『電話待機』
「あの、すみません・・・・・・母が今居ないんで・・・・・・」
向こうの通話を切る音を聞いてから、自分も受話器を置いた。
これで、セールス、勧誘の類電話は、3回目。
こんな1時間ほどの間に、どうしてそんなにもかかってくるのだろう?
自分が家に帰ってきてから、1時間と20分ほど。
掛かってきた電話は、4回。
うち、セールスが3回で、後は間違い電話だった。
「・・・・・・進さん、部活遅くなってるのかなぁ?」
電話の前で、じっと待機している自分が恥ずかしくなって。
僕は自分の部屋に戻った。
子機の受話器を、右手に持って。
「今日、部活が終わってから電話する」
と。
朝1番に彼から届いた、電話のメッセージ。
明日は日曜日なので、その予定を決めようと言うことだろう。
「あ、はい、分かりました」
なんでもない風に対応した自分だったけれど。
帰宅すれば、しっかり、電話の前でコール待ち体制の自分。
音が鳴るたびに、今度こそ、と勢い勇んで取ってしまう自分が、憎らしい。
自分よりも、相手の方が帰りが遅いのは、経験上知っている。
部活の時間が、向こうの方が長いのも。
泥門アメフト部の部員として、その事実は焦りの要素でもあったけれど、部活動に時間と言うのは学校ごとに決まっているもので。
自分たちで勝手に、時間を長くすることは出来ない。
最も、高みを見ているようで意外と現実主義者の、我が部の先輩は、そんな話をしても
『時間が無いなら、内容濃くすりゃいいんだろーが』
とでも、あっさり結論付けてしまうだろう。
何はともあれ、そうして電話の着信を待ちながら。
時計を見れば、早、1時間以上が裕に過ぎているわけで。
「・・・・・・んん〜〜・・・・・・、早く来ないかなー」
じれったさと、少々の苛立ちを感じるのは、止められない。
大体。
忠犬ハ●公かのごとく、律儀にじっと着信を待っている僕だけれど。
こんな時間の間に、出来ることはいくらでもある。
予習、宿題から、ゲームだろうが、アメフトのルールを覚えることだって。
1時間も有れば、いくらだって出来る・・・・・・・・のに。
「何でこんな、待ち続けてだろ・・・・・・僕」
自嘲して言ってみるけれど。
裏腹に、受話器から離れられないのも事実。
掛かってきた瞬間、すぐに取りたい。
一瞬だって、受話器から離れていたくない。
なんて、思うわけで。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・病気だ。
自分への呆れを通り越して、不条理ながらも進さんへの悔しさが。
自分ばっかり・・・・・・なんて、思いはしない。
彼は自分のことも良く考えてくれるし、優しい人であることは否めない。
少し寡黙すぎて、不器用な人だけれど。
それさえ、彼の一生懸命さを見ていれば、魅力の1つだと思える。
けれど、そうやってここまで自分が進さんに惹かれているということに。
くだらない、幼稚な悔しさが多少。
「あ〜〜〜っ、もうっ!」
無意味に叫んでみたところで、右手に握った受話器を、放せもしない。
と、その瞬間。
“通話”ボタンが、赤色に発光した。
「っはい、小早川です」
コールがなるや否や通話ボタンを押す。
少し間があって、
「進と申しますが・・・・・・セナ・・・・・・か?」
聞きなれた低い声が、聞こえた。
「あ、はい・・・・・・僕です」
さっきまで、だれだけ悶々としていたくせに。
声を聞いただけで、自分の表情が緩むのが分かる。
「遅くなって悪かった・・・・・・・・・、部活が長引いてな」
「いいえ」
「明日の予定のことなんだが・・・・・・今、時間あるか?」
「はい、大丈夫です」
いつもと同じように、おたがいの予定を聞きあって、明日の予定を立てる。
明日は、奇跡的に都合がいいらしく、3時間ほども会えるとか何とか。
けれど、この電話の時間だけでも充分だとか思ってしまうのは。
自分が、あんなにも待ち続けていた所為だろうか。
今度、機会があったら。
同じように、『部活から帰ったら、電話します』と、言ってみようか。
それで、帰ってから2、3時間待ってみることにして。
それから電話をかけて。
『待ってましたか?』
って、訊いてみるのもいいかも知れない。
進さんは、正直すぎる人だから、素直に『待った』、と言うかもしれないけれど。
それはそれで、オアイコ、ということで。
「じゃあ、こういう予定でいいな・・・・・・それじゃ」
「・・・・・・進さん?」
「何だ?」
「・・・・・・・・・何でもないです、おやすみなさい」
「・・・・・・?あぁ、おやすみ・・・・・・」