Become Aware
「なんで・・・気づくんだってば・・・」
呆れ半分、溜息混じりに呟いた言葉は、冷たい空気の中、白い靄に姿を変えた。
「ぜってー俺のほうが速いってばよ!」
「いーや、俺だね。お前俺の速さをしらねーだろ」
「んなもんキバだって同じだろ!」
寒さに負けず、はいいが。
なんにでもすぐ興味を示す、子供特有の光を持った青い瞳が、シノの方を向いた。この寒空の下でも(実際は校舎の中だが)、持ち前のやかましさを失わない彼ら、ナルトとキバはすごい。
自他共に認める無口人間のシノは、ある意味彼らを尊敬していた。
「・・・何を言い争っている・・・?」
「あ、シノ」
子供特有の、好奇心旺盛な光を宿した瞳が、シノを捕らえる。
「なぁなぁ、絶対俺のほうが速いよなぁ?」
一方的に、意味のわからない話題の同意を求めてくるナルト。
「・・・・・・何がだ?」
さっき何を言い争って入るのかきいたのを、聞いていなかったのだろうか?
シノはそんな心情を飲み込んだ。
「俺とキバと、どっちが飯食うの速いと思う?」
・・・・・・少しガクリとくる。
呆れながらも、その表情が変わらなかったのは、さすがシノ、といったところか。
“速さ”というからには、足の速さでも競っているかと思ったのだが。
「絶対俺のほうが速いよなぁ?」
「俺だってばよ!」
しかも、何故こんなくだらない話題に、この2人は熱くなっているのだろう・・・?
そう思いながらも
「・・・2人の食事を見たことは無いから、分からないな」
と、律儀に返す。
「ともかく、そろそろ教室に戻らないと・・・そろそろ休み時間が終わる」
そう言って、2人を促したとき。
「・・・・・・?」
ナルトに違和感を感じた。
「・・・ナルト」
「ん?なんだってば、シノ。教室もどんじゃねぇの?」
突然腕をつかまれて、きょとんとするナルト。
キバが、自分も言い争っていたことを棚に上げて
「早くしねーとチャイム鳴っちまうぞ」
と、教室のドアを開けながら呼びかける。
「保健室へ行く。先生にも伝えておいてくれ・・・」
そういうとシノは、ナルトの腕を引っ張りながら保健室へと向かうため階段を下りていった。
「な、なんなんだ、あいつら・・・?」
仕方なくキバは、一人で教室に入りドアを閉めた。
「な、なんだってばよ、シノっ。保健室くらい一人で行ったら良いじゃんか!」
半ば引きずられる形をとりながら保健室について、ナルトが不満げに言う。
「まぁ、授業ちょっとでもサボれるのは嬉しいけどさ」
そう言いながらも、勝手につれてこられたことに少々不機嫌な表情で。
ナルトは真っ白なベッドに、ドサッ、と腰掛けた。
そんなナルトはお構い無しに、先ほどから何かを探しているシノ。
「・・・・・・?何探してんだってば・・・?」
手伝おっか?と、傍へ寄ったナルトに、ずいっと何かが差し出された。
それは・・・学校の保健室などでおなじみ、シンプルで古い型の体温計。
「・・・・・・何?」
「・・・熱を測れ」
「なんで俺が?」
「いいから」
無表情でそう言われて。
「訳わかんねってばよ・・・もぅ・・・」
と、しぶしぶ手渡された体温計を、脇にはさむ。
話すことがなく、無言のまま2分ほど過ぎる。
もともと黙っていることの多いシノには、なんと言うこともなかったが。
話すことに情熱を注いでいると言っても過言ではないナルトにとっては、拷問の2分間だったと言えよう。
待ちかねた、ピピピッという電子音が鳴った。
「あ、鳴った」
やっと終わった、とほっと一息をついて、結果を見て
「・・・・・・・・・・・・」
ナルトは絶句した。
しばし体温計の表示に見入るナルトを見て、シノが
「何度ある?」
と訊いた。
少し悔しそうな声で、ナルトが答える。
「・・・・・・8度5分」
「やっぱりな。大分熱が高い。とりあえず保健室で寝ていろ」
呆れたように言う、シノ。
「なんで・・・気付くんだってば・・・」
自分でも気付かなかったのに、とナルトが不思議そうな顔をした。
「普通8度もあって気付かないのは、おかしいと思うが・・・」
「・・・・・・」
「いいのか、そんなので?」
「・・・どういう意味だってば?」
不躾な物言いに、ナルトは眉をひそめる。
しかし相手は淡々と。
「仮にも忍びである者が、自分の体調にすら気付けないようでは、不安だな」
「・・・・・・・・・・・・」
痛いところをつかれたのか。
唇を尖らせて、神妙な表情をして、しばし考え込むナルト。
再び訪れる沈黙。
破ったのは以外にも、珍しくシノだった。
「まぁ・・・問題ないだろう」
「・・・なんで?」
いくら単純でも、さすがに何の根拠もないと信じられない。
訝しげな表情で、ナルトが問う。
「お前が気付かなくても、俺が気付いてやれる」
あまりにも無表情のまま、淡々と口にするものだから。
その台詞の意味を解釈するのにさえ、10秒弱の時間がかかった。
「・・・・・・っ」
ようやく、その台詞を理解したうえで、更に頭の中で反芻して。
途端に、熱の所為だけではなく、真っ赤に染まる頬。
「何言って・・・っ、シノに気付いてもらわなくたって、自分で気付けるようになるってば!」
ごまかすように、そうまくし立てる。
熱があるのに・・・大丈夫なのだろうか。(本人さえ気付かなかったくらいだが)
「・・・ま、それだけ元気なら心配ないな」
大人しくベッドで寝ておけ、と言って、ポン、といつもの調子で頭を軽くなでる。
「・・・・・・・・・〜〜〜っっ」
子ども扱いされているようだが。
それでも少し嬉しい気分になってしまうのは、負けている証拠。
緩みそうになる顔をうつむいて隠して、
「わかったってば」
と、未だ頭の上にある、自分より一回り大きな手を振り払う。
表情がばれないうちにと、ナルトはさっさと清潔なベッドの布団の中にもぐりこんだ。
これでよし、という意味合いを込めた溜息をついて、シノは保健室を出ようとする。
と、後ろからナルトの声が、ボソッと聞こえた。
「・・・なんだ?」
「帰り・・・どうすんだよ?」
身体を反転させ、保健室の出口、つまりシノの方を見ながらナルトが問う。
「何が?」
もどかしいような数秒が流れる。
「もぅっ、俺の熱にも気づくんだったら、それくらいわかれってばよっ!」
布団の中から睨みつけながら、そう怒鳴る。
多分自分以外には誰にも分からないだろう、表情の変化。
口の端をそっと緩めて。
「授業が終わったら迎えに来る」
シノが簡潔に、それだけ言うと
「へへへ〜vそれでよしっ。あ、俺の荷物もちゃんと持ってこいってばよ?」
打って変わって上機嫌そうなナルトの返事が返ってきた。
「わかった」
その後の数十分間。
2人ともが同じように帰りの時間を待ちわびていたことは、お互いに秘密。
だったが。
保健室に戻ったときのお互いの様子で、お互いがこっそりと気付く。
「俺もちょっと“忍び”に近づいたってばよ・・・」
と。
帰り道の、ナルトの嬉しそうな一言。
END.