醒めない夢
私と翔くんはイトコ同士。私の母の弟が彼のお父さん。・・・最も、彼の一家は6年前まで北海道に住んでいたから、年に一度会えればいい方で、あまり親密につきあっていた
訳ではない。 でも、私は何故か、幼い頃から彼の家族が好きだった。そして。 いつしか、翔くんのことを、1人の男性として意識していることに気づいたのは、半年
程前だったように思う。 現在、私、佐藤 麻衣、20歳、彼、森島 翔、21歳・・・
「翔くん」 「よう。・・・どうだ?勉強、はかどってるか?」 「んん〜、頑張ってるんだけどなぁ・・・あのね、今日はここなんだけど・・・・・」 「どら」 初夏の
香りが漂う五月の日曜日の午後、いつものように麻衣は翔の家を訪ねた。麻衣は看護学校の3年生、翔は医科大の4年生。二人の目指す道が同じようなものであることから、麻衣は
週末の休みになると翔に勉強を見てもらっていた。 勿論、麻衣の方は、勉強は半分以上口実で、翔と一緒にいたいから、こうして彼の家に来るのだが、彼がどういうつもりで
自分につきあってくれているのかは皆目判らない。 「・・・・・だよ。麻衣、解ったか?」 「うん、そうか。ありがとう、翔くん」 そう答えた時、ドアが軽くノックされ、
翔の母がお茶とケーキを運んできてくれた。 「麻衣ちゃん、どう?」 「何とか、頑張ってます・・・叔母様、いつもすみません」 「いいわよ、気にしなくて。ゆっくりして
らっしゃいな」 「ありがとう」 彼女が出ていくと、翔はカップを持ち上げ、お茶を口に運んだ。 「麻衣も飲めよ」 「うん」 勧められて、麻衣も甘い香りのす
るカップを持ち上げた。 「ねえ、翔くん」 「ん?」 「・・・・・翔くんは、彼女、いないの?」 突然の質問に、翔は一瞬言葉に詰まる。 「な、何だよ、いきなり」
「だって・・・何となく気になったの。こうやって毎週私のお守りしてくれてるけど、もし、デートの邪魔とかしてたら悪いなーって思って・・・」 言いながら、麻衣はこれが決して
本心からの言葉ではないことがよく解っていた。 翔はゆっくりと一口、お茶を飲むと 「・・・残念ながらいないよ、今のとこ。同じゼミの仲間とか、クラスが一緒っていう女性
なら、いるけどね」 ほんの少し視線を落として、けれど、いつもと同じ口調で話す彼に、麻衣はホッとする。 「ふうん・・・翔くん、意外にモテないんだ」 「うっ・・!ひ、人
のことより、自分はどうなんだよ」 「私ィ?いる訳ないよー。だって、私の周りって女の子ばっかりなんだよー?病院の医師はオジサンばっかだし。第一、普段は寮生活してるのに、
どうやって男の人と知り合えっていう訳?」 翔のことが好きだから、他の男性には興味がない・・・とは、とても言えない。 「・・・そんなもんかねぇ」 「そーよ」 大真面目
な顔で断言する麻衣に、翔はなんだか可笑しくなって笑ってしまいそうになる。 ・・・・・こんな風に、二人は午後のひと時を過ごしていた。
この日、麻衣が家に帰ったのは5時過ぎだった。翔の家と麻衣の家は歩いて4、50分という距離で、大抵翔が車で送ってくれていた。 別れ際に、彼は思い出したように麻衣に
言った。 「バースディ・プレゼント、何がいいか考えて連絡しろよ。・・・明後日だろ」 「うん。ありがとう」 麻衣は上機嫌で彼の車を見送り、家に入った。 「ただいま
ー・・・っと、あれ?」 奥の部屋にいるらしい両親の声がTVの音に混じってボソボソと聞こえてきた。麻衣が何気なく近づいていくと、 「麻衣がもう21になるか・・・早いもんだ」
「ええ・・・なんだか夢みたいですね・・・お父さんがあの娘の話を持ち出したのが昨日のことのようなのに」 「そうだな・・・過ぎてみればあっという間だ」 「ええ・・・本当に」
こんな会話が聞こえてきて、麻衣はその場に立ち竦んでしまった。 (話を持ち出すって・・・どういうこと?) 麻衣がすぐ傍で立ち聞きしていることなど、思いも寄らない麻衣の母は、
お茶を一口飲んでから尚も言葉を継いだ。 「でも、私はあの娘を育ててきて、本当に良かったと思いますよ」 「母さんがそう言ってくれると、私も助かるよ。・・・何しろ、半ば強制的
に麻衣を引き取ったという感じだったからな」 「・・・・・そうでしたね」 予想もしない両親の言葉に、麻衣は頭から血の気がスーッと引いていくような気がしていた。足が、ごく自然に
前に出る。 「今・・・・・何て言ったの・・・・?お父さん・・・」 「!!」 父と母が愕然とした表情で戸口を振り向く。 「ま、麻衣・・・!」 「お前、いつからそこに・・・・・!!」
「引き取ったって・・・私は、お父さんとお母さんの子供じゃ、ないの・・・・・?」 目を見開いて、茫然とした様子で立ち尽くす麻衣に、両親は暫しの間、彼女の姿を見つめるだけだった。
やがて、母が困惑した瞳を父に向ける。それを静かに見つめ返し、麻衣に聞かれてしまった以上誤魔化す訳にはいかないと覚悟を決めた父は、ゆっくりとその重い口を開く。 「・・・・・そうだ。
お前は、私たちの本当の娘ではない」 決定的な父の言葉に、麻衣の頭の中は真っ白になった。そして、両親にくるりと背を向け、夢中で家の外へと駆け出した。 「麻衣!」 「麻
衣!待ちなさい!!」 母と父の言葉は彼女の耳には届かなかった。
・・・・・気がつくと、麻衣の足は翔の家の方へと向かっていた。彼の家にはまだ少し遠い、JRの線路沿いの遊歩道に入り、中程のベンチに座り込むと、頭の中に先程の両親の言葉が浮かんで
きた。 (私は・・・お父さんとお母さんの子供じゃなかった・・・・・) 信じられない思いで、麻衣は頭を振った。 (悪い夢を見てるみたい・・・) 今日まで、血を分けた両親だと信じて
疑ったことがなかっただけに、麻衣のショックは大きかった。両親だけではない。大好きな姉や妹、弟とも血の繋がりがないというのなら、一体自分は何だというのだろう。 (私・・・・・これから
どうしたらいいの・・・?) 麻衣はその場から動けなくなってしまった。
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