海へ行こう!








 夏休みに入って数日。
 智史とあきのは、伸治、実香子と共に海へとやってきた。
 高校を卒業して以来、伸治たちとこうして遊びに来るのは初めてである。
「・・・っていうか、会うの自体も久しぶりだよな、智史」
「・・・だな。家も少し遠いしな、お前んとこは」
「私とあきのは時々会ってるよ・・・って言っても、2か月ぶりくらいか」
「うん。大学別々だから仕方ないわよね」
 そんな話をしながら電車を乗り継ぎ、鎌倉までやってきた。目的地は由比ヶ浜海水浴場。
 ビーチに着くと、平日であるにもかかわらず、人が大勢いた。
「やっぱ、夏休みは人が多いな」
「仕方ないよ、智史。・・・あっちの海の家、まだ空いてそうだぜ」
 費用は多少かかるが、ここは無料の更衣室などはないし、実香子とあきののためにきちんと海の家を利用しようと、男2人は相談して決めていた。
 目についた海の家に料金を払い、そこで更衣と荷物置きをお願いする。
 そして、早速着替えることにした。
「・・・なんか、やっぱり恥ずかしいんだけど・・・実香子」
 2人で一緒に買いに行った水着を取り出して、あきのは躊躇する。
「何言ってんの、あきの。大丈夫だって!」
「でも・・・やっぱり、私には・・・」
「ちゃんと試着もしたんだし、よく似合ってるんだから平気だって。・・・さあ、早く着替えて着替えて」
「う、うん・・・」
 水着を着ることなど、小学校の体育以来だ。中学、高校の時はプールにも行かなかった。
 何度か実香子や理恵たちに誘われたことはあるのだが、気が進まないと断っていた。男性の視線を恐く感じていたせいだ。
 今回、この海水浴の誘いに応じたのは、智史が一緒にいてくれるからだ。
 そうでなければ、あきのは誘いに乗らなかっただろう。
 あきのは躊躇いながらも水着に着替え、上から長袖のパーカーを羽織って更衣室を出た。
「実香子、椋平さん、こっち」 
 伸治が声をかけてくれて、あきのたちは彼らの側に進む。
 彼らはハーフパンツのような水着らしい。智史は黒がベースのシンプルなもの、伸治はセルリアンブルーベースの大きめチェックの鮮やかなもの。
 それぞれの個性に合ったものを着ている。
「パラソル借りたし、浜に出るか」
「うん。大麻とあきのも行くよ?」
 積極的な伸治と実香子に気圧されながら、あきのも頷く。智史は沈黙したままそれに続いた。
 澄み渡った青空に、眩しすぎて痛いくらいの日差し。
 伸治と智史が砂に穴を掘り、パラソルを差し込んだ。僅かではあっても日陰が出来て、あきのはホッとする。
「いい天気なのは嬉しいけど・・・日差しが強くて、痛く感じるわ・・・」
「あきのは色白だからねえ。日焼け止め、塗っとく?」
「うん、そうしたいな」
 実香子がバッグから日焼け止めクリームを取り出すと、伸治がすかさず声をかけてきた。
「実香子、背中塗ってやろうか」
「あ、ホント? お願いー。・・・あきのも大麻に塗ってもらいなよ」
「え・・・」
 実香子の発言に、あきのは固まり、智史も瞠目する。
 そんなあきのたちの様子には全く気付かぬまま、実香子は着ていたTシャツを脱いで、水着姿になった。
「おお、実香子、それいいじゃん」
「ふふ、似合う? 伸治」
「ああ、お前らしい色だよな」
 実香子が来ているのは蛍光ピンクのビキニで、下はフリルのミニスカートのようなデザインになっている。
「あきのもパーカー脱ぎなよ。日焼け止め塗れないし」
 そう言いつつ、実香子は腕やお腹辺りに日焼け止めを塗っていく。
 伸治も当然のように彼女の背中に塗っていった。
 あきのはちらりと、隣にいる智史に目を向ける。
 智史は相変わらず沈黙したままで、あきのと目が合うと、僅かにそれを逸らした。
「あきのー、まだ脱いでないの? いい加減度胸決めなよ。周りはみーんな水着なんだから、あきのだけが特別じゃないんだし。ホラホラ、さっさと脱ぐ!」
 実香子は半ば強引にあきののパーカーのファスナーを下してしまった。
「ちょ、実香子!」
「自信持ちなさいって! ヘンに隠すより堂々としてた方がいいよ」
 実香子に励まされ、あきのは微かに頬を染めながら、パーカーを脱いだ。
 鮮やかな青色に、白でハイビスカスの柄が描かれているビキニに、腰に同柄のパレオを巻いているので、ロングスカートを履いたような恰好だ。
 それは、あきのにとてもよく似合っていた。
 智史は初めて見る彼女の水着姿に、息を飲む。
 青の水着があきのの白い肌を強調し、細い腰や豊満な胸を際立たせている。
 綺麗で、魅力的で、ひどく心が騒ぐ。
 見ていたいけれど、見せたくない。
「おお〜、椋平さん、メチャ綺麗じゃん。実香子もいいけど、椋平さんもいーわ。ホレそう」
「何ですって?」
 伸治のことばに実香子はギロリ、と彼を睨む。
「あわわ、実香子、怖いって!」
「ったくもう! はい、大麻、あきのの背中に塗ってあげて」
 そう言って日焼け止めクリームを智史に手渡し、実香子は伸治を引っ張って波打ち際へと歩いて行った。
 残されたあきのと智史は、互いに小さな溜息をついた。
「・・・塗るんだろ? これ」
 智史が実香子から渡されたクリームをあきのの前に差し出す。
「あ、うん。・・・えっと、あの・・・背中、お願いしても、いい?」
「・・・ああ」
 智史は適当にクリームを掌に出し、容器をあきのに渡す。
 そして、一瞬の逡巡の後、掌をあきのの背中に滑らせた。
 彼女の背中にはシミひとつなく、滑らかで吸い付くような肌触りは智史の中の本能を目覚めさせるような威力を持っている。
 しかし、それを強引に意思の力で押さえつけ、平静を装って全体に塗っていった。
 あきのの方も、智史の大きな掌の感触にドキドキしながら、前や腕にクリームをのばしていく。
「・・・あの、ありがとう、智史」
「・・・ああ」
 ここへ来るまでの電車の中では、それなりに話していた智史の口数が、極端に減っていることに、あきのは気づいた。
「・・・智史? あの、どこか、具合が悪いの?」
「・・・いや? 別に」
「えっと・・・じゃあ、怒って、る?」
「・・・何故そう思う」
 じろり、と瞰下されて、あきのは久しぶりにぎくり、と肩を揺らした。
「・・・だから、そういう、トコ」
 さすがに智史も自覚して、諦めの溜息をつく。
「・・・怒ってる訳じゃねえよ・・・まあ、なんつーか・・・俺自身がカッコ悪いって、感じ、だな」
「カッコ、悪い? 智史が?」
 あきのにはその発言が不思議でならない。智史はとても格好いいと思う。背も高い方だし、筋肉のつき方も均整がとれている。
「・・・ああ。・・・けど、それもしょーがねえって感じだしな・・・」
 あきのの水着姿を見たのは今回が初めてだ。今まで、プールに行くという話も出たことがなく、今回も、伸治や実香子に誘われたから応じた、というもので、自分たちから言い出したものではない。
 ずっと男性に性的対象として見られることを嫌悪してきた彼女だから、水着姿になって人前に出る、ということに躊躇いがあるだろう、と智史は思ってきたし、敢えて水辺の遊びに誘うことはしなかった。
 そして今回、こうして来てみれば、彼女の魅力は予想通り、どころか、それを上回るものだったから、動揺してしまったのだ。平静を装いはしても。
 己もただの男だと、嫌という程自覚させられた智史である。
 だが、そんな思いをあきのに伝える訳にはいかない。
 彼女の父・総一郎との約束は約束だ。
「・・・まあ、それはいい。それよりお前、泳げるのか?」
 問われて、あきのは苦笑しながら首を傾げる。
「うーん・・・少し、は? 小学校以来だからなあ・・・泳ぐの」
「・・・浮き輪も持ってねえんだろ?」
「うん。そもそも、家にないし」
「・・・まあ、とりあえず、足のつかないトコへは行かねえことだな」
 智史は己の煩悩を振り払うかのように溜息を1つつき、あきのに向かって手を出した。
「とりあえず、行くぞ、俺たちも」
「・・・うん」
 少しだけ頬を染めて、あきのはその手に自分のそれを重ねた。







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