弱そうな奴に、見えた。
『薄弱精神』
これは俺の直感・・・・・・第一印象みたいなモンだが。
弱そう・・・・・・に見えた。
少なくとも。
正直な話、アイツを初めてみた時の感想と言えば、『使いやすそうな奴』。
若しくは『動かしやすそうな奴』。
要となりそうな人材が、容易く手に入りそうだと。
安心した。実際、今も脆弱な奴だと思う。
腕力の話から始めても、高校生最弱・・・・・・あろうことか、あの女の糞マネよりも、非力と来たもんだ。
鍛えろ、とは日々言い続けてはいるが、体格差・個人差・・・・・・それこそ向き不向きと言うのがあるもので。
多分、この先もたいした進展は、腕力に於いては見せないんだろう、とは予測している。
性格は。
言うまでも無い。
見ていてイライラするほどに、臆病。
アイツだったら、道で人とぶつかった時、いくら相手が悪いことが明確でも、謝るんだろう。
すぐさま。
怒鳴られた瞬間、『スミマセン』と言うように、大脳が設定されているとしか思えない。
未だ俺を見ては、どこか怯えた表情をする。
まぁ、他の周りの人間を見ていれば、解からんでもない反応だが。
糞デブと糞マネは、馴れてんだろーが、既に。
(この2人は元々俺を大して怖がって居なかった、という事実はこの際無視する)
その『弱く』て『臆病』で、見るからに『被支配者層』のあのチビは。
確かに、扱いやすいことこの上ない。
元来の性格か、強制されたことを断る術を持たない。
勿論、俺の命令を断ったことも、逆らったことも、無視したことも無く。
その便利さには、なかなか快適なものを感じるが。唯、弱いだけと言うわけでもない。
と言う気がしてきた。
特に、ここ最近。俺に歯向かうようになったわけでもなく。
(実行の可能不可能は別にして)
自分の走りやらなんやらに対して、自信がついたらしい、というわけでもなく。
相変わらず、ビクビクオドオド・・・・・・ともすれば、挙動不審にさえ見られてもおかしくない、効果音。
何一つ、『強』そうな気配を、見せはしないのだが。『弱っちい』・・・・・・って訳でも、ねー・・・・・・のか?
「こんなお金・・・・・・取っちゃっていいんですか?」
いかにも安っぽいノートに、帳簿をつけながら、チビが不安そうに訊いて来た。
傍に置かれているのは、例のスロットで儲けた『部費』。
ほんの数日の間に、1000円札とはいえ、束が出来るようになった。
この学校大丈夫かよ、とも思わないではないが、そのおかげで儲かっているわけで。
感謝こそすれ、文句などは言えはしないのだが。
「盗ったんじゃねーんだから、いーだろ。正当な商売だ、商売」
「商・・・・・・売・・・・・・」
「校長にたかるよか、随分マシだろーが。文句垂れてねぇで、さっさと帳簿つけろ!」
「はっ、はい・・・・・・っ」
怒鳴りつけるように言うと、情けない表情をして、再びノートにペンを走らせる。
癖が無く整っている文字は、そのままコイツの性格を表すかのように、筆圧が薄い。
“収入”と区分けされた項目の中に、桁数の多い数字が書き込まれていく。
それを見て、俺は満足げに口の端を吊り上げた。
いつもは、スロットマシンが絶え間なく廻っていて、五月蝿いくらいのこの部室。
今は、俺とコイツの2人だけで、異様に静かだった。
と言うのも、糞デブは追加のポスターを貼りに行き、糞マネの方はクラスの方の委員会だとか。
練習を始めるのもなんなので、所在無さ気にしていたコイツに、会計の仕事を押し付けた。その脆弱な精神が、沈黙に耐え切れなくなったのか、チビが、遠慮がちに声を発した。
「あ・・・・・・そうだ、ヒル魔さん」
「あ?なんだよ?」
「え・・・・・・と、その、アメフトボールって、いくら位するんですか?」
予想だにしなかった質問に、思わず目を開く。
「・・・・・・そんなもん訊いて、どうすんだよ?」
「いや、せめてキャッチとかの練習だけでも、ちょっとはしとこうかなぁ・・・・・・って。
それなら、ボールだけでもあれば、家ででも出来るし・・・・・・」
キャッチの・・・・・・練習?
試合に出ることを嫌がってたはずの、このチビが?
何考えてんだ、コイツ・・・・・・。
色々と考えては見たが、あの試合・・・進との競り合いに、触発されたのだろうことは、想像に難くない。
コイツはコイツなりに、やる気を出したと言うことで。
まぁ、有難いと言えば有難い。
自らやる気を興すように、なったのだから。
それはともかくとして、質問には答えられない。
「ボールの値段ねぇ・・・・・・しらねーな」
「知らないんですか?」
「ま、俺は部活の備品を、私用化してるからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だから、校長が1番良く知ってんじゃねーか?と付け足すと、表情が固まった。
「ま、まぁ、スポーツ店にでも見に行ってきます・・・・・・自分で」「急にやる気出してんじゃねーか」
ようやく帳簿もつけ終わりそうになった頃。
わずかな激励の意味も込めて、そう言ってやった。
「ついこないだまで、試合に出るのも嫌がってたくせにな」
「そ、そう言えば・・・・・・そうですね」
ふと自分の変異に、初めて気付いたかのように、チビが赤面する。
「弱くて臆病で情けないと思ってたが・・・・・・、ま、合格だな」
言うと、コイツは少し表情を止めて。
少し考えるような表情に、変わる。
『アイシールド21』である時と、同じ表情。
そして、んー・・・・・・、と少し迷ったように声を押し殺してから
「別に、弱いまんまだと・・・・・・、思いますよ、まだ」
じっくりと、自分自身で意味を確かめるように、言葉を紡ぎだす。
「目標が・・・・・・目指すものが出来たから、頑張ろうと、思っただけ・・・です」
「目標?クリスマスボウルか?」
初耳とも言えるコイツからの言葉に、詳細を問いただすと
「・・・・・・それもだし・・・、進さんに勝ちたいのも・・・・・・」
間を空けながら、答えた。
「それに」
と。
今まで、特に俺のほうを見なかった顔を、始めて俺のほうに向け。
「アメフト、好きになったからだ・・・・・・、と思いますよ、多分。今までより」
その表情は、かつて恋ヶ浜戦の後、あの幼馴染に向けた笑顔と同じ。
普段、意志薄弱に見えるコイツが、珍しく自分の意思を強く見せる表情。
弱い奴だ、とは思っていたが。
それだけ、というわけでもない。
軟体動物のように見えて、意外と骨も備えた人間だと。少なくとも、あの女よりは先に気付いたことに。
優越感を少なからず覚えたことも、否定し難い事実。