引き返すのなど無駄なだけ
それなら逃げずにここに居る
『Follow』
そもそも、足の長さが違う。
走れば別の話だけれど、歩く速さは、比にならない。
足の長さ以前に、身長も体格も、違っていて。
それ故に、目線の位置も視界も、全く違う。
勿論、2人で居る時は大概座っているし、そうでなくても彼は目の位置を合わしてくれる。
立っているときの、彼の僕を覗き込んでくる姿勢は、楽ではなさそうで。
もっとも、自分は背伸びしたって彼には届かないので、逆には仕様が無い。
更には、そういうさり気無い行動が、いちいち嬉しい・・・・・・、というのは正直なところ。ともかく、歩く速さも違って、目線の高さも違う。
そんな彼が。
歩み遅れてしまっている僕に、気付かないことなど、当然といえば当然で。
淋しい、とは思わなかった。
不思議なことに。
後ろを振り返るような人じゃないし、立ち止まる人でもない。
そんなことは、付き合いとしては短く、また浅い自分でも、充分承知していることで。
言い方はあまり良くないけれど、あの人の後姿は、ある意味見慣れたものだ。距離は目測5メートル。
追いかけてみるか、彼が気付くのを待つか。
どっちにしたって、結果は同じ。
また、2人並んで歩くだけ。
並んで歩いたって、実は大して話をするわけでもなくて。
『黙って歩く』
僕たち2人の、暗黙の了解。
もとより、あまり話すのが得意でも好きでもない人間同士、その方が合っているのかも知れない。
話したり、触れたりなんかしなくても、充分だと思っている。
コミュニケーションが成り立たなくとも、彼の圧倒的な存在感は、僕にそれを嫌というほど知らしめて。何時の間にか歩幅の差は、彼と僕の間に10メートル弱の距離を作っていた。
人通りの多い道。
僕とあの人の間にも、勿論数人の人が歩いている。
全く、他人みたいだ。
横断歩道も踏み切りも、この先しばらく無い。
立ち止まることでもない限り、彼は自分の不在に気付かないだろう。
自分から、追いかけてしまおうか。少し前なら、多分出来なかったことだ。
近づけない雰囲気、というものが、彼には在ったから。
否。
後ろから見ていれば、今でもそれは充分に在る。
それでも、現在、追いかけよう、と思えるようになったのは。
近づくな、と語っているように見える彼の背中が、実は何時でも自分を受け入れてくれることを、知ったから。人にぶつからないよう注意して。
コンパスの違う足を、軽く走らせた。行く先は、パシリ先でもフィールドのゴールでもなく。彼の、隣。
タン、と足の音を鳴らして隣で立ち止まると、彼は初めてこちらを見た。
「また置いてかれちゃいましたね、アハハ」
と笑うと、あぁ、と彼は気付いたような顔をする。
「気付かなかった・・・・・・済まなかったな」
「大丈夫ですよ、ちゃんと」ちゃんと。「追いかけますから」足が速いのって、こういう時も便利でしょう?冗談めかして言うと。
滅多に表情を変えない彼が、一瞬ほうけた表情をして。
普段は寡黙な彼が、珍しく言葉を多くして。「そうだな。俺について来れるのは、お前くらいだろう」唇の端に弧を描いて、僕の肩に手を置いた。
引き返すのなど無駄なだけ
それなら逃げずにここに居るこんな道が何処に続くのかさえ
分からずにいるけれど
立ち止まり貴方を見失う方が
悲しいだけ