『FIRST SIGHT』


「はぁ、やっと出れた・・・・・・」
人ごみの中を掻き分け、ようやく外へ出たセナが、独り言、ぽつんと呟いた。
セナがいるのは、新しい大型本屋の前だった。
新装開店ということも有り、小さな個人店くらいしかなかったこのあたりの人口が一気に集まったようである。
今も、人という人が次から次へと入ってきては出て行き、出て行っては入っていきを繰り返している。
かくいうセナも、その本屋のOPEN当日にやってきた一人ではあるのだが。
その実、購読しているアメフト雑誌を買いに行くから付き合え、とヒル魔に半ば無理矢理連れてこられた、というのが真相。
元来あまり人ごみに慣れておらず・・・というか、寧ろ苦手な方のセナは、10分もしないうちにその人いきれの中気分を害したのだが。
ヒル魔はと言うと、せっかく来たんだから、などと言って、3階に及ぶ建物の中に詰め込まれている図書を、物色し始めたのだった。
視界が本ではなく人で埋まるほどの人の中、まさかそんな行動についていく根性は、セナには無く。
「ヒ、ヒル魔さん、僕疲れたんで、外に出ときますね・・・・・・」
とだけ言うと、『すみません』を幾度となく連発しながら、ようやく出口にたどり着いたのだった。
出口の前には、本屋のサービスだろうか、いくつかベンチが置いてあり、ちょうど良い、とセナは開いてあるところに腰掛けた。
と、同時に隣に座ろうとした人物と目が合う。
「・・・・・・あ」
思わずセナが、声を出した。
声を出されたほうは、何だ、というようにセナを振り返る。
王城ホワイトナイツの強豪、進清十郎。
「・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・て、あっ」
思わず声を出してしまったが、セナは、よく考えたら相手は自分のことを知らないことに気が付いた。
『自分』は確かに彼の目に止まったであろうが、それは『小早川瀬那』では無く、『アイシールド21』。
自分は良く知っているつもりでも、相手にしてみれば自分は見知らぬ人であるわけだ。
そう思うと、急に恥ずかしくなり、セナは慌てて
「あ、あの、す、すみません、何でもありませんっ」
と、顔の前で手を振ったが、進は、明らかに自分を知っているような反応をした、目の前の少年が気になった。
(・・・・・・どこかであったことがある・・・か?)
持ち前の無表情のまま、記憶を手繰り寄せる。
(確かに見たことが有る気もしないではないのだが・・・・・・)
などと、曖昧な考えをめぐらせていると、ふと、似た人物が脳裏に浮び上がる。
あれは、確か・・・・・・・・・。
「あぁ、デビルバッツの・・・・・・」
主務のようなことをしていた人か、という言葉は、違っていたら失礼なので飲み込んだ。
言われた方のセナは、まさか覚えられている(というか知られている)とは思わなかったので、
「あ、はい・・・・・・どうも・・・」
と、ぎこちなく頭を下げた。
進も、とりあえず黙って頭だけ下げる。
しかしながら、挨拶は交わしたものの、昔から人見知りの激しいセナと生来の寡黙人間である進。
それ以上会話が続くはずも無く。
進は、たった今買ってきたらしい雑誌を袋から取り出すと、読み始めた。
チラッとセナが見てみると、予想を裏切らず、アメフト雑誌であった。
(ヒル魔さんが買ってた奴と一緒かな・・・・・・?)
そんな風に思っていると、視線に気付いた進が
「・・・どうか・・・?」
と、不思議そうにセナを見た。
「えっ、あ・・・す、すみません。覗いてたわけでは・・・・・・」
有るような無いような。
セナは、先ほどから(悪気は無かったといえども)失礼な行為を働いてしまっている自分に気付き、自己嫌悪に陥りかける。
あまりにも申し訳なさそうに謝るセナを見て、進は
「いや、別に・・・・・・アメフトに興味があるのか?」
と聞いた。
よく考えれば、その質問はおかしいのだが。
セナがアメフト部員であることは、進は一応は知っているのだから。
しかし、セナはそんな矛盾には気付かずに、
「はぁ、まぁアメフトは好きです・・・・・・・・」
と答える。
「デビルバッツ・・・・・・・・・」
進は呟きながら、この間見たデビルバッツの試合で注目した、あの足の速い選手を思い出した。
確か自分の目が正しければ、アイシールドをつけていたように思う。
「デビルバッツに、確かアイシールドをつけた選手がいたと思うのだが・・・・・・」
情報収集は、強さの秘訣の1つである。
それを心得ている進は、このどうやら年下らしいこの少年に、彼の情報を聞きだしてみようと思った。
何気ない言葉のつもりであったが、当たり前のごとくセナはギクリとする。
なんせそれは自分であり、更にはそれはいわば、“極秘事項”であるわけなのだから。
「は、はぁ・・・いますね・・・・・・」
出来るだけ不自然にならないように、と努めているはずなのだろうが、意味も無くどもっている口調は充分に怪しい。
が、そのしっかりしていそうな外見とは裏腹に、案外『抜けている』進は、気付かなかった。
「彼は一体どういう選手なんだ?」
「えっ、あ、アノ人デスカ?どういう人・・・・・・でしょうねぇ・・・アハハハ・・・・・・」
最早冷静にしようにも、もともと小心者のセナは、思い切り可笑しな対応をしながら空笑いを飛ばすしか出来ず。
さすがの鈍感な進でも、訝しげな視線でセナを見た。
(き、消えてしまいたい・・・・・・!!)
本気でセナは、そう思ったとか思わなかったとか。
確実に『怪しい人』に見られるという、羞恥心はもちろん。
ここへタイミング悪く、ヒル魔がやって来れば、(恐らくはは自分が)恐ろしい目にあうのは、目に見えている。
ましてや、ばれてしまった日には、あらゆる意味でセナの平和な学校生活は失われていくであろう。
「同じ部活なのに、知らないのか?」
と、進の鋭い突っ込みが入り、更にセナがあせる。
「いや・・・あの・・・・・・・す、すみません。あの人はウチの秘密兵器なんで・・・・・・人に話すなって言われてるんで・・・・・・」
自分のどこが秘密兵器だよ、と自分自身に突っ込みを入れつつ、それしか言えない自分を呪った。
一方進は、まさか秘密兵器云々の話を鵜呑みにしたわけでもなかったが、セナがあまりにも慌てているので
「そうか・・・・・・・・・」
と、とりあえず諦めたように言った。
そして、
「せめて名前だけでも教えて欲しいんだが・・・・・・」
と、付け足す。
そのとたん、一瞬ほっと緩和しかけたセナの表情が、再び固まる。
「なッ・・・・・・名前・・・ですか・・・。それは――――」
「名前も言えないのか?さすがにおかしくないか・・・・・・?」
(ひぃ――――――ッ、こ、これ以上突っ込まないでください―――っ)
セナが、全てをかなぐり捨ててここから逃げたくなったときだった。
「オイッ、糞チビ!どこいやがんだよ?」
いつもなら恐怖の対象であるはずの、救いの声が聞こえた。
「あああああああのっ、ぼっ僕連れが来たみたいなんで、これで失礼しますーーっ!」
これぞチャンスとばかりに、救いの神(ヒル魔)の方へ、猛ダッシュする。
「!!!!」
呆然としながら、その後姿を見送ろうとした進の目が、見開かれた。
「どこ行ってんだよ、馬鹿!テメー探すなんて、俺の時間がもったいねぇんだよ」
「ひーっ、すみません、すみません!」
「悪いと思うんなら、後2件付き合え。レンタルビデオとコンビニだ。お前荷物持ちな」
「えぇっ!!?そ、そんなぁぁ・・・・・・(泣)」
「つべこべ言わずさっさと付いて来い。ぐずぐずしたらノルマ増やすからな!」
「(鬼だ!悪魔だ!鬼畜生だ!!)」
そんな2人の妙なやり取りを、ぼんやりと見ながら。
(今の走り方は・・・・・・あのアイシールドに似ていたような・・・・・・?)
あの気の弱そうな少年が、まさか、と、進は半分否定しつつも、否定しきれない。
どうせ分からないのだから、真偽のほうはともかくとして。
あの少年には、また会いたいな・・・、と。
自分でも気付かないような心の隅で、進は思ったのだった。