Winter Light




 


 結婚して1年目のクリスマスはお互いに仕事で。
 今年もそう、なのだが、イブの前日の祝日に、偶然にもあきのが休みになり。
「1日早いけど、クリスマスのお祝い、一緒にしよう? 智史」
「おお、いいんじゃね? どっか出かけるか?」
「うーん、お出かけでもいいけど・・・家でゆっくり、でもいいかなって思うんだけど。智史は、どう?」
「家でゆっくりか・・・それもいいが・・・ちょっと待てよ」
 智史は徐に共用のノートパソコンの電源を入れて、検索を始める。
「智史?」
「ダメ元で・・・っと・・・んー、おお、奇跡かもな。あと1部屋だけ空いてる」
「え?」
 あきのが画面を覗き込むと、そこには思い出のホテルが表示されていた。
「ここって・・・」
「そう、結婚式の後に泊まったトコ。22日、泊まらねえ? 日勤だろ、あきのも」
「うん・・・でも、いいのかな」
「滅多にないんだし、いいだろ。予約するぞ」
 智史はさっさと予約手続きを済ませてしまう。
「久しぶりにデートだ。夏以来だろ、遠出すんの。まあ、横浜は遠出って程じゃないかもだけどな」
 夏に新婚旅行を兼ねた関西への旅をしてから、出かけるということはなかった2人だ。
 仕事が忙しく、合間の休みはどうしても家事優先になってしまって、改まってどこかに、とはなかなかいかないのが現状だ。
 だからこそ、こんな機会に思い切って出るのもいいかと智史は考えたのだ。
 それに。
「以前言ってたろ、夜の観覧車に乗りたいって。それも叶えるいい機会じゃんか」
「智史・・・!」
 大学生のころのささやかな願いを覚えていてくれたことに、あきのの胸がじんわりと温められていく。
 思わず、ぎゅっと抱きついた。
「ありがとう、智史・・・楽しみにしてるね」
「ああ」
 2人はそっと唇を重ねた。





 12月22日。
 特にトラブルなく仕事を終えた智史とあきのは、一度家に戻って着替え、翌日分の着替えを持って電車に乗った。
 横浜に行くのは結婚式以来で、夜に行くのは初めてである。
「赤レンガ倉庫でクリスマスマーケットをやってるんだって。大きなツリーやイルミネーションもあるって」
 自分で調べた情報を、目を輝かせて語るあきのに、智史も笑みを返す。
「今の時期ならではの催しだよな。やっぱ、正解だろ? 出るって決めて」
「うん。凄く楽しみ! ありがとうね、智史。提案してくれて」
「チェックインだけ先にしたら、すぐに出かけようぜ。夕飯はホテルのじゃなく、その辺の、でいいよな」
「勿論! あー、ホントに楽しみ。きっとたくさんの人出だろうけど」
「ま、それは仕方ないさ。ともかく、楽しもうぜ」
「うん」
 桜木町の駅で電車を降りると、まずはホテルに向かう。
 海沿いのそこは、結婚式の夜に泊まったところで、初めてを経験した場所でもある。
 あの時の部屋は18階くらいだったように記憶しているが、今夜は何階なのだろう。
 あきのはそんなことを考えながら、フロントにチェックインの手続きをしに行った智史を、少し離れたソファに座って待っていたのだが。
 彼が何やら眉間に皺を寄せて戻ってきたので、少し心配になった。
「智史? どうかしたの?」
「いや・・・その、予約した部屋な・・・どうも、かなり豪勢なトコらしい。手続きは上の階でするから、って言われた」
「・・・え? それって・・・」
 あきのが首を傾げると、ホテルのスタッフが近づいてきて、手続きをするフロアへ案内してくれると言う。
 2人は大人しくスタッフに連れられて、28階のラウンジに案内された。
 そこで、ウエルカムドリンクのサービスを受け、無事にチェックイン手続きをして、部屋へと案内してもらう。
 ラウンジより更に上の階の部屋に案内され、ドキドキしながら鍵を開けると。
「うわぁ・・・凄い!」
「・・・こりゃすげーな・・・」
 街側の部屋だが、今の時期ならではの光に彩られたみなとみらい地区が一望出来て、見事としか言いようがない。
「なんて贅沢・・・!」
「マジ凄いわ。奮発した甲斐あるな、この眺めは」
 赤レンガ倉庫もよく見え、綺麗な飾りつけをされたクリスマスツリーが輝いている。
 丁度眼下に位置する遊園地のライトも華やかだ。
「お部屋からの眺めも堪能したいけど、とりあえず、クリスマスマーケットに行ってみたいな」
「そうだな。行くか」
 智史とあきのは小さな鞄に貴重品だけを入れて、部屋を出る。
 ホテルを出ると、たくさんの人が道を歩いているのがよく判った。気温はそれなりに低いが、雪が降るほどではない。
「やっぱり凄い人ね」
「だな。とにかく、行こう。迷子になるなよ?」
「大丈夫だもん。こうやって行くから」
 あきのは智史の腕にしっかりと掴まった。
 躊躇いなくそうしてくるところに、一緒にいることへの抵抗がなくなっているのだと感じて、智史は安堵すると同時に苦笑もしてしまう。
 良い意味での『慣れ』なのだが、恥じらいたっぷりだった頃のあきのも初々しくて可愛かった、などと不謹慎なことを考えてしまったからだ。
 とはいえ、それを口には出さない。
「・・・離すなよ?」
「うん」
 あきのはしっかりと頷いて智史と共に歩き出す。
 クリスマスの装飾が施されたワールドポーターズの横を通り過ぎ、赤レンガ倉庫に辿り着くと、賑やかな雰囲気と煌く光の洪水が目前にあった。
「凄ーい! 綺麗!」
「・・・予想以上だな・・・」
 感嘆の声を上げるあきのとは対照的に、智史は僅かに眉を吊り上げた。
 普段ならば、まず近づかない雰囲気の場所だ。しかし、あきのが嬉しそうにしているので、それで良しとしよう、と智史は思う。
 クリスマスの時季らしいお菓子やパン、ソーセージやホットワインなどが売られているのを見て歩き、気になるものや気に入ったものを買い求め、口にする。
 ただ、智史はお菓子は食べないので、その場での買い食いだけでは足りそうになかった。
「ここだけで夕飯全部って訳にはいかねえみたいだな・・・」
「智史はお菓子は食べないものね・・・どうする? ワールドポーターズか桜木町の駅の方で、改めて食べる?」
「そうだな・・・居酒屋みたいなトコでもいーから、もうちょっと腹に溜まるもんが食いたいな」
 2人は相談して、ワールドポーターズに戻って改めて食事をすることにする。今回の目的のもう一つが夜の観覧車に乗ることだからだ。
「中華とイタリアン、どっちかか、回転寿司ってトコか」
「・・・だね。智史はどれがいい?」
「・・・昨日が炒飯とスープだったから、パスタにするか?」
「・・・いいの?」
「ああ。それに、どうせ中華食うんなら、明日の昼、中華街に行けばいいだろ」
「それもそうね、横浜なんだし。じゃあ、パスタで」
 2人はパスタのチェーン店で食事をして、遊園地へと移動する。
 観覧車には、それなりの列が出来ていたが、躊躇いなくチケットを買ってそれに並ぶ。
「ホテルの部屋からの夜景でも充分かもしれないけど・・・」
「まあ、いいんじゃね? ホテルの部屋からは海側の景色は見えねえし」
「うん、そうなんだよね。あー、楽しみ」
 寒い中での待ち時間も苦にならないくらい、あきのはニコニコしていた。
 それに、寒さを理由にすれば、智史にくっついていられる。それも嬉しい。
「随分嬉しそうだな、お前」
「だって、やっと念願叶うんだもの。この観覧車で横浜の夜景見たいってずっと思ってたんだから。智史と一緒に」
「・・・そうか」
 きっぱりと言われて、智史は軽く空へと視線を外す。
 彼のテレの様子にあきのはふふっと笑った。
「・・・智史のそういうトコは変わらないね、ずっと」
 智史は少しだけムスッとした表情になり、あきのをじろりと瞰下する。
「・・・お前はだいぶ変わったよな」
「えっ、そう?」
「あまりテレなくなったろ? 今も堂々とくっついてるし」
「あ・・・それは・・・」
 指摘されて、あきのは思わず組んでいた腕を解いて、智史との距離を少しだけ開けた。
 その仕草に、逆に智史が瞠目する。
「おいおい、いきなり離れることはないだろ」
「や、だって・・・嫌、なのかなって」
「・・・そうじゃねえよ」
 智史は苦笑してあきのの手を握る。
「夫婦として一緒にいるのがお前の中で自然になってるってことだろ? 変に遠慮したりしてねえってのは、いいことだと思うぜ? まあ、知り合いばっかのトコではベタベタくっつくんは勘弁だけどな」
「あ、うん、知り合いの前では私もちょっと・・・。だけど、智史が嫌じゃないなら、くっついてても、いい? その方が寒くないし」
「確かになあ・・・少しずつ進んでるとはいえ、こうやって立ってるだけじゃ寒いよな」
 智史が頷いたので、あきのは再び智史の腕に自分のそれを絡め、体を寄せる。
 そうこうしているうちに、2人がゴンドラに乗る順番が来て、それに乗り込む。
 ゆっくりと、夜空を上昇していくにつれて、赤レンガ倉庫のイルミネーションがよく見えるようになっていく。
「やっぱり綺麗・・・! 空も海も暗いから、明かりが映えるね」
「そうだな・・・あちこちにクリスマスの装飾があるのがよく判る」
「うん。・・・ああ、素適! 智史、本当にありがとう、連れてきてくれて」
 満面の笑顔に、智史も笑みになる。
「お前が喜んでくれたなら何よりだ。それに、部屋に戻っても夜景をじっくり楽しめそうだしな。ゆっくり、堪能させてもらうさ」
 景色は勿論、あきののことも。そんな意味を込めて、智史は彼女を見つめる。
「・・・そうだね。たっぷり眺められそうだよね」
 あきのも笑みのまま頷く。
 観覧車のてっぺんより更に高い位置にあるホテルの部屋の窓。そこから景色を眺めながら、2人、寄り添うのもいいとあきのは思う。


 ほんの少しだけ、異なる期待を胸に抱きながら、2人はゆっくりと地上に戻り、手を繋いで歩き出した。

 


                                                           END
 


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