれても、どう答えたらいいのかは分からなかった。
別に、取り立てて特別な修行法があったわけでも、またそれを編み出したわけでもない。
「さぁ・・・・・・俺の場合は、普通に腕立て伏せを何回・・・、とか・・・・・・回数をどんどん増やしていくくらいしかしなかったが」
「腕立て伏せ・・・・・・ですか。案外普通だったんですね・・・・・・」
案外普通、と言うと、一体どんなのを予想していたのだろうか。
腕を鍛えるのに、そこまでバリエーションは無いと思うのだが。
「普通じゃないトレーニングとは、一体どんなのだ?」
率直に訊ねてみると、
「え?いや、王城って凄いから、なんか凄い物でも有るのかなぁ・・・って」
と、なにやら自分の高校が想像の中でどのようになっているのか、少し気になる答えが返ってきた。
確かにトレーニング室の設備は他校以上であるとは思うが、置いてある器具としてはごく一般的なものだ。
だいたい、トレーニングの効果というものは、自分の経験から言わせて貰えば設備どうこうで決まるものではない。
「トレーニング・・・筋トレなんかは特に、持続力の方が大事だ。
やり方はどんなものでもいいから、続けていれば筋力は付いてくる」
「持続力・・・・・・ですか、なるほど・・・・・・」
小早川は、念じるように頷いた。
「あと、腕立て伏せについてだが・・・・・・」
役に立つかどうかは分からないが、自分の知っている程度のことなら教えてやろう、と。
そう思い、効率の悪い腕立て伏せと、良い腕立て伏せについて簡単な説明を一通りして。
「後は・・・・・・」
何か役に立ちそうな知識でもあっただろうか?と考えていると、
「あ、あのぅ・・・・・・えっと、し、進さん・・・・・・?」
話の途中、誠に申し訳ないんですが・・・、と小早川が俺の後方を指しながら、初めて自分の名前を呼んだ。
「レジ、もう空いてますよ・・・・・・・?」
「今日はどうも、色々とありがとうございました」
帰りの別れ際に、小早川がペコリと頭を下げた。
絡まれていたところを声をかけたことを言っているのか
筋トレについての役に立ちそうにも無いレクチャーのことを言っているのか分からなかったが
「いや、別に・・・・・・」
と、とりあえず曖昧な答え方をしておく。
「じゃあ、僕はコレで・・・・・・」
「あ、ちょっと・・・・・・」
大きな荷物を抱えて、くるっと踵を返そうとした彼を、思わず呼び止めた。
名前を、知りたいと思ったのだ。
何故なのか、分からないけど。
「あ、はい?」
なんだろう、といった感じの表情で、振り返る。
たかが名前程度で呼び止めてしまったのが、少し気恥ずかしいが、呼び止めたからには聞かないわけにもいかず。
「あ、いや・・・一応名前を聞いておこうと思ってな・・・・・・」
と、自分で聞いても少々不躾な聞き方だったが、問いた。
本来なら自分から名乗るのだろうが、相手が自分の名前(少なくとも苗字)を知っているのが分かっているのに、紹介するのもおかしい。
すると、彼は気付いたように慌てて
「あっ、す、すみません、自己紹介もせずに・・・・・・」
言いながら少し姿勢を正し、
「小早川瀬那です」
と、フルネームを告げた。
・・・・・・・・・小早川、セナ・・・・・・セナ、か。
意味も無く、教えられた名前を頭の中で反芻する。
「俺の名前は・・・・・・知ってるようだったが・・・・・・」
「あ、はい、有名ですから・・・・・・。進清十郎さんでしょう?」
「あぁ・・・・・・」
アメフト関係者に知らないうちに、名前・顔ともに覚えられているのは珍しくないことなので、別に驚きもしなかった。
「じゃあ、それだけなんで」
と、自分も高校への道を戻ろうとして、振り返り際に
「・・・・・・筋トレをするなら、続けて頑張るんだな」
と、一言、励ましのつもりで、投げかけた。
我ながら愛想の無い、ともすれば『怖い』と知人友人に評価されがちな言い方だったが、小早川セナには、ちゃんと意が通じたらしい。
一瞬驚いたように目を開けたが、
「あ・・・・・・、ハイ、有難うございます」
と、それまで時々見せていた愛想笑いではなく、初めて嬉しそうな笑顔を見せて。
そして、体格からは想像もつかないくらい、意外と速いスピードで、走り去って行った。
何故か、その笑顔が見れたことが嬉しく感じて。
俺は不思議に思いながらも、ファンに囲まれ身動きできなくなった桜庭と、今日休んだマネージャーに感謝したのだった。