『釦』



「オイ、このボタンつけろ」

突然何を言い出すかと思えば命令口調。
しかも何ですか、その内容。
心の中だけだけれどそうツッこんだ僕の言葉は、正当性はあると思う。
差し出されたのは、制服のブレザーと、そして外れたらしいボタン。
言われた言葉と総合して考えると、つまり、このボタンを縫いつけろ、と。
僕に。

「な、・・・・・・何で僕・・・・・・?」
「主務の仕事だろーが」
違います。
寧ろ、マネージャーの仕事です。
というか、ユニフォームでもなく制服なのだから、お母さんとか。
・・・・・・・・・ツッこんだ方がいいのだろうか。
突っ込みを待っているのかも知れない、否、そんなわけがない。(反語)
この人は、突っ込みなんか受けることを好む人ではないじゃないか。
それくらいは、承知してます。
もとより、この人がまもり姉ちゃんに、『頼みごと』なんかするはずもないことも。

あれこれと考えてみたところで、所詮出せる答えといえば、唯一つ。
「分かりました・・・・・・」
と、溜息混じりに答えた。
環境適応能力とでも言うのだろうか、それとも「郷に入っては郷に従え」?
ともかく、ここ、アメフト部で僕が生きていくには、こういう柔軟な対応が必要なんだ、きっと。
僕は、服を受け取ると、部室に備え付けてある(恐らくまもり姉ちゃんが用意したもの)裁縫セットを取り出した。

およそ、家庭科とか技術とか、そういう教科が得意ではなかった僕だけれど、ボタン付けくらいなら出来る。
甘いようで完璧主義者なまもり姉ちゃんは、僕が家庭科の居残りなんかをしていると、必ず一緒に居て教えてくれた。
勿論、それは小学生の頃の話だけれど。
おかげで、生まれつき備わる器用さには恵まれなかったけれど、それなりの技量は発達した・・・と、思う。
もたもたしてると、また怒鳴られるんだろう、と思った僕は、急いで針に糸を通してボタンを縫いつけ始めた。
・・・・・・っていうか、これくらい自分でやったらいいのになぁ・・・・・・。
と思うのは、ある意味、天皇陛下にトイレ掃除をやれ、とでも言うようなものなんだろうか。
・・・・・・・・・しかも・・・・・・・・・なんだろう?
じっと見られてる・・・・・・・・というか、観察されてる?感じなんですが。
ちくちくと動く指先に注がれる視線に、多少の焦りと心理的な痛みを感じる。

「あ、あの・・・・・・なんか見るようなことでも、ありますか?」

耐えられなくなって、作業を一旦止めて、彼、ヒル魔さんのほうを振り向いた。
もともと心理的プレッシャーには弱い精神構造をしているんです、僕は。
ヒル魔さんの目線は、依然僕の指先に注がれている。
「いんや、器用なモンだな、と思ってな」
感心したように言った彼に、僕は少し拍子抜けした。
まさか、この天下の大魔王様からお褒めの言葉を預かるだなんて、思ってもいなかったから。
まぁ、どうせ褒められるならアメフトのことで褒められてたかったんですが・・・・・・。
「・・・・・・・・・・はあ、どうも。・・・でも、これくらい誰だって出来ますよ?」
「俺は針に糸通したこともねえな」
「・・・・・・・・・・・・」
小学校中学校と、彼がいかに家庭科の先生を悩ませたかは、想像に難くなかった。
「僕は・・・・・・まもり姉ちゃんに良く教えてもらったんで・・・・・・まもり姉ちゃんはもっと上手ですよ」
と、早、マネージャーが板についてきたまもり姉ちゃんの名前を出すと、ヒル魔さんは露骨に嫌な顔をした。
あまりに正直な反応に、少し苦笑。
・・・・・・なんでそんなに相性が合わないんだろう。
とも疑問には思うけれど、2人の性格を考えれば、相反するのは寧ろ当然なのかも知れない。

皮肉そうに、ヒル魔さんが呟いた。
「いー嫁にでもなれそうなもんだな」
「まもり姉ちゃんですか?」
他に誰が居る?
言った直後、自分で自分にツッコミ。
あぁ、一人ボケツッコミ・・・・・・・・漫才やれそうだなあ、僕。
心の中でだけなら。(←意味無い)
自分でもマヌケな返答をしたものだ、と呆れていると、案の定ヒル魔さんは、肩を揺らして笑った。
「お前、嫁に行くのかよ?」
「・・・・・・・・・・・・イイエ。
 出来ることなら、お嫁さんは“貰いたい”ですね・・・・・・・・」
「だろーよ」
よほど僕の科白がおかしかった(失礼な!)のか、いまだ肩を震わせ中のヒル魔さんを尻目に、僕は作業を再開した。


「こんにちはー・・・・・・と、セナもう来てたのね」
「あ、うん・・・・・・」
後は糸を切るだけ、という頃になって、まもり姉ちゃんが入室。
噂をすれば影・・・・・・というには、ちょっとタイミングが遅い?
「あら、何やってるの?」
僕が、裁縫道具を出してごそごそとやっているのを見て、まもり姉ちゃんが怪訝な表情をした。
「いや、ちょっとヒル魔さんのブレザーのボタンが取れたらしくて・・・・・・もうつけ終わったけど」
糸の始末をして、針を片付け始めながら僕はそう答えた。
姉ちゃんは
「それくらい自分でやりなさいよ、またセナを使って!」
と、悪態をついたけど、そんなものは彼には通じない。
「でも、そうやってるとさぁ・・・・・・・・」
ふ、とまもり姉ちゃんが表情を緩めて。

「なんだかセナ、お母さんみたいよね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ほのぼのと笑う姉ちゃんを見ながら、僕はもう突っ込むことも出来なかった。

とりあえず、『お嫁さんみたいよね』と言われなかったことに、安心しておいた方がいいんだろうか。




終わっと気